Boy Meets Worse >第8話


 ケンカに強い。
 筋力があるとか、立ち回りが上手いとか。

 頭がいい。
 勉強が出来るとか、言い争いに強いとか。

 金勘定に強い。
 人心掌握が上手い。
 けなされても負けない、心が強い。

 そういう、色んな“強さ”がある中で。
 じゃあ、いわゆる“本当の強さ”って、結局何なんだろう。

 全体の利益の為に少数を切り捨てる奴。
 損すると分かってて人助けをする奴。
 それぞれ強いなって言われてると思う。

 目的が、“正義”みたいなのが、何が強いのかを決めるのか?
 だったら、強さってのは手段でしかないのか。


 強くなりたい。
 目的も定まらないまま、漠然と。

 あたしの目的って何だろう。
 あたしは一体、何を成し遂げるのか。
 何を成し遂げたいのか。
 進路とか、どうすんのか。

 薄らぼんやりとした不安を胸に。
 校舎の壁に寄り掛かり、ぼんやりと空を見上げる。
 ふと、見知った顔が見えた。

 ああ、またコイツか……



〜Boy Meets Worse〜

第8話 放課後の迷いコウモリ
(っば、バレなきゃいいんだっつー!)



「あーいーかーちゃ〜〜〜ん!」

 放課後、校舎脇の駐輪場。
 2階の窓から降った声。
 あたしは弾かれた様に返事を返した。

「うっせ! デケェ声出すな!
 下の名前で呼ぶんじゃねぇつってんだろ!」

 あたし、赤峰愛華は高校一年生だ。
 この、愛華とかいうクッソ可愛い名前。
 コレのせいで、どうにもハクがつかない。

「愛華ちゃーん、サボりー?」
「ちっげーよ! 掃除だよ!」

「サボってんじゃーん」
「もう終わったっつーの!」

「まーまーまーまー、怒りなさんなー。
 それよりさ〜あー、帰りにケーキ買ってかなーいー?」

 付き纏って来てるのは、桃沢悠里。
 同級生で、自称あたしの親友。
 でも正直言って、あたしと釣り合う様な奴じゃないと思う。

 悠里は明るい。人懐っこい。
 一見すると……ゆるふわ?な外見で、男子にも人気がある。
 入学から2か月足らず。
 既に17人にコクられて、全部斬り捨てた。
 裏ではシリアルキラーとか言われてる。

 まー、一部ライバル視してる奴らを除けば。
 概ね女子にも人気だ。
 明るい。気さく。他人の悪口を言わない。
 取っ付き易い印象ではある。

 そんな人気モンの悠里に比べて。
 こっちは、目つきも悪けりゃ態度も悪い。
 髪だって染めてるし……

 昔は放課後になると、不良の仲間とつるんだりもしてた。
 でも、今の学校は落ち着いた感じで、あたしは浮いた存在だ。

 その浮いてるあたしを可哀想と思ったんだか、何なんだか。
 悠里はあたしに、何かと理由を作っては絡んで来る。

「っだよ、他人の話聞かねー奴だな。
 あたしはチャラいの苦手だって……」

「まーまーまたまた、そんなコト言ってぇ。
 実は可愛いの好きっしょー?」

「ななな何で知ってんだ、コラァ!
 あたしは行かねーからな!」

「行こうよぉ〜。可愛いんだって〜。
 ちっこいケーキとか、店員さんの制服とか」

「い……行かねぇったら、行かねぇ!」

「そんなコト言わずに、お願いしますー。
 お財布忘れちったのー。
 たっけてー。貸しちくりー。すぐ返すからー。
 お願いしますよ〜、愛華ちゃ〜〜〜ん」

 悠里は拝むような恰好で、グネグネと横に揺れ始めた。
 無駄にデカい声と大袈裟な動きが人目を引く。
 仲間と思われて恥ずかしい。

「……ったく。ちょっとだけだぞ」

 悠里の奇行を止めさせる為に、あたしは渋々承諾した。


 あたしは悠里を連れて、繁華街を行く。

 金髪ヤンキーが可愛いの連れて歩いてれば、目立つ。
 物珍しそうに、通行人が目を向けてくる。
 当然あたしはガン飛ばす。

 別にあたしが可愛いの連れてたっていいだろ!

 ……じゃなくて、好きで連れてるんじゃねっつーの!!
 事情も知らねーのに何だ、鬱陶しい!

