「不審者、ですか?」
私、黒崎弘子は、怪訝な声を上げた。
帰宅途中、家の前。
近所のおばさんたちに声を掛けられた。
聞く所、この辺りで不審者を見掛けたとか。
時間帯は午後8時を回るといった所。
話の止め時でも見失ったのだろうか。
それとも、晩飯後にまた集まって来たか。
日が暮れてまで、他人の家の前で。
まー、ペチャクチャペチャクチャと……
と言った所で、憤慨されて余計に面倒になる。
私はただ、少し咎める様な視線だけ送った。
ら、呼び止められた次第。
不審者の存在があり、警戒を促す。
話がそれで終われば良かった。
が、おばさん連中の話題は、私の家庭に移る。
「ヒロちゃんトコなんて、お母さん居ないじゃない?」
「弟さんと2人暮らしでしょう? 心配でぇ〜」
また、これだ。
うちは母子家庭。父は蒸発した。
挙句に母が交通事故に遭った。
今は意識不明のまま病院に居る。
我が家は弟と私、2人暮らしだ。
そんな家庭環境を、色眼鏡で見てくる奴は多い。
可哀想だとか、色々と至らないだろう、とか。
同情するなら、うちの洗濯物の1つも干して欲しい。
心配するなら、例えば晩飯を作っておくだとか。
弟だけでも食わせてやっておいて欲しい。
いや、まぁ、ホントに家に入り込まれても嫌だけど。
何を盗られるか分からないし。
とは言え、不審者が出るという話。
家に1人残している弟が、心配と言えば心配だ。
得られる情報は得ておこう。
「で、どんな奴なんです?
何か、特徴とか」
「頭にネコミミっていうの? 大きい耳があって」
「真っ黒な、フリフリの服着てるんだって」
「やぁ〜ねぇ〜? どっかの風俗かしら」
その不審者って、危険というより……そういうアレか。
変態とか、電波系? の、女バージョン?
物盗りの類で無いなら、命の危険は少ないだろう。
しかし、それを口にはするまい。
おばさん連中の機嫌を損ねた所で、面倒なだけ。
私は面倒は嫌いなのだ。
「はぁ、そっすか……
じゃ、弟にも言っときますんで」
言葉だけ適当に迎合しつつ、私は撤退を図る。
お三方の脇をすり抜けて、家の中へ。
一応、話だけでもしておくか。
私は靴を脱ぎながら、弟を呼ぶ。
「啓人、居るー?」
「「はーい」」
何故に返事が2つ。
「ちょ、バカ! 出んな!」
「え、でも、お呼びですよ?」
弟じゃない? 誰か。
しかし弟の名を呼ばれて現れる人影。
金髪碧眼の美少女。
黒いフリフリの服。
ネコみたいなデカい耳。
しかも何かステッキみたいなの持って。
……何だ、こいつは。
混乱し、茫然自失とする私。
それを見てキョトンとする、得体の知れない美少女。
ふと、その得体の知れない美少女の後ろ。
そこには弟が……啓人が、気まずそうに顔を出していた。
〜Boy Meets Worse〜
第2話 ケイトとケイト(ただし相性に難あり)
「ぶひゃははははは!
ケイトちゃん! そーかそーか!」
事情を聴くなり、私は大爆笑した。
弟を呼んで、しかし私の前に現れた人物。
ネコミミつけたフリフリの、自称魔法少女。
弟曰く、ミス・ヘンテコリン。
その彼女の名前は、ケイトといった。
そして、あろうことか、私の弟の名前が啓人である。
け・い・と。音が一緒。
啓人を呼んで、ケイトが出て来るワケである。
「いやー、笑った笑った。
啓人を呼んだら、ネコミミでフリルなのが出て来るじゃーん?
あんた一体どうしちゃったのかと」
「どうしちゃったのは、アンタだよ。
俺がそんなカッコするワケないだろ」
と、口を尖らせるのは弟。啓人の方。
「やー、でもほら最近、構ってやってなかったし。
寂しくてグレて、変な方向に走っちゃったんじゃないかと」
「寂しくねぇ!
