「お願いします、勇者様!
どうか私の世界を救ってください!」
今時、アニメだのマンガだの、ライトノベルだのと……
現実に起こるかどうかは置いといて。
ストーリー自体は、珍しくない話だ。
異世界から見目麗しい異性が出て来て。
自分が特別だとか言われて。
助けを求められて。
夢見がちな少年時代のみならず。
例えば現実を思い知り、急降下する青年時代。
あるいは、努力が報われず思い悩む社会人たち。
そういった、満たされない現実を抱えた人々。
その多くの心の琴線に触れる、かも知れない話。
本当に、そんなファンタジーな誘いがあったなら。
本当に、自分に特別な力があったなら。
本当に、今ある全てを投げ出して。
そこに向かって行ってしまう人さえ、居るのかも知れない。
押さえつけられた願望。
認められたいという渇望。
それを満たそうとするのは、人として自然な事なのか。
ただ……仮に、そうだとして。
それが普通なのだとしても。
「あざと過ぎるわッ!」
「ふぐぁ!」
それでも俺は、夢を見ない。
〜Boy Meets Worse〜
第1話 降って湧いた美少女
(目鼻立ちに限り)
「はれ? 私は一体……」
突如として、自室に湧いて出た美少女。
その脳天にゲンコツを落として数分。
意識を失ったその美少女は、ようやく目を覚ました。
“美少女”……と言って良い、とは思う。
その整った目鼻立ち。
青い瞳、ブロンドの長い髪。
その“本人単体”で言えば、美少女。
ただ、問題なのは、その他諸々の風体だった。
頭の上に、巨大なネコの様な耳。
顔の横にも2つ1セット、耳があるにも拘らず、である。
カチューシャだとか、人体と継ぎ目になる様な物は……無い。
着ている物は、メイド服? か何かを模した、黒い服装。
やたらフリルが食み出しており、少女趣味が鼻につく。
挙句、手には何かの杖?
それも、歩行補助の杖としては機能しない様な、短い杖。
コテコテにキラキラに装丁された、魔法少女臭いステッキ。
その一式、衣装だか装備だかを一目見た瞬間。
俺はツッコまずには居られなかった。
どんな趣味だよ、と。
それでも一応は女の子である、らしい。
殴ってしまい、後ろめたい物を感じた。
が故に、氷嚢で簡単に、患部を冷やしてやった。
その氷嚢をずり落とし、少女は上体を起こす。
そして周囲を見回し、俺の姿を見つけるや、
「ああっ、そちらに居られましたか、勇者様!
ああああのですね、私の世界を救って頂きたく」
「誰が勇者じゃ!」
ゴスン。
詰め寄られて、思わず拳が出た。
これは防衛本能的なアレだ。
お互い様なので、謝罪はしない事にする。
少女は額を抑え、渋い顔。
「くぅ〜っ! これは何ですか!?
この世界式の挨拶ですか!?」
「知らん。っていうか、帰れ」
「え? え?
私の世界を救ってくださるのでは?」
「知らん知らん。他を当たれ」
俺はシッシッと、手で追い払う仕草。
「まままままぁまぁまぁ、そう邪険になさらず!
話だけでも聞いてくださいよ!」
「……………………はぁー」
俺は窓の外に視線をやり、溜息1つ。
仕方なく、話を聞いてやる事にした。
本当なら、さっさとつまみ出したい所だ。
ただ、窓から外を見下ろした光景。
家の少し前で、近所のおばさんが3人。
何に盛り上がっているやら、立ち話中だ。
そんな所へ、このミス・ヘンテコリン。
メイド服のネコミミ美少女を放り出した場合。
変な噂を立てられて、俺は大変迷惑する事になる。
人のウワサも七十五日……
って、そんなに耐えられんわ、阿呆!
それはさておき。
話を聞いてやる……その前に、だ。
ベッドに座ったままの少女。
自室のベッドの上に少女。
そんな光景に、俺は若干の気恥ずかしさを感じた。
「俺がそっち。お前はこっち、な」
「え? え?
