Boy Meets Worse >第9話


 何かを失わなければ、得られないのだとして。
 ならば得ようとしなければ、何を失う事も無いのだろうか。

 傷つくのは怖い。
 傷つけるのは怖い。
 関係が変わってしまうのは怖い。
 変わらないで欲しい。

 そう思う程度には、俺は今の関係が、状況が……
 今、周りにいる仲間達が、好きなんだと思う。

 だが、高校2年。
 来年には受験、あるいは就職。
 それぞれが、それぞれの道へ。

 時間は待ってはくれない。
 刻一刻と迫る、別れの時。
 一緒に遊ぶなんて機会も減って来て。

 誰も、変わらずには居られないのか。



〜Boy Meets Worse〜

第9話 憂鬱の4日間戦争前夜
(って、まー要するにテスト前なワケだが)





「ったりー……」

 俺、緑間一樹は下校中。
 思わず不満を口にした。

 雷だの何だの、昼ごろ大騒ぎがあったんだが……
 それぐらいでテストが無くなるワケじゃなかった。
 俺達学生の敵は怪物だの宇宙人じゃない。
 大魔王テスト様って事だ。

 問題はその、テスト前勉強って奴。

 いや、ちゃんとやるよ?
 テスト勉強やるよ?

 やればやっただけ結果を返してくれる。
 女の子だったら、こんな素直で律義な子は居ない。
 テストちゃん万歳。

 じゃあ何がいけないか、って事だが。

 あれだけ大騒ぎがあって。
 それでも平然とテストですよって話。
 これは気遣いなのか、無神経なのか。
 大人たちの神経は、太いんだかスカスカだか何なんだか。

 スカスカなんすかー……何だ、語呂がいいな。
 スカスカなんすか、何なんすか。

 そんな馬鹿な事を考えながら、帰り道、繁華街を行く。

 と、前方に見知った後ろ姿。
 電柱の脇に隠れるような恰好で、立ち止まっていた。
 俺は軽く肩を叩く。

「よっす」
「わ、ビックリした」

 全然びっくりして聞こえない、大人びた声。
 長い黒髪が翻る。
 紫原紀子だ。
 丸メガネの後ろに可愛い顔を隠した17歳。

 学校では孤立しがちな彼女。
 美人なのも一因じゃなかろうか、と俺は踏んでいる。
 昔のイジメを苦に他人を遠ざけてる。
 そういう所も、あるだろうけど。

 ま、事情はともかく。
 彼女はそういう、同年代を遠ざけている女の子だ。
 それがそうそう立ち留まるモンじゃない。
 何故かって? 他の連中に絡まれたくないからさ。
 いつもさりげなく、しかし足早に帰って行くモンだ。

 それがこう、立ち止まって何かを見ている。
 と、興味を引く。

「何見てんの?」
「あれ」

 と、道の向こうを指差す紫原ちゃん。
 彼女の視線を追うと……何だ? レイヤー?
 魔王みたいな、物凄い恰好のコスプレイヤーが歩いていた。

 何年か前、アニメの舞台になって。
 アニメ専門店が出張って来て、次第に様変わりした繁華街。
 特に駅前大通り3本の内、西側。
 第何番目だかのアキバとさえ囁かれる、ここら辺。
 レイヤーさん自体、そこまで珍しくも無いんだが……

「何ていうか、凄くない?」
「ああ、凄いな。Gカップはあるぜ」

「どこ見てるのよ」
「胸」

 言った途端、俺は尻を強かに蹴られた。
 聞かれたから正直に言ったのに。
 女の子って時々理不尽だ。

 しかしまぁ胸もだけど、レイヤーさん。
 全体として凄い外見だった。

 服装としては、ゴスロリ。いや、ロリじゃない。
 胸元バックリな、むしろアダルティなドレス姿。
 ロリじゃないゴスロリ……って事は何だ。ゴスか。
 言っといて何だが、あんまり聞かない表現だな。