ってか、グレるんでも、これは無ぇ!」
啓人、憤慨。
ビシッ! と、ケイトちゃんを指さす。
と、2人の視線が合った。
見つめ合う男女。
気まずいのか、啓人は目を反らした。
が、ケイトちゃん。
羞恥心が欠けているのか、純真無垢か阿呆なのか。
まじまじと啓人を見つめ、そして言った。
「啓人さん、ですか」
「何か、文句あるのか」
不満げに言う啓人。
の両手を取って、うるうる。ケイト、感動の様相。
「運命ですね! 同じ名前だなんて!
まさに貴方様こそ、私の勇者に相応し」
「寄るな!」
「ふぐぁ!」
詰め寄るケイトの額に、啓人の拳が飛ぶ。
「手加減しなよー?」
「してるよ!」
「殴らない様に言ってくださいよ!」
宥める私に、まさかのダブルツッコミ。
このダブルケイト、波長が合うんだか合わないんだか。
「んで、可愛い方のケイトちゃん。
行く当てとか、あるの?」
「いやー、お恥ずかしながら」
「無いのかー」
「そうなんですよー。しゅーん……」
しゅーん、って。
擬音だか比喩表現だかを、口で言う。
全くもって変な子だ。
天然なのか、阿呆なのか。
これ、狙ってやってたら相当パーですよ? 奥さん。
いや、でも、それが彼女の世界での普通だとすれば。
彼女は普通といえば普通。
あるいは、この子の世界が丸ごとおかしいって事。
そんなおかしな世界に、勇者として行ったら……
啓人、ツッコみ過ぎて過労死するんじゃなかろうか。
まぁ、とにかく。
それだけ住んでる世界にギャップのある子だ。
こっちへ来て、さぞや苦労しているのだろう。
私は彼女に聞いてみた。
「そんで? どんくらい探してんの、勇者様」
「もう半月になります」
この格好で、半月ウロウロして……
そりゃあウワサにも上るわ、うん。
「生活、どうしてた?
こっちのお金とかあるワケ?」
「いえ、全然」
「食べ物は? まさか盗んだり」
「携帯食があったのですが、全て食べてしまって……
あ、でも、盗んだりは、してないです。
トカゲを捕まえては、黒焼きにしてます」
「あらやだ、ワイルド。
え、じゃあ、寝泊りとかは」
「夜になって、誰も居ないお家が幾つもありましたので。
お騒がせしない様に、人目を避けて立ち入らせて頂いて」
夜になって、誰も居ない建物。店舗とかオフィス?
人目を避けて。つまり、そこに勝手に入って。
……って、不法侵入じゃん?
「不法侵入じゃん!」
「あ痛!」
私が思った事を口に出すより早く。
啓人の拳がケイトに飛ぶ。
どうもこの2人、相性が悪い。
思わずツッコむ啓人。
真面目な顔してボケかますケイト。
どっちも大真面目なのに、認識のズレが酷い。
一緒に暮らすには向かないだろう。多分。
「あ、でも、そうしていたら。
オマワリサンという、親切な方がいらっしゃいまして。
リューチジョという所に、一晩泊めて頂きました。
こちらの世界には親切な方が居て助かります」
留置所……言ってみりゃあ簡易逮捕だよ。
思い切り不審者扱いだよ。
実際、不審だけど。
さて、この子をどうした物か。私は考える。
放り出したとして、またどこぞに入り込んだりする。
で、捕まる。
せめて住むトコぐらい、何とかなれば……
かといって、私が?
