黒鷲の旅団
21日目(3)ヴァンパイア酒造
「ぢょりぢょりー。きゃははは」
無邪気に笑うのはラケル。
ロンネフェルト伯爵のお髭をジョリジョリしている。
頬擦りされて、立派な髭がモシャモシャだ。
「はははは。それ、じょりじょりじょりじょりー」
子育て経験者だけあってか、伯爵は子供への付き合いが良い。
レーネの事も、さぞや甘やかしたんだろう。
厳しい世界を生き抜くには、勿論厳しさも必要だが。
しかしそれ以上に、愛情は大切だと思う。
少年少女時代を終えて、いざ世界へと踏み出す時。
その胸の内にあるのは決意か諦めか。
諦めもまたバネにはなるが、芯に宿すには脆く腐り易い。
自分の命の尊さを信じられず、悪の道へ底無しに落ちて行く。
どうせ自分など。どうせ、どうせと悲観して。
自分の尊さを認められず、だから他人の尊さも認められない。
自分など、他人など、どうせ誰の命もなどと。
そして見ろ。今や、俺の手は。
殺した奴らの血で真っ赤じゃないか。
……なんてな。まあ、1つの経験談だが。
酷い少年時代を経て、酷い大人になった。
子供達には、そんな歪んだ道を歩ませたくない。
ただの1人でも、自分を愛してくれた人が居た。
それは根拠だ。誰かには愛され得る自分なのだと。
自分の親は無くとも、俺が、伯爵が、周りの皆が愛情を注ぐ。
味方は居る。君達は独りじゃない。どうか健やかに。
伯爵と目が合って、頭を下げて。
見ると手招き。何かあったかな。
ああ、ドリスの馬車が来たのか。
道具屋ドリスの定期便。
余った作物を引き取ってくれる。
街で卸して、後日、売り上げを持って来る。
彼女にも取り分があり、損はさせない。
ドリスからの収支報告。
野菜売り上げ18万4200、果物が22万5600と。
難民支援の為にと、国軍も買い取ってくれている。
結構な量でも、すぐに捌けてしまうという。
馬車や販売ルートの管理費として12万渡す。
それから、今日の納品は……と。
収穫。野菜担当は吸血鬼達。日が昇る前に収穫してくれた。
誇り高い士族が、俺に貸しばかりでは面白くないだろうし。
何より、屋敷に籠っているよりは気晴らしになる様だ。
カゴいっぱいの収穫が、彼らの労働意欲を物語っている。
「おじさんだ」「パパさん」
「たくさん採ったよー」
果物の方は、収穫カゴを背負ったケンタウロス少年少女達。
ケンタウロスと農作物には相性の良し悪しがある。
馬体が何度も立ったり座ったりでは、少なからぬ負担になる。
地面に出来る野菜の収穫は少々不得手と言えるだろう。
幸い、うちには果樹園がある。
木になっている物を収穫して貰った。
農村の方でも、果樹園の設置を検討したい。
戻って来たケンタウロス少年少女を労う。
お疲れさん。今日は上がって良いぞ。
食料の分け前と、給金も幾らか持たせよう。
そうだ、吸血鬼達にも給金が要るか。
彼らも資産を持ち込んでいるが、限りはある。
何か収入元を考えてやりたい所だが。
それにしても、結構な収穫量。
ラケルより大きな収穫カゴが、30も40も並んでいる。
ドリスの定期便は馬車1台。これは運び切れない。
ドリスさんのアドバイス。貯蔵庫を作ってはどうかと。
食料貯蔵庫。設置費用500万。
屋敷の地下に設置されるので、敷地は圧迫しない。
内部に置くと食料品の劣化速度を抑える。
この機能はアイテムボックスには無いらしい。
そう言えばアイテムボックス。
この世界では2種類ある様だ。
収納スキル、俗称『アイテムボックス』。
明確に箱型でなく、正しくは『ストレージ』だと思うが。
使用者の保有する異空間に所持品を出し入れする。
運搬自由。スキルレベルが上がれば容積も増える。
難点は、神人や一部の加護持ちしか使えないという事。
もう1つ。設備あるいは家具『アイテムボックス』。
拠点や宿泊施設に置かれる、魔法仕掛けの保管箱。
固定型の分、容積はカバンやスキルより2桁ほど大きい。
俺達が使っているのは、専らコレ。家具の方。
誰でも所有出来る。子供達に各自の物を用意してやれる。
収納手段はさておき、食料保管庫の設置だ。
神人の脳内ウインドウからカタログへ。
施設を選択して、資金を振り込んで……
ウインドウを操作していて、思いついた。
ドリスさん、酒なんてあったら買い取れるか?
物凄い勢いで頷かれた。
自宅施設カタログから、醸造所を設置。
管理は吸血鬼の皆さんにお願いしたい。
伯爵……は、ラケル担当で忙しそうだな。
執事のクラウディオさんと醸造所に入ってみる。
設備とか、マニュアル……も、置いてあるかな。
必要な物は中に全部揃っている様だ。
俺も興味はあるが、手を入れる時間がなかなか無くて。
好きに試行錯誤してみて欲しい。
いずれ収入になるなら、給金も出せるだろうし。
「承知しました。担当者を選抜します。
我らの威信にかけ、美味い酒を造りましょう。
お嬢様成人の儀までに、必ずや当代最高のワインを」
クラウディオさん、意欲的。
彼も飲める口らしい。
子供達が大人になったら、一緒に飲み交わす。
酒が飲める年齢まで無事に育って貰わないと。
その先も勿論だが、1つの目標として。
さて、その子供達が戻って来た様だ。
今日は何が必要か、何をしてあげられるかな。
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