私は別に、どこでも構いませんが」
「俺はそこが好きなの。
特等席なの」
苦しい言い訳の気もするが、ともかく。
少女を椅子に移動させ、俺がベッドに座る。
そして少女は、事情の説明を始めるに至る……ワケなのだが。
「私達の世界は、滅亡の危機に瀕しています。
それを救う為に、勇者様のお力が必要なのです!」
と、さっそく振出しに戻った。
続きを待つ。
が、少女は目をキラキラさせるばかり。
察しが悪いのか、こちらの聞きたい事が分からんらしい。
これでは話が進まない。
仕方ない。
こっちで進めてやるか。
「あー……で? 勇者を探す為に?
異世界からこっちにやって来た、と」
「そうです! ご名答!
さすがは勇者様!」
「勇者様、じゃなくて……」
「えっ? でも、勇者様ですよ?
勇者様! 勇者様〜!」
……メンドクセ。
そこは放っておいて、さっさと話を進めよう。
「他にもあるの?
その、異世界だの何だの」
「はい、ありますよー。
精霊が治める、魔法に満ちた世界だとか……
科学に優れ、人型ロボットが歩き回る世界もあるとか」
「分かるモンなの?
誰か行ってみたとか?」
「我々魔法使いは、魔法で異世界との繋がりを作れます。
そして、そこがどんななのかも、魔法で調べられるのです」
便利なんだな、魔法。
どこまで本当か知らないが。
しかし……どんな世界か調べられる?
「それが何で、この世界に。
魔法も無けりゃ、ロボットだって大した事ないぞ?」
「この世界の人々は、どうやら心の力が強いのです。
何かを成そうと願う、心の力。
それは勇者様に必要な資質です。
ですから、数ある異世界の中から、こちらが選ばれました」
何かを成そうと願う心の力……って要するに、欲望か。
欲塗れの世界だから、この世界が選ばれたって事か。
そんな世界の勇者様。代表格?
勇者=欲望の権化かよ。
それが俺だってのかよ。
断固として断る。辞退する。
俺はそんなに欲深な人間じゃない、と思う。
本当に魔法があるなら、それぐらい分かって欲しいわ。
分かって……るんだろうか。
じゃあ、何で俺が勇者だって?
一応、聞いてみる。
「で、何で俺」
「勇者様には、世界を救うに相応しい魔力が備わっています!
私達魔法使いは、それを感知する術を持っているのです!」
また胡散臭い言葉が出て来た。
魔力って何だっつーの。
生まれてこの方、魔法らしい魔法は見た事も無い。
「で、何で俺」
「え? いや、だからそのあの?」
「他にも探せば居るんじゃないのか?
魔力だか何だか知らないが、強い奴って」
「はぁ、まぁ、それは……
よく探せばー、居ない事も無いかなー、と」
可愛いつもりか、天然なのか。
首を傾げながら言う少女。
軽くイラッとしつつ、俺は続ける。
「早く世界だかを救いたいんだろ?
俺は嫌だって言ってるんだし。
俺を説得するより、他を探した方が早いんじゃないの?」
「それは、そうなのですが、そのー……
何日も掛かって、よくやく1人見つけた所でして」
「ふーん……」
「……助けてくれないの?」
「魔力とか魔法とか、嘘くさいし」
「えっ、ええ〜?
だ、だって私、いきなり降って湧いたじゃないですか」
「虫か」
「虫じゃないです! 魔女です! 魔法です!
魔法を使って、ここまで入って来たんです!」
「メイド服着て、魔女が何だって?」
「侍従の類じゃありません!
これは魔女の正装です!」
知らんわ。
その手のマニアじゃあるまいし。
「……それはそうと、不法侵入だよな」
「ふ、フホー……って、何です?」
来たよ、コレ。
大変、面倒くさい話だが。
こいつの世界には、そういう概念だか言葉が無い。
そういう設定? らしい。
それも演技か知らないが……
というか、魔法だなんて未だに信じられないが。
かといって疑った所で、埒が明かない。
とっとと説明してやろう。
「不法侵入。許可も無く他人の家に入り込む事。
犯罪だ。見つかったら捕まるぞ、お前」
「えっ、あ、勝手に入った事はスイマセンです!