 染めてるとは思えない、キューティクルに満ちた銀髪。
 夕日にキラキラして、遠目でも眩しげ。

 目が青いか、までは遠くて見えない。
 が、多分外人さん。
 しかも、かなり美人だ。

 整った目鼻立ち。
 口元に浮かぶ嫌味の無い微笑。
 そんな魔王コスの美人レイヤーだった。

 魔王って割には威圧感が無いな。
 何か、ほわわんとしたお姉さんに見える。

 しっかし、あんなキャラクター居たかなぁ。
 俺は話題作りの関係から。
 女の子が見そうなアニメは、大体チェックしてるんだが。

「動いてる。どんな仕組みなのかしら」

 どうやら紫原ちゃんが気になるのは、その背後。
 スカートの裾が少しめくれて、尻尾が顔を出していた。
 のみならず、横断歩道のBGMに合わせて揺れている。

 尻尾……悪魔よりはドラゴンみたいな太めの尻尾だ。
 表面は鱗らしく、少し光って見える。

「あんなの付けてみたいって?」
「まさか」

「でも、ああいう服は似合うんじゃね?
 負けじとデカいんだし」

「どこ見てんのよ」
「胸」

 あうち! 2度目の蹴りが俺の尻を打つ。

「……それで、ニコラ先生は買い物かい?」

「前に言ったでしょう。
 今度、表でその名を呼んだら、呪うわよ」

 少し声を潜める、ニコラ先生こと紫原紀子。

 ハンドルネーム“ニコラ・オリーシャ”。
 これが紫原紀子のアナグラムだった。
 SHIHARA- NORIKO → NIKORA-ORISHA
 ネットの世界じゃ、ちょっとした人気者。有名人。

「呪うって、いや、占い師だろ?」

「呪っていますって伝えて、相手が動揺してズッコケたら。
 それはもう立派な呪いなのよ。
 はい、今呪いました。ズッコケなさい」

「そんなプラシーボなアレなの?
 ってか、何買ってんのさ」

「小麦粉、卵、あとバターとか」

 と、左手の買い物袋を見せる紫原ちゃん。
 よく見れば、小脇に抱えてるのは料理本。
 表紙にパンの写真がついていた。

「俺の分は?」
「無いわね」
「なんだぁー、啓人ばっかりぃ」

「別に黒崎君じゃ……
 まぁ、ケイトはケイトだけど」

「あ、そっち?」

 黒崎啓人の家に来た、外人の居候。
 名前がケイトで、見た感じ結構な美少女だった。
 頭はちょっとアレな……あれはあれで可愛いが。

「啓人には、やらないんだ?」
「ま、まぁ、残ったらね」

 ちょっと照れた様に目を反らす。
 素直じゃないなぁ、紫原ちゃん。

「俺の分はー?」
「シツコイわね。まぁ、考えとくわ」

 苦笑いを浮かべ、紫原ちゃんは肩をすくめた。
 あれは“くれる顔”だ。
 紫原ちゃんは何だかんだ優しい。

 ふと見ると、ドラゴン尻尾の魔王さん。
 押しボタン信号を3ターン目。
 そんなに横断BGMが気に入ったのだろうか。

「……それじゃ」

 ああっち。
 少し気が散った間に、足早に去る紫原ちゃん。

 見ると道の反対側。
 同級生の紺野美沙と紅林知佳が俺に手を振っていた。

 その視界に入りたくなかったか。
 それとも俺なんかと仲良しと思われなくないか。
 紫原ちゃん、後者だと寂しいなー。

 でも多分、前者だ。

 紺野ちゃんが大きく手を振って、元気にバイバイ。
 走って行く紺野ちゃんを追い掛けながら。
 紅林ちゃんが控えめに手を振る。
 姉妹みたいな凸凹コンビ。微笑ましい光景。
 俺も笑って手を振り返す。

 話してみれば、そう悪い子じゃないんだ。
 でも周りに引っ張られて、紫原包囲網に参加している。
 空気に逆らうってのは難しいモンだ。

 俺に出来るのは、遠巻きに見守る事。
 矛先が彼女に向いてる時、話題を変える事。
 せいぜい、それぐらいだった。

 誰かと本気で付き合えば。
 それこそ彼氏彼女にでもなれば。
 頼み込んで、包囲網から引っぺがす。
 それぐらい出来るかも知れない。
 でも、何人もいる紫原包囲網。
 さすがの俺でも、全部とは付き合えないからなー。

