〜Piercing the Sky/ACfA別解 Phase1〜
『リンクス、新型の調子はどう?』
オペレーター役の澄んだ声が聞こえた。
広大な砂漠の上を、音速を超えて飛ぶネクスト機。
俺はそのリンクス。つまり操縦者だ。
操縦席で企業のオペーレーターに通信。
ぶっきらぼうに答えてやる。
「そっちでモニタしてんだろ?」
今、企業の依頼で、装備の実働試験をしている。
新型のVOB。ヴァンガード・オーバードブースト。
ってのはACに外付けする、追加の加速装置だな。
『私が調整したんだから、性能なんか当たり前でしょう?
そうじゃなくて、感想を聞いているのよ。
どう? 楽しい?』
と、自信満々な声。
楽しいかとは、おかしな事を聞く技術屋だ。
そう、技術屋。新型VOBの開発主任。
奴が今回のオペレーターを担当。
運用試験の、経過確認も兼ねてって事だとさ。
所属企業はクーガー。
ACのブースターなんかを作っている企業だ。
親会社は、グローバル・アーマメント……
聞いた事無いか? “いつものGA”って奴。
アレの子会社の1つが、クーガー。
ま、傭兵なら誰でも知ってるか。
さて、と。このVOBの感想か。
そうだな……
従来型のVOBは、長時間の使用に耐えられない。
何故か。勿論、燃料の問題もある。
が、もう1つ。耐久性の問題。
太陽みたいな熱量を与えりゃ、どんな素材も炎上する。
しかし、今回の装備はちょっと違う。
ゴテゴテした厳ついフォルム。
内部には、強力なラジエーターを搭載。
ブーストの加熱に耐え、何時間も飛び続ける。
既に……3時間、か。
何だってまた、こんなモンを作ってるんだか。
強襲の為に距離を詰める使い捨て……ではなく、レース用?
技術力を誇示する為、デモンストレーションに使うとか。
詳しい話は、俺には聞かされていない。
まぁ、傭兵だ。何でもいいさ。
生きて帰れて、金を貰える。
なら、何も文句は無い。
それに、こいつ。疾走感は、いい感じだ。
「ま、悪くない。
星まで行っても帰って来れそうだ」
『いい例えだわ。
気に入った』
何が気に入ったんだか。
科学者の何割かは、ロマンチストだとか聞いた事がある。
こいつもその類ってワケか?
でなきゃ、売り文句にでも使う気だ。
“このVOBなら星まで行ける!”とか何とか。
商魂たくましいね、全く。
『あ、待って。緊急通信』
「どうした?」
『本社からよ。
こちらの予定進路上に、AF部隊が向かってるって』
アームズフォート部隊。
厄介だな。
物によっては1km超、馬鹿げた大型兵器アームズフォート。
と、護衛のノーマルだかが十数機ってのがAF部隊の定番。
敵の狙いは……
と聞きかけて、俺は止めた。
この先は確か、農業プラント区画。
アルゼブラはGAの敵対企業。
地上の資源を巡って争っている。
その辺は聞くまでも無い。
「で、どうすりゃいいって?」
『本社部隊も向かっているけど、間に合わないかもって。
そっち、敵、見える?』
「ちょっと待ってろ」
レーダーには感無し。
遠過ぎるのか、それともジャミングか?
あるいは、移動が高速過ぎるから、かな。
レーダーの情報更新が間に合ってない。
望遠機能、最大。
脳波信号を機体のメインカメラとリンク。
目視で索敵する。
……と、見えた。進路上に黒い点。
形は明らかに、ビルの残骸じゃない。
そいつが高速で接近して来る。
いや、違うか。
俺が接近して行っている所だった。
そのまま敵の姿を垣間見つつ、その上を飛んで超過。
「確認したぞ。映像送る。
ありゃあ、カニだな」
俺は言いながら、映像をオペレーター側に送信。
と、酷く不機嫌そうな声が、疑問符つきで返って来た。
『何、アレ?』
「おいおい、知らないのか?
カニだよ、カニ。GAのランドクラブ。
GAつったら、あんたの所の親企業だろ?」
『知ってるわよ! そうじゃなくて!
あんなのって……はぁ〜、馬鹿げてる』
「何が何だって?」
『だって、急造なの? 馬鹿なの?
外接ラジエーターも用意してないじゃない。
そのくせ、無駄に大きなエネルギー兵器。
すぐに熱暴走するのがオチだわ』
「あ、ああ、えーと?」
『重量バランスも全ッ然、取れてないし……
ああ、もうッ! 酷い、酷い!