 そんなあたしの胸中を知ってか知らずか。
 不意に悠里が聞いた。

「そういやさー、愛華ちゃんは見た?」
「何を」

「何か今日、チッコイのが来てたんよー。
 外人さんでさ。ちょー可愛いの」

「なッ!? ……み、見てねぇぞ。何だそれ」

「あー、見たかった? さては見たかったねー?
 戻って見ちゃう? 探しちゃうぅ?」

「べっ、別に……見たいとか、ねぇし」

「またまたー、ちょー見たいくせにー。
 愛華ちゃんのデレデレツンツン〜♪」

「誰がデレツンじゃ!」
「あっぎゃ!」

 悠里の頭に拳骨一発。
 悠里のこういう“茶化しぃ”な気質は、正直言って苦手だ。
 黙ってりゃ可愛いのに。

 ……ああ、そうだよ。
 可愛いモノは、好きだ。大好きだ。
 でもナメられるから言わない。表に出せない。

 まさか、こいつ。悠里の奴。
 あたしを試してるんじゃないだろうな。
 どこでボロ出すかとか、そういう。

 でなきゃ、まさか。
 実は、あたしに気があるとか。

 いやいやいや! それこそまさかだろ。
 でも、告白男子17人斬り捨て魔だからな。
 実は女が好きだったりとか何とかなんつって……

 ……余計な事を考えたら、何か怖くなってきた。

 と、あたしが悠里に不審の目を向けていると。
 雑然とした繁華街に不釣り合いな、長い車が入って来た。
 リムジンとかいうんだっけ?
 そいつはあたしらの少し手前で止まる。

「それじゃ、また後で」
「逃げるなよ?」
「ふふ、まさか」

 リムジンから降りて来るのは、黒いケープを羽織った女。
 あたしは彼女の姿を見て、思わず息を呑んだ。

 ――紫原先輩だ。

 あたしは紫原先輩、紫原紀子の事を尊敬している。
 他人を寄せ付けないミステリアスな雰囲気。
 ザコどもが何を喚こうが、どこ吹く風っていう……
 何だ、アレ、気高さっての?
 あたしとは方向性が違うけど、凄いカッケーと思っている。

 憧れの人の唐突な出現に、目を奪われるあたし。
 ガン見し過ぎて、うっかり目が合っちまった。

「あなた確か、赤峰君の……」

「おおお押忍! 兄貴がお世話になってるっす!
 こっちは同級生の」

「あ、はーい、桃沢悠里でーす。
 私たちケーキ屋に行くんすけどー。
 良かったら先輩もー?」

 唐突に悠里が提案。
 珍しくグッジョブ。
 知的な先輩とトークタイム。
 きっと有意義な時間を過ごせる……と期待するも、

「お誘いは嬉しいのだけれど。
 ちょっと行かなくちゃならなくて」

 と、紫原先輩。
 ちょっと困ったような笑顔。

「な、なんか、大事な用なんすか?」
「まぁ、黒崎君を助けるにあたって……というか、ね」
「黒崎って……あの黒崎っすか?」

“拳銃殺しの黒崎”。

 あたしら不良グループの間じゃあ、伝説の男だ。
 拳銃持ったヤクザを、木刀一本で壊滅させたってウワサ。
 実は忍者だか暗殺者の家系じゃないか、とか何とか。
 あいつの自宅には真剣、名刀の類がゴロゴロと……

 ってまぁ、ウワサだ。
 幾らか尾ひれがついてんだ、とは思う。

 でも、ウチの兄貴や、柔道部の青沼サンでさえ。
 奴には一目置いているらしい。
 挙句、段位持ってるだとか。
 肩に銃弾の傷があるってのも本当らしい。
 只者じゃない事は確かなんだろう。

 その黒崎を、助けてやる。
 紫原先輩は黒崎より上って事だな。
 スゲー。マジスゲーっす。

「あ、あ、あのあの、あたしに出来る事があったら!」

「気にしないで。
 貴女には貴女の戦い……みたいなのが、あるハズよ」

「お、押忍!」
「それじゃあ、また」

 ケープを翻して、紫原先輩は本屋の方へ去って行った。
 カッケー。インテリだ、インテリ。

 そんな先輩の姿に、あたしは思わず熱視線。
 その視線の中に、悠里が割り込んで来てニヤニヤする。

「うししし。先輩のボン・キュッ・ボンにメロメロですかぁ?
 愛華ちゃん、いやん♪ 百合百合しい♪」

「ばば馬ッ鹿、そんなんじゃねぇ!
 先輩をヤらしい目で見んな、コラァ!」

「ふぐあっ! ぼ、暴力反対〜……」

 拳骨もう一発。
 額を抑えてうずくまる悠里。
 それを尻目に、あたしはケーキ屋に向か……

 いかけて、戻る。
 店の場所! あたし知らねぇっつの!