 紫原ちゃんのケアにしても。
 誰か側に居てやれば、とは思う。
 が、俺が付き合うってのは……無理だ。

 そう俺は、紫原ちゃん、紫原紀子を相手にだけは。
 そういう態度は取れなかった。

 俺は、自分で言うのもアレだが。
 顔良し、トーク良し。
 今まで何人もの女の子と付き合ってきた。
 それはそれで楽しい思い出だったけれど。
 でも、彼女だけは、どうにも誘えずにいた。

 軽薄な俺が、デートに誘うのを躊躇する。
 だからこそ、ある意味、本命なんだろうと思う。
 とても、特別な存在だと思っている。

 思っているから、彼女の気持ちを知っている。
 俺が見る紫原ちゃんは、大体が横顔で。
 紫原ちゃんはいつも、啓人を目で追っていた。

 だからって、啓人をライバル視……
 それも出来ない相談だ。

 啓人の親父さんは、あいつが小さい頃に蒸発した。
 多分、女絡みだろうって言われている。
 俺みたいな浮ついた男、本当なら。
 得意の剣道で真っ二つだろう。

 そんな啓人が、俺もダチの1人だと思ってくれている。
 だから俺は、それに報いなきゃならない。

 見た目良く生まれついた。
 頭も口も回る方だった。
 ガールフレンドに不自由した事は無かった。

 でも、男の友達は。
 本当の友達は、あいつが最初だったんだ。

 俺の外面に惹かれる女たち。
 優しいだって? そんなの上っ面さ。
 打算の上に塗った体裁。
 心の、ほんの表面上。

 男達は俺の取り巻きの女たち目当て。
 俺は女を呼ぶエサ。

 みんな俺を見ている様で。
 その実、誰も俺を見ちゃいない。

 そんな中、俺の孤独に気付いた。
 それが啓人だったんだ。

 ……ま、そんなワケで。

 啓人にも、紫原ちゃんにも嫌われたくない。
 つかず離れず、だ。
 結局、今の距離感が心地いいんだと思う。

 だが、それもあと1年何カ月の話か。

 啓人は都立一択。
 失敗したら進学は無し、働くつもりだ。
 母さんが交通事故で、ちょい生活苦しい。

 俺は緩めの大学でキャンパスライフ希望。
 大学は行っとこうと思うけど、大して志も無い。

 紫原ちゃんに至っては、大学行かんかも知れん。
 低賃金でも緩めな仕事探して。
 占いとそれで食ってこうかって。
 まぁー、学校嫌いだからな。
 啓人と同じ学校なら分からんが。
 しかし、2人とも受かるとも限らないし。
 それでサヨナラってのも……何だかなぁー。

 ま、なる様にしかならないのが人生だろ。多分。
“未来“は“今”を積み重ねた先にしかない。

 俺が今やるべきは……と考えて。
 俺は、はたと立ち止まる。

 俺は今、何かを忘れている。
 様な気がする。

 何だっけ……

 何だっけ…………

 何だっ…………ああっち、アレだ!

 俺は直ぐに携帯を取り出す。
 掛ける先は、啓人だ。

「啓人、まだ学校か?」
『もう出た。ちょい用事』

 息を切らせた返事が返って来た。

 啓人は足が速い。
 剣道の踏み込みやら何やらの関係で、鍛えていた。
 それと息の切れ具合。
 これは結構な距離まで出てしまっている。
 戻れってのも酷な話だが。

「マジかー。あのさ」
『ノートだろ? 英語の』

「ああー、悪い。忘れて俺も出ちまってて」
『真也がゴミ捨て当番だからって、預かってくれたぞ』

「おおぅ、神降臨! すぐ戻るわ!」
『そうしろ』

「……ありがとな、相棒」
『何だ、急に』
「何でもねぇよ。じゃ、またな」

 俺は通話を切る。

 変わったって良い。
 全部が無くなるワケじゃない。

“今”が途切れない道を探して。
 俺は“未来”へ足を運んでいく。






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