Burn Away!
第1焦 第1話
〜Burn the Town@〜


 草原を歩いていた。
 何も無い草原だった。

 歩けないほどでは無いが、身体が重い。
 私はどうやら疲弊しているらしい。

 喉も乾いたが、乾きを癒せそうな物は無い。
 コンビニどころか、自販機の様な物も見当たらない。

 本当に、何も無い草原……

 私はどうしてこんな所に居るのか。
 何も覚えていない。

 ここはどこなのか。
 そして自分は……


 それから、草原の中を少し行くと……
 いや、今までどれだけ歩いていたかも分からないが。
 とにかく草原を行くと、中に道が通っていた。

 舗装されていなかったが、草原の中よりはマシだろう。
 私は道なりに歩いてみる事にした。


 ……向こうから馬車が来る。

 今時、馬車?
 どこか田舎にでも、迷い込んでしまったのだろうか。

「わ! な、なな何だ、お前!」

 馬車を操っている……御者、と言うのだっただろうか。
 その男は私を見ると、酷く驚いた顔を下。

 しかし私も幾分驚いた。
 何と言うか、その御者の男。

 金髪碧眼ぐらいは、まぁ良いとして……
 彼は、耳が尖っていた。

 アニメや何かに出てくる、エルフとかいう奴に似ていた。
 あまり詳しくは知らないが。

 ……コスプレか?

 その男、40代ぐらいの中年男性だ。
 歳ぐらい考えて、やって欲しいものだが。

 とにかく会話を試みる。

「えーと、喉が乾いて死にそうなんだ。
 何か飲み物があったら、分けて貰えないだろうか?」

「そんな事言って、取って食う気じゃないだろうな!」

 頭のおかしなコスプレ中年だ。
 誰が人なんか食うか。非常識過ぎる。

「そういう趣味は無い。
 それで飲み物は、あるのか無いのか」

「み、水で、良けりゃあ……」

 そう言うと御者の男は、古風な皮袋を投げて寄越した。

 どんな田舎だ。
 今時、ペットボトルも無いのか?

 私は受け取った皮袋から、水を飲もうとして……
 頭に何か、被っている事に気がついた。

 ひとまず皮袋を左手に持ち直す。
 首から上を覆っている物を、右手で引っ張ってみる。

 ……何だ、これは。

 私の顔を覆っていたのは、変身ヒーローのヘルメット?
 の様な物だった。

「何だ、被り物かい。それが顔かと思ったよ。
 そうかそうか、そんなワケは無ぇよなぁ」

 なるほど確かに、変わった格好ではある。

 首から下も鎧だとか、妙なデザインのベルト。
 そういうヒーローっぽい格好だった。

 幾らなんでも、コレが顔の訳が無いと思うのだが……
 この男、頭は大丈夫か。

 あるいは、そこまで役に成り切っているのか?
 エルフだか何だか知らないが。

 しかし、あまり考えたくは無い話だが。
 こんな物を被っている私は、何だ?
 まさか私にも、コスプレの趣味があるという事か?