 それから、ケーキを買って。
 愛華の家に寄って、金を回収。
 寄ってけと言われたが、宿題を理由に断った。

 幾ら悪ぶってても、赤点取らない、留年しない。
 唯でも迷惑かけてる親兄弟に、恥かかせるモンじゃねぇ。

 あたしは世間で俗に言う所の、不良。
 腕っぷしとか、反骨精神とか……
 メンツみたいなのを大事にしてるトコがある。

 でも、それだけじゃ駄目だ。
 そこらの有り触れた不良になっちまう。
 お上品な連中に、脳筋だってバカにされる。

 誰かの顔色を伺うのは趣味じゃねぇ。
 でも“顔色を伺わない”を口実に。
“苦手から目を反らす”のは駄目だ。
 やる事やった上で強くなるんだ。
 本当に強い奴は、他の奴より努力するモンだ。

 ってのは全部、青沼サンの受け売りだけどな。

 青沼サン……青沼透先輩。
 あの人は、あたしに世渡りを教えてくれた人だ。
 周りに突っ掛るしか無かったあたしに。
 そういやあの人も、結構インテリだっけな。

 最初はご同輩、いわゆる不良の仲間と思ってケンカ売って。
 したら、10人がかりでも返り討ちに遭った。
 挙句に手当てして貰って。
 駆けつけた警察にも言い訳してくれちゃって。
『すんません、こいつらは悪くないんです』って。
 なんかもう情けなくなって、泣けて来て……

 あの日あたしは、もっと本当に強くなろうって決めた。
 どんなのが本当の強さなのか、まだイマイチ確信もねぇけど。
 でも、上っ面の強さじゃ駄目だ。
 そんなの、チャラ男がブラ下げてるアクセと何も変わらねぇ。

 粋がるザコじゃない。
 本当に粋な女になりたい。

 ま、それはそうと。

 ケーキ食うんだから飲み物も欲しいなー。
 確かお茶切らしてたっけかー。
 そんな事を思いながら、あたしはコンビニへ足を運んだ。

 ……思わず、足が止まった。

 コンビニの脇、自転車停めとくスペース。
 そこに何か、やたら赤い塊がうずくまっていた。

 よく見ると、子供だ。
 フリフリで派手な服を着た子供。
 膝を抱えて、泣き腫らしたような目をして俯いていた。

「ど、どした、チビ」
「はぴゃッ!?」

 ぐぎゅるるるぎゅおおおおおお!!

 声を掛けた途端。
 地獄の底から響き渡る様な、変な音がした。
 ……腹の音、か?

「お前、腹減ってるのか」
「う、うるさい! 馬鹿にするなぁ!」

 涙目で抗議してくるチビ。
 別に馬鹿にしてるとかじゃないんだが。

 ……ああ、くそ。
 可愛いなコイツ、何だコレ。
 ガキんちょってこんな可愛かったっけか。

「ちょっと待ってろ」

 あたしはケーキ屋の箱から、チーズケーキを1個。

「食えよ」
「い、いいのか!?」

「貸しだからな。返せよ?」
「……お、お、覚えておく」

 どもった。どうやって返そうかって?
 ガキなりに律義なガキだな。
 そういうガキは嫌いじゃない。

「親、どした」
「居ない」

「家、帰らないのか?」
「帰れない」

 半べそで、俯いて言う。
 家出、か? こんな小さい子が。
 どうしたもんだか。

 ガキの相手は慣れてない。
 妹の凛か、兄貴がいてくれたらなー。

 妹は小中一貫校、普段から小学生とも遊んでる。
 兄貴は道場行ってて、ガキどもの面倒も見ているらしい。

 ま、居ないモンはしょうがない。

「なー……ウチ来るか?」
「いいのか!?」

 とりあえず保護、って事でいいか。
 不良のあたしが子連れで警察行ったら、何か疑われそうだし。
 兄貴が返ったら相談してみよう。

 あたしは赤いチビと手を繋いで、うちに帰る。

 よく見ると、頭の脇にコウモリ羽根。
 何だろうコレ、コスプレ?
 何か、悪魔みたいな……
 こんなキャラ流行ってんのかな。

「そーいやチビ、名前は?」
「私はベラ。イザベラ=レッドフィールドだ」
「ふーん?」

 赤い悪魔っ子を連れて、あたしは家に帰る。
 これが後々になって、大変な騒ぎに繋がるだろうとは。
 今のあたしは知る由も無かった。


 ……ってか、ヤベェ。
 食わせたケーキ、兄貴の分の……!?






前へトップへ次へ