止むに止まれぬ事情がありまして」
お電波な外見だが、一応はモラルだか良識だかがあるらしい。
「で、止むに止まれぬ事情って?」
「世界を救う為に、勇者様を探しておりまして」
「そこに戻るんかい!」
「あうちっ!」
ゴスッ。
またもや思わずツッコんでしまった。
涙目で恨めしそうに睨んで来る少女。
本人は至って真面目だと思うと、気の毒に思わなくもない。
……本当に真面目に言ってるのなら、の話だが。
こいつ、電波なフリしてる泥棒か何かじゃないのか?
見つかった時に、そうやって言い逃れるとか何とか。
その為の衣装がそれだとかって。
まぁ、聞いたって素直に答えないだろうけど。
しかし仮に、真面目に言ってるのだとしても。
こっちに勇者をやる気は断じて無い。
なのに弱みを見せて居座られても、なぁ……
……毅然として追い払おう。
「その勇者ってのは、よくあるアレか。
何日も冒険したりするんだろ?
年単位で家に帰れないとか」
「そ、そうなんですか?」
「知らないのか?
世界を救うってんだから、それぐらい大変なんだろうよ」
「な、なるほど。言われてみれば」
「そんなに学校休んだら、卒業出来なくなる。
高校も出ないんじゃ、仕事探すのも大変だし……
悪いけど俺には無理だな。諦めろ」
「そ、そんなぁ〜……」
「無理な物は無理だ。悪いんだけどな。
分かったら出て行ってくれ。
不法侵入は不問にしておいてやる」
「うう……すいません。
ご迷惑おかけしました……」
とうとう諦めた様子の少女。
耳までしょげて、たれ耳になった。
あれは結局、どういう構造になっていたのやら。
そしてトボトボと、少女は部屋を出る。
俺の部屋は2階。
階段を下りて、外へ向かっていく。
彼女の話が本当なら。
どこぞの世界が危機に瀕していて。
そして俺に救う力があるなら。
断られて、時間を無駄にして。
気の毒な話だとは思う。
でも……これで良かったんだ。
俺には俺の生活がある。
自分で学費を払ってない手前、留年なんてしてられない。
順当に進学して、就職して、家を支えないと。
……何かを成そうと願う、心の力、か。
うちには父さんというものが居ない。
俺が子供の頃、蒸発したらしい。
母さんは交通事故で意識不明。
2年ぐらい前から、ずっと病院に居る。
この家には俺と姉さんの2人。
母さんの保険金と、事故を起こした奴の慰謝料で暮らしている。
慰謝料……厳密には違うのだろうか。
とにかく相手方が責任を感じ、俺達の生活費を出している。
憎む相手の金で暮らしている。
その間中、その相手の世話になっているという事実。
そこから脱却したい。
早く自立して、縁を切りたい。
浮いた金なんか突き返してやりたい。
それが俺と姉さんの願い。
それでも俺を大学に入れようと、姉さんは高卒で働き始めた。
そんな状況で俺が選べるとしたら、学費の安い都立一択。
それも一発合格だ。可能なら奨学金を狙いたい。
もし駄目だったら……俺も高卒で働こうと思っている。
姉さんは反対だと言っているのだけれど。
成そうと願う物。
それは、夢なんかじゃない。
向き合わなければならない。
俺の、俺達の現実。
と、感傷に浸っても仕方が無いか。
悲しいとも苦しいとも思わなくなった。
現実は現実だ。受け入れるしかない。
姉さんが帰って来るまで、まだ時間がある。
勉強でもするか、と俺は机に向かった。
窓の下では、まだおばさんたちの話し声が……
しまった!
あの衆目に晒すに堪え難い風体の少女が。
しかも、うちから出て来た所を、おばさん達に目撃される。
そればかりは、何としても避けたい。
俺は飛び上がって机を離れ、少女を追った。
幸いにも玄関前で追い付いた。
追い付いて、気恥ずかしさも忘れ、俺は少女の手を引く。
家の中に引き戻す。
「え、え、え、どうしました?」
「おっ、お茶ぐらい飲んでけ!」
「えっ、いや、でも」
「いいから! そういう風習だ!」
俺は少女を引き戻す。
後々思えば、ここで恥を掻いてでも叩き出すべきだったのか。
ここで縁を切らなかったばっかりに、俺の運命は狂い始める。
……ってこれ、続くのかよ!
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