Burn Away!
第1焦 第1話
〜Burn the TownA〜
それから2時間ばかりして。
私達は、ようやく町に着いた。
馬車は車よりもよっぽど遅い。
ガタゴト揺られて尻も痛い。
それでも楽は出来たのだし……
一応、馬車馬にも感謝しておこう。
町は大都市という規模じゃない。
が、それなりに賑わっている。
探せば医者ぐらい居そうな感じだ。
「さて、まずは医者を探さないと」
町へ着くなり、親子、父親の方に気を使われた。
しかし私は申し出を断る。
「そっちの用事が先でいい」
「おや、そうかい?」
親父さんが振り返る。
私の膝の上には、リリーの頭があった。
彼女は眠っていた。
「起こしちゃ可哀想だ」
「……はは、気に入られたな。
よし、じゃあ、市場だ。
荷を降ろさないと」
馬車は町の市場に向かう。
馬車の中には大量の荷物。
親父さんの仕事は、行商か配達か……
まぁ、ファンタジー世界だとしたら、の話だ。
テーマパークの演出とすれば、そういう役なのだろう。
市場に着くと、親父さんは商人らしい男に声を掛ける。
話をつけ、荷物を降ろし始める。
やがてリリーも起きて、小さい物から運び始めた。
よく出来た子だ。
一応、教育の方は、しっかりされているらしい。
コスプレ一家だが、父親の人柄。
教育面まで駄目親父ではないという事か。
しかし、小さな子供まで手伝っている。
自分だけ休んでいるのは、どうにも居心地が悪い。
私は腰を上げ、親父さんに声を掛けた。
「手伝うよ」
「大丈夫かい?」
「別に、どこか痛い訳じゃない。
それに、この量だ。
上げ降ろしだけでも大変だろう」
「手伝ってくれるなら助かるが……」
「困っていたら、お互い様なんだろう?」
「すまないな。
じゃあ、その辺のから頼むよ」
私は包みの1つを持ち上げる。
……重い。思いの外、重い。
いや、冗談ではなく。
大きさもそれなりだったのだが、重さは更に予想以上だ。
私は馬車から降ろそうとして、下に取り落としてしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「ちょっと油断しただけだ」
私は馬車から降りて、包みを拾い上げようと身を屈める。
と、取り落とした弾みか、包みの端から中身が顔を出した。
包みの中身は……刀剣だった。
重いという事。
それなりに、しっかり作られてているという事だ。
これは、何かのアトラクション向けか?
おおかた刃が止めてあるんだろうが、重い。
殴り合っても結構効きそうだ。
「こういうの、需要があるんだな。
化け物でも出て来るのか?」
「は、はは、どうだろうな」
何だか気まずそうな顔をされた。
何か、不都合でも?
……ああ、ネタバレとかいうヤツだろうか。
という事は、何だ。
サプライズイベントでもあるのか。
まぁ、詮索しても仕方が無い。
親父さんには恩もあるし、私は黙って手伝う事にした。
「これで全部かな」
「はいよ。これが代金だ」
「お? 少し多いんじゃないか?」
「おう、旦那にゃ、いつも世話になってるからな。
今日の所はオマケしといたぜ」
剣の代金だろうか。
親父さんは商人からコインの様な物を貰っていた。
小道具の搬入にしては、妙にリアリティがある。
やっぱりファンタジーの世界?
いや、そんな事があってたまるか。
そう、私はまだ信じていなかった。
異世界なんて話、そうそうあるハズが無い。
しかし……じゃあ、何だ。
正規の従業員じゃなくて、外部の手伝いか?
差し詰め、貰った金は施設内で使える通貨。
あちこち入ったり遊んだり出来るのだろう。
取り引き?を終えた親父さんは、私とリリーを呼ぶ。
「はい、リリー。お駄賃だ。
フェルノも、少ないが取って置きなさい」
「え、いや、私は」
「ははは、いいから貰っておくれ。
今日は本当に助かったよ。
ほら、好きな物を買っておいで。
その間に、医者の場所を聞いておくから」
半ば強引に、親父さんはコインを握らせて来た。
これでは、あまり恩返しにならないな。
残しておけば、治療費の足しなるのかも知れないが……
「じゃあ、親父さんにも飲み物か何か」
「お、いいね。
ここのビールは美味いんだ」
「おにいちゃん、一緒に行こ!」
「ああ、そうだ、
リリーも連れて行ってくれ。頼むよ」
親父さんと別れた私は、リリーを連れて市場を見て回る。
幸い、市場には人間も、そうでないのも居た。
私の顔を見ても、騒ぎになる様子は無い。
それにしても人が多い。
駅前の繁華街みたいな賑わいだ。
子供連れでは少し歩き難い。
「リリー、手を」
「え、でも……やだよ。
恥ずかしいモン」
「はぐれると、もっと嫌な事になる。
悪いヤツなんて、どこにでも居るんだから」
「うー……う、うん」
はぐれると困る。
さらわれたら、もっと困る。
なので、私とリリーは手を繋いだ。
確かに恥ずかしい。照れ臭い。
こんな大きい子がいるとか、思われても困る。
しかし、保護者代行。
預かった以上、私がリリーを守らないと。
それにしても、ここは本当に異世界か?
テーマパークにしては、係員の姿が見えない。
いや、そんな、まさか……
みんな日本語を喋っているのに。
そうだ、きっと、係員も化けているのだろう。
それとは判らない様に。
「ねえ、おにいちゃん。
ちょっと時間ある?」
当ても無く歩いていたら、不意の提案。
リリーが見たい店があると言い出した。
私は市場を外れて町を歩く。
彼女が目指すのは仕立て屋だ。
以前ここを訪れた時に、目をつけていた服があると言う。
「やった、まだあった!」
仕立て屋に辿り着くなり、リリーは声を上げた。
ショーケースに飾ってあった、小奇麗な服。
子供用の、ちょっとしたドレスみたいな……
これがリリーのお目当てらしい。
「買うのかい?」
「見てるだけ」
と言うリリー。
しかし、その目は凄く真剣だった。
「でも、欲しいんだろう?