あんなアセンブル、開発者への冒涜よッ!』
……なるほど。
技術屋には技術屋の、思う所があるって事か。
このカニ野郎。基本はランドクラブ。
しかし背中には、本来の製品情報に無い武装。
巨大な砲を2門ばかり担いでいる。
ラジエーターの類は、確かに見当たらん。
用意出来なかったのか、途中で壊れて捨てたか。
それとも本気で、連射自体を捨てたのか。
連中だって、そうバカじゃないとは思うんだが。
やっぱり試作型なんだろうか?
「で、どうすんだ?
拿捕機体だってんなら、適当に無力化して回収とか」
『あんなの、やっつけちゃえ!』
と、オペレータ。
随分と簡単に言いやがる。
「いいのか?」
『いいの、いいの。私が責任取るわ』
本当に簡単に言いやがる。
一科学者がそんな、ホイホイ責任取れるモンなのか?
いや、責任の問題もそうだが、
「旧型とは言え、アームズフォートだ。
デカい主砲、火力もヤバそうだぜ?
うっかり撃たれりゃ、大事な試作品が壊れるかも知れん」
『私の自慢のVOBよ。誰も当てられやしないわ。
ま、あんたの方が、超ド級のド下手クソだってんなら……
辞めてくれた方が助かるけど?』
オペレーターから、まさかの挑発だった。
が、それもいいか。
傭兵が一発も撃たないで帰るってのも、冴えない話。
ここは乗ってやろうじゃないか。
「へっ、ぬかしやがれ!」
自機、急速旋回。
カニ野郎へと進路を取る。
と、敵機が主砲を発射。
大口径のレーザー砲。
マトモに食らえば、VOBだけじゃない。
俺の機体も、俺も落ちる。
当然ながら回避運動を取る。
と、VOB内蔵のサイドブースタが、図らずも起動。
ネクストのクイックブーストに連動した。
前ならまだしも横に、瞬間時速2000km超。
砲撃の遥か右を、機体が横なりに避けて行く。
……って、何だよ、こりゃあ!
こんな高速で、しかも不規則に動く物体。
捉えられる奴なんて、ざらに無い。
しかし、自機にも耐G構造があるとは言え。
俺にも横にブン投げられた様な、強力な負荷が掛かる。
「ぐっ、おぉ……!?」
『無茶しないで!
そんな急旋回、VOBが持ってもACが持たないわよ!』
思わず出した呻き声に、オペレーターが反応した。
俺じゃなくて、機体の方が心配かい。
「う、うるっせえな!
傭兵には傭兵の、やり方ってモンが、だな」
『意地張らない!
短時間で仕留めて!』
脱出しろとかVOBを外せなんて、一言も無し。
酷ぇ女。いっそ清々しいよ。
まぁ、この試作VOBを持って帰らんと、俺の沽券にも関わる。
無事に帰還する。元々、そういう契約だ。
傭兵として、依頼は完璧に、だ。
しかし、通信じゃ強がって見せたが……
確かにヤバイな、コレ。
何がヤバいって機体もヤバいが、何より俺がヤバい。
強化改造された強靭なアバラさえ、強烈なGで折れそうだ。
となると、ご提案通り、短時間で決めるしかないワケで。
旋回しつつ、角度調整。
敵を正面に捕らえた。
テスト用に積んでは来たが、銃もミサイルも全部パージだ。
速度最大。可変ブレード最大延長。
可変ブレード。
刀身の長さを調節可能なレーザーブレードだ。
短距離なら数mだが、最長で20mに及ぶ。
「行けえぇぇっ!」
腹下を潜りながら、ブレードがカニの脚を叩き斬った。
支える物が足りなくなって、胴体が崩れ落ちる。
ランドクラブ撃破、だ。
『やった!』
「ま、当然だな。後は……」
残敵は、ノーマルが20機足らずと、
「新手か?」
視界の端で、こっちに近づいて来る機体が見えた。
ネクストだ。
オーバード・ブーストの、淡い緑の光が見える。
タンク型の……
『待って。あれは味方よ』
「その様だ。“有澤さん”か」
俺は、新手のリンクスと通信を繋ごうとして、
『友軍か? 見ない機体だが』
向こうから先に通信だった。
知ってる声だが、向こうは俺を知らない。
無理も無いな。
こっちは非正規の部品まで使ってる、フリーの傭兵。
やっとこ生き延びてる程度。
知名度もそれなり。
おまけにアセンブルも、ちょいちょい変わる。
そして向こうは著名人。
企業のバックアップ付き。
俺なんかとは格が違う。
そんな有澤さんの問いに、俺は返答。
「ま、そんなトコだ。
元々フリーなんだが、クーガーの依頼を受けてる」
『クーガーの? 聞いていないが』
「援軍じゃない。
たまたま別件で、近くを通ったモンでね。
こっちも任務の途中だ。後は任せても?」
『了解した。残りは引き継ごう。
ご苦労だったな』
有澤重工のネクスト、“雷電”。
リンクス管理機構【カラード】の中堅。
あいつの大型グレネード相手じゃ、ノーマルなんか粉微塵。
後片付けには、5分も掛からんだろう。
それから俺は、拠点に引き返した。
クーガーの拠点だ。
着陸。借り物のVOB、接続解除。
自機の補給と整備を受ける。
今回の依頼、経費は依頼者持ちだ。
まったく、ありがたいね。
俺みたいな食い詰め傭兵には、嬉しい契約条件の1つ。
俺はコクピットを開けて、一息つく。
と、上から声が降って来た。
「酷い飛び方するわね。
フレームがガタガタじゃない」
声に続いて、コクピットを覗き込んで来たのは、女。
タンクトップに短パン姿の、メガネ女。
こいつだ。さっきのオペレーター。
タンクトップに短パン姿。
とてもクーガーの技術屋には見えない印象。
ただ、声だけは同じだ。
メガネ女は機体上部から、コクピット脇まで降りて来た。
ハッチ周り、何か点検をするらしい。
機体の機器に端末を繋いでみたり、スパナを取り回したり……
乗り回すのが専門の俺には、何やってるのやら。
そんなメガネ女、作業をしながら話を続ける。
「大体、VOBでブレードなんて、無茶苦茶。
あんなの初めて見た」
無茶苦茶、と……しかし、楽しそうに言いやがった。
実戦の熱気にでも当てられたか?