私の稼ぎで、マンションとか借りてやるのは無理だ。
私が……うーん……
「ケイトちゃん、ここ住む?」
「えっ? いいいいいんですか!?」
思わず、言ってしまった。
その頭の片隅で、警鐘を鳴らす自分が居る。
何を言っているのだ、と。
私は他人を家に入れるのを、嫌っていたではないか。
加えて、あのおばさん連中をはじめ、ご近所の目。
言い訳して回るのも、至極面倒臭い話だ。
でも、こんな変な子でも。
私の代わりに、啓人の側に居てくれるなら。
彼は幾許か、寂しさから救われるだろうか。
私は高校を出て、就職した。
小さい企業だけれど……だからこそ、だろうか。
使い捨てられず、戦力に育てて貰えた。
即戦力、即戦力と叫ばれる今時では、稀有な話だ。
幸いにも、女だからといった差別も受けていない。
母子家庭に向けられる同情の目は、少し鬱陶しいが。
それなりに業績を上げている。
エリートコースじゃないけど、少し出世した。
ある程度なら、お金だって用意できる身分だ。
でも。だから。
啓人と一緒に居てやれない。
啓人は、よくやっていると思う。
成績は常に上位。
問題を起こしたという話も聞かない。
ただ、彼は年相応の夢さえ見ない。
勉強に励み、勉強に励み、勉強に励み。
ひたすら機械的に、日常を過ごしている。
優秀だが、どこか心が壊れているのではないか。
母は事故で意識不明。
命は取り留めたものの、身動きの取れない状態だ。
そして私は、蒸発した父の連れ子だ。
啓人は母の連れ子。
私と啓人には血の繋がりが無い。
それ故に、彼が悩みを抱えていたとして。
それを言い出し難い、といった事もあるのではないか。
彼は私にどこか、遠慮しているのではないか。
私には、愚痴を言える同僚が居る。
職場に恵まれ同僚に恵まれ、笑って過ごせている私。
それだけに、彼を思うと後ろ暗い。
母親でなくてもいい。
彼の傍に、誰かが必要なのではないだろうか。
そしてこの出会い。
ケイトの来訪は、何かの好機ではないのか。
啓人の為に、私が何かしてやれるとしたら。
「ね、うちに居なよ。
母さん病院で、部屋余ってるし」
「なっ、なに勝手に決めてんだよ!
何か盗られたりしたら……」
と、啓人、反発。
あんたの為なんだって……とも言い難い。
私は他の理由で説得しよう。
「私の部屋を使えばいいって。
大事なモンは母さんの部屋に置いて、私がそっち入るから」
「だ、だけど……
俺は絶対、勇者なんかやらないからな!」
「世界の危機だってのに、あんた断るんだ。
ちょっとは責任感じない?
あんたも手伝ってあげなよ。勇者探し」
「……勉強は」
「歩きながらでも出来るっしょ。
大体、今追い出してどうすんのよ。
まだ居るよ? おばさん達」
うぇー、という顔になる啓人。
私も同じく、うぇー。
ねー? 困っちゃうよねー?
「だからまぁ、とにかく。
今日の所は泊めよ。明日また考えよ」
「……今日、だけだぞ。
他に住むトコ見つかったら、そっちに……」
渋々承諾する啓人。
「ああっ、ありがとうございます!
啓人様! お姉様!」
「ああー、分かった分かった!
分かったから、その、お姉様は止めい!」
私に飛びついてくるケイト。
変だけど、可愛らしいと言えば可愛らしい。
と、その折、何かが鼻についた。
異臭……という程の物ではないが。
いや、物ではあるが?
私は嗅いで確かめる。うん、間違いない。
「……ケイトちゃん、ちょと臭う?」
「はい〜。私も乙女として、気になっていたのですが。
ここ半月、湯浴みなどする余裕もございませんで。
厚かましいお話ですが、お湯も貸して頂けると〜」
冒険者と言えば聞こえは良いが……
要するに、それ。浮浪者みたいな状態。
「じゃ、まずはお風呂だね。
ご飯はその後で」
と、風呂の用意をする私。
そこにケイトを入れるまでは良かった。
それから数分の事。
「ふぎゃー!!」
突如、奇声と共に、お風呂から飛び出してきたケイト。
あろう事か全裸。それだけ緊急事態か!?
「ど、ど、どした!?」
「鉄の管から、熱いお湯が! お湯がー!」
蛇口の使い方が分からなかったらしい。
出たお湯の温度が熱過ぎたのだろう。
「ああー、冷やして冷やして!
水道! 水!」
「み、水っ! どこですかー!?」
ケイト、ウロウロ。
あろう事か、全裸。
その額に弟の拳が飛ぶ。
「そのままウロウロすんな!」
「ふぎゃー!?」
ケイトちゃん、額を打たれて転倒。
赤面して逃げて行くのは啓人の方。
まったく。何やってんだ、アンタたちは。
鋭利なツッコミと鈍器な天然ボケ。
ラブコメどころじゃないな、この組み合わせは。
この2人を一緒に置いといて、果たして大丈夫なのか。
何か、そこはかとなく、相性が悪い気がする。
が、それでも退屈はしないだろう。
私は不安を無理矢理、捻じ伏せる事にした。
大の大人が一度言った事、“やっぱダメ”はマズい。多分。
とにかく、私と啓人とケイトの生活。
3人暮らしは、こうして始まった。
まぁ、頑張れ、若人。
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