 ……ダメだ。全く思い出せない。

 しかし、そうだとしたら、ここは何だ。
 コスプレ村か。

「おとーさん、誰とお話してるの?」

 馬車の中から、小さい女の子が顔を出し……
 やっぱり耳は尖っていた。

 親子揃ってコスプレイヤー。
 ちょっと頭が痛い。

 女の子は私を見て、慌てて父親の陰に隠れた。

「に、人間っ!」

 小さな子供まで、エルフに成り切っている。

 一体どんな家庭の、どんな教育方針なのだろう。
 この子の将来は大丈夫だろうか。

「ははは、恐くないよ。
 連中だって、悪い奴ばかりじゃない。
 ……それにしても、変わった格好だねぇ。
 最初見た時は、ホントに何かと思ったよ」

 と、御者の男。

「それが……よく、覚えて無くて?」

 と、私はシドロモドロに答える。
 あまり自分がコスプレイヤーであるとは、認めたくない。
「それが……よく、覚えて無くて?」

「きおくそーしつ!
 おとーさん、この人、きおくそーしつだよ!」

 女の子が大声を上げる。

 なるほど、言われてみれば。
 確かに私は記憶障害を抱えている様だ。
 喪失という程に重度なのか、すぐ治るかは分からないが。

「そりゃ大変だな。近くの町まで連れて行ってやろう。
 医者に見てもらえば、少しは良くなるかも知れないだろう?」

「いや、でも、手持ちが……
 治療費に足りるか、とか」

「代金か? ははは、気にするな。
 困った時はお互い様さ」

 この中年男性、気前は良い人物の様だ。

 どの道、他に当ても無い。
 私はとりあえず、彼の世話になる事にした。


 馬車の荷台の中で、私は持ち物を確認してみた。

 財布、現金の類は無い。
 微塵も無い。困った。

 治療費の方は、直ぐには無理かも知れないが……
 せめて水代と運賃ぐらい、働いて返そうか。

 次に服装。変な鎧の下を確認。
 上は黒いシャツ、下は長ズボン。

 暑苦しいし動き難い。
 邪魔な鎧とグローブは外してしまおう。

 ただ、変身ベルトみたいな、変なデザインのベルト。
 外すとズボンが落ちそうになった。
 これは仕方が無いので、このままで我慢する。

「……ねえ、お名前は?
 お名前も忘れちゃったの?」

 馬車の中で退屈そうにしていた女の子。
 彼女は私に話しかけてきた。

「名前? 名前は……」

『今日か……えの名前……
 ……フェ……ノ……』

 不意に、何かの記憶が蘇った。

 不安定で、途切れ途切れ。
 よく分からなかったが……

「フェ、ルノ?
 とか何とか、呼ばれていた気がする」

「フェルノ? 変わった名前だね。
 私、リリー」

 変わった名前。
 言われてみれば、確かに。

 多分、私は日本人だと思うのだが……何故に横文字?
 私ではなく、このコスプレの名前だろうか。

 ……と少しだけ、記憶がハッキリしてきた気がする。

 そうだ、日本だ。
 日本人だ。

 それにしても、フェルノ、フェルノ……
 何だろう。

 健康野菜戦隊ポリフェルノー!

 ……違うか。野菜戦隊とか意味不明だ。
 第一、それを言うならポリフェノールだろう。
 私は何を馬鹿な事を……

「なに、なに〜?」
「あ、いや……」

 変な顔になっていたらしい。
 考え込んでいると、リリーが顔を覗き込んできた。

 ……構って欲しいのだろうか。

「こらこら、リリー。
 お客さんを困らせちゃダメだぞ」

「いや、大丈夫。
 乗せてもらってるんだし、お礼だ。
 少しくらい構わない」

「律儀だなぁ。若いのに。
 最近じゃ珍しい好青年だ」

 好青年とか言われると、どこかムズムズする。
 ならば私は、少なからず不良青年だったのだろう。

 まぁ、このコスプレだ。
 身内に心配をかけても居たと思われる。
 主に、精神的に。

 ……何だか頭が痛い。

「そういえば……ここは、どの辺りなんです?」

「王国領リュシオンガルド西部の、草原地帯だよ」

 聞いた事も無い地名だ。
 何かテーマパークの名前だろうか。

「それじゃ、出口なんかは……」
「出口? 何の話だね」

「あ、いや……」

「リュシオンガルドといえば、悪徳領主ディトマール。
 人々は貧困に耐えかねて、立ち上がったのだぁー!」

「……え?」

「でも、市民軍は領主軍に負けちゃって。
 怒った領主のせいで、ずっと弾圧が続いてるんだよね?
 これぐらい、子供でも知ってるよ?」

 子供のリリーがスラスラと言った。
 覚えて言うには長いセリフだ。

 本当に……ここは、ファンタジーの世界だとでも?

 信じ難い。
 信じられない。

 とにかく、今は話を合わせよう。
 本当にそうだとしたら、不振がらせても困る。
 今、彼らの他に、当てになる者は居ないのだから。

「あ、ああ、それも覚えてないんだ。
 記憶喪失だから、かな」

「そっかー、大変だね。
 おじっ……おっ、おにいちゃんは、どこから来たの?
 それも覚えてない?」

 今、おじちゃんと言いかけたか!? 失礼な!

 私はまだ……いや、そういえば何歳だろう。
 イマイチ思い出せないせいで、上手く否定出来ない。

「日本という国の、東京という街から来たんだ、と思う」

「ニホン? トーキョー?」

「聞いた事が無いな。
 随分遠いのかい?」

 その反応は、演技なのか……
 本当にファンタジーの世界なのか?

 どちらにせよ、これでは埒が明かない。

「た……多分。
 あまり覚えてないけど」

「おう、そうだったな。
 悪い悪い」

「早く思い出せるといいね」

「ああ……そうだな。
 ありがとう」

 子供にまで気を使わせて、何だか無様でもある。


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