技術屋が戦場をトレースなんて、なかなか無いだろうさ。
そんな彼女に、俺は冗談交じりに軽口を叩いた。
「男気があるとか言って貰いたいね。
惚れたかい?
何なら、お付き合いしてやってもいいんだぜ?」
「あら、じゃあ、お願い。
連れて行って欲しい所があるのよ。
ちょっとばかし、遠いんだけど」
こっちは冗談のつもりだったんだが、あっさりと了承?
そう腰の軽い女にも見えないが。
と言うか、異性に興味がありそうには、見えないが、か。
男より機械の方が好きなんじゃないのか?
この手の女って奴は。
ま、変な女だが……傭兵女よりはマトモか。
連中はサディスティックだったり、逆だったり。
何かと異常だ。
この手の顔は、特に嫌いじゃないな。
スタイルもまぁ、それなりに……
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、あ……ぁあ?」
後ろ姿を眺めていたら、急に振り返られた。
少しばかり焦ったぜ。
俺は思わず、同様が声に出た。
そんな俺の曖昧に返事に、怪訝な顔。
メガネ女は眉をひそめ、冷たい視線を寄越す。
「い、いや、聞いてるよ?
どこへ行きたいって? 何なら今からでも」
「あっち」
彼女は俺の話を遮って、上を指さした。
俺はその指先を見上げる。
が、別に珍しい物は何も見えない。
ガレージの天窓。
その先にあるのは、青い空だけだ。
「何だ? 空でも飛びたいって?
それとも、どっかのクレイドルか」
「違うわ。もっと上」
「も……っと上って、お前」
「宇宙よ。私は宇宙に行きたいの」
この女、正気か?
知らないのか?
それともまさか、知ってて言ってんのか!?
「いや、待て。いやいやいや!
ちょっと待て、そいつは流石に……」
「お? その様子だと、アレ、見たか聞いたりしてた?
頼もしいじゃん。
ま、すぐにとは言わないけどさ。
気が向いたら教えてよ?」
驚愕だ。こいつ、知ってて言ってやがる。
昔企業がバラ撒いたっていう、【アサルト・セル】。
長射程の大口径砲を抱えた自立兵器の群れ。
その包囲網、衛星軌道を突破して、宇宙へ。
そんな馬鹿げた事を、本気で考えている奴が居たとは……
呆れたぜ。
自殺行為だ。
「あ、それより、あのブレード見せて?
変形したでしょ。
あれって中身どうなってんの?」
「ちょ、中身ってお前、壊すんじゃねぇぞ?」
「平気、平気ぃ♪
壊したって直すわよ」
楽しそうに物騒な事を言いやがる。
この女、マッド・サイエンティストとかじゃないのか?
「そういう問題じゃねぇだろ!
おい、こら……ッ!」
俺が怒鳴るのも、聞いているのか、いないのか。
メガネ女はACの腕の方へ降りて行く。
コクピットからは見えなくなった。
しかし、宇宙か。
ロマンを語るのは結構だが、命を張るとなると、なぁ?
そういうのはカラードの上位だとか……
もっと腕の立つ奴らの仕事だ。
俺じゃ分不相応。適当に断るさ。
と、理屈では、そう考えながら……
しかし、胸の内のどこかでは、何か惹かれる物を感じていた。
宇宙、か……変な女だぜ。
この出会いが後々、俺の運命を大きく狂わせる事になる。
だが、この時の俺は、まだ知る由も無かった。