幾らだって?」
「1500Gもするの」
G?というのが、この……
ファンタジー世界?に設定された、通貨の単位らしい。
G……アルファベットの、G。何の略だろう。
安直にゴールドか何か、だろうか?
文化の地域柄、元だのグリブナだのではないと思うが。
まぁ、使えれば何でもいいか。
「リリーは幾ら持ってる?」
「500Gしかないモン。
これじゃ買えないよ」
リリーは私に、コインを一枚見せてきた。
それを自分が貰った分を、見比べてみる。
私の手元には、リリーと同じものが6枚。
3千G、という事かな?
ここの相場は分からないが……一般的に考えて。
ビール1杯よりも上等な服が高い、という事は無いだろう。
半分ぐらい出しても大丈夫だ、と思う。
私はリリーに申し出る。
「買ってやるよ」
「えっ!? でも、悪いよ」
「親父さんには世話になったし、恩を返すのも難しそうだ。
君に恩を売るから、その分、君が親父さんを助けてやって」
と、遠慮するリリーに、私は説明した。
いつまでも一緒に居られる訳じゃない。
記憶が戻ったら、私は自分の所に帰る。
それに多分、後でお金を送っても、親父さんは受け取らない。
だから、返せる形で返す。
困った時は何とやら、だ。
お金が足りなくて、困っていたリリー。
彼女をを助けて、その恩が回り回って親父さんに返る。
それでいい。
「で、でも、助けるって?
どうやって?」
「今日みたいにお手伝いして、いい子にしていればいいさ」
「でも……ホントにいいの?
ありがとう、おにいちゃん!」
満面の笑みを浮かべるリリー。
予想以上の反応に、こちらも少し嬉しくなる。
早速仕立て屋に入って、サイズを調整して貰って……
リリーはドレスを身に纏った。
「えへへ、どうかな?」
「ああ、似合ってるよ。
早く帰って、親父さんにも見せてやらないと」
そんな時、店の中に、血だらけの男が転がり込んで来た。
女店主が駆け寄り、呼びかける。
「一体どうしたんだい!
あんた、自警団の人だろ!?」
「襲撃だっ! 盗賊の大群が、町を……ぐふっ!」
「きゃああああっ!!」
血だらけの男に続いて、入って来た別の男……
彼は負傷した男に、背後から剣を突き刺す。
刺された男は突っ伏して倒れた。
悲鳴を上げたのは女店主。
彼女もまた、凶刃に倒れる。
……何だ、これは。
アトラクションにしては、演出が物騒過ぎる。
「た、助け……ぶあっ!」
血糊なんかじゃない! あの剣は本物だ!
店に居た別の男性客が逃げ損なう。
後ろから首を跳ねられて、地面に倒れた。
「う、あ……うわ」
茫然自失とした様子のリリー。
目の前で人が3人も死んだんだ。
無理も無いだろうが……
私は身を屈める。
リリーをカウンターの下へと、引っ張り込む。
彼女の口を手で覆って、自分も息を潜める。
とにかく隙を伺う。
……足音が近付く。
「んー、まだ居たよなぁ?」
男の声がする。
私は近くにあった棒切れを掴む。
足音は更に接近。
……どうする。倒し切れるのか?
囮になってリリーだけでも逃がすか?
緊張が走り、鼓動が高鳴る。
男の影がカウンターの脇、すぐそこに迫った。
棒切れを握り締め、意を決した。
私は殴りかかろうとする。
その時、
「おい、何やってんだ!」
「お? いや、まだ殺り残しが居るみたいでな」
「さっさと火ぃつけちまえ!
入り口を見張っときゃ、出て来るか焼け死ぬだろ」
「ああ、それもそうか。
じゃあ、お前、裏口を見張っててくれ」
男達は踵を返し、店を出て行った。
どうやら、一難去ったか。
しかし、まだ危険な状態に変わりは無い。
早く脱出しないと焼き殺される。
私はリリーの手を引いて走った。
店の裏口を探す。
塞がれる前に逃げ出せたら……
と、どうやら間に合った。
裏口を見つけた。
まだ盗賊たちは来ていない。
火をつけるのに手こずっているのか?
だが、それも時間の問題だろう。
すぐにこの場を離れよう。
コスプレ村に湧いた犯罪者集団?
ファンタジー世界の盗賊団?
いや、この際どっちでもいい。
どっちにしたって生命の危機だ。
避難しなければ。
まずは親父さんと合流しよう。
私とリリーは、市場を目指して走る。
途中、どっちを見ても、地面には大勢転がっていた。
大勢の、殺された人々。
血と臓腑の匂いが……
襲って来た連中は、次々に火を放っているらしい。
炎と煙で、空が赤黒く染まっている。
「もうやだ。
怖い……怖いよぅ……」
とうとうリリーは、足がすくんでしまった。
こうしている間にも、盗賊とやらは迫って来ている。
どうしたものか、私は辺りを見回した。
ふと目に入ったのは、血塗れで倒れている、剣を持った男。
私はその剣を手に取り……かけて、止めた。
被害がこの規模なら、敵は応戦してどうなる数じゃない。
それに、持って逃げるのは無理だ。
重くて邪魔になる。
どうぜ持って逃げるなら……剣より、リリーだ。
私はリリーを抱えて馬車へ向かう。
市場はもう、すぐそこだ。
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