「大丈夫だってぇ。ガッコには話通しといたし。
本人も大人しくしてるって、言ってんでしょー?」
姉、黒崎弘子は、至ってお気楽に言った。
「だからって、学校まで連れてかなくても……」
と、不満を漏らすのは俺。黒崎啓人。
先日俺の部屋に現れた、ネコミミ・ヘンテコリン。
魔法少女?ケイト。
こいつは姉貴の陰謀により、俺の家に住みつく事になった。
しかも、あろう事か。学校について来ると言う。
俺は渋い顔をせずには居られない。
服装は姉貴のお古。サイズが合ったから良い様なものの。
頭には堂々と、ネコミミ装備のままだ。
これを連れて学校に行った場合……
周囲の反応を考えると、薄ら寒い物がある。
悪くて“変態”。良くて“そういう趣味”。
世間知らずの外国人に、如何わしい恰好をさせて……
って、一体どこの誰がじゃい。
その不満げな俺の顔を見て、姉貴は尋ねる。
「じゃあケイトちゃん1人、家に残して行くの?」
それも不安だ。
ケイトは一応、悪人では無さそうである。
が、カルチャーギャップが酷い。
昨夜も風呂の蛇口の使い方を知らず、軽く火傷した。
これを1人で残して行った場合。
帰って来たら家が全焼、といった事も考えられる。
とは言え、ケイトを家に残す。
その状況さえ避けられれば良い訳で。
「姉貴の職場じゃ、ダメなのか?」
「私、外回りとか結構あるし。
取引先には連れてけないでしょ。
うちらの生活掛かってんだよ?」
それを言われると痛い。
俺達の生活費の問題。
母さんの保険金は、そのまま母さんの治療費だ。
事故を起こした奴も金を寄越しているが。
正直、あまり頼りたくない。
となると、母さんが入院している今。
生活費の主軸は姉貴の収入だと言えた。
そして不景気な昨今。
何が元で減給・リストラされるやら。
今は好意的な企業でも、急に手の平を返す……
十分に考えられる。
故に、取引先にまで。
このネコミミ女を連れ歩くワケには行かない。
同時に、職場に残して行くのも不安。
自宅と同じで、余計な事件を起こし得る。
「俺が連れて行くしか、無いのか……」
渋々と承諾する俺。
対照的に、嬉々として言うのは姉貴。
「ねー? 置いてくのも心配だよねぇー?
隠してるエロ本とか探されたり?」
「エロ本とか無ぇし!」
「あらやだ。どこで欲望発散させてんの?
まさか姉さんのパンツ、嗅いだりしてないでしょうね」
「するかボケ! さっさと行け!」
すぱーん!
振り降ろした白刃、もとい、白いハリセン。
拳で殴るよりは、と、対ケイト用に作った代物だ。
これが姉貴の頭頂部を強かに打つ。
「あ痛っ! 勇者啓人の攻撃!
“素敵姉さん”に300ダメージ!
“素敵姉さん”は不利を悟って逃げ出したぁー」
本当に不利を悟ったのか、ただの馬鹿なのか。
姉貴は胡乱なセリフを残して、そそくさと出勤して行った。
……自分で素敵姉さん言うな。
「あの〜」
振り返れば、ケイト。
軽く横に首を傾げ、俺の顔色を窺って来る。
俺は溜息1つ。
カバンを担いで身支度を整えた。
憂鬱な学校生活の始まりだ。
〜Boy Meets Worse〜
第3話 降って湧いた疑惑
(そして学校へ……行きたくねぇなー)
「啓人さん、待ってー! 歩くの速いですー!」
息を切らせ、パタパタと。俺の背を追いかけてくるケイト。
俺はそれを無視。早足。逃げる様に先へと急ぐ。
急ぎつつ、振り返らず。言葉だけ後方に向かって、
「あんま近く歩くな。話し掛けんな。
知り合いとか思われたくない」
「そんな事言わないで下さいよぅ!
逸れちゃったらどうするんですか!」
それを聞いて俺は、はたと足を止めた。
「……迷子になるのが怖い?」
「はいです!」
「って、子供かい!」
「あうちゃ!」
すぱーん!
振り返りざまにハリセン一閃。
ケイトの頭を打った。
「……あ、あれ? あんまり痛くない? なして?」
ケイト、目をパチクリ。
ハリセンを、次いで俺を、物珍しげに見る。
およそ天然ボケにしか見えないケイト。
しかし本人は大真面目。
ツッコまれる理由から分からんのだろう。
それで俺を、単に暴力的な人間だと思ったのか。
俺は……そこまでではない。と思う。多分。
非暴力って程でも無いんだろうけど。
女でも容赦しないのは、身近な女があのボケ姉貴だから。
加えて同級生、悪乗りの酷い連中も幾らか存在する。
結果、ツッコミ慣れてしまっている。
過剰反応は多分、カルチャーギャップに動揺して。
あと、ケイトの容姿に?
黙っていれば美少女。あくまでも、黙っていれば。
まぁ、それを告げて調子に乗られても困るか。
自宅に住む人間に、色仕掛けとか、されても困る。
……しないだろうけど、一応。
だから、えーと?
俺は考え考え、説明する。
「分かり易く、拒否の意思表示が出来れば、それでいいんだ。
元々、痛めつけたいだとか、そういう趣味も無いんだし。
だから……痛く無い様に、だな」
「……もしかして、デレ期突入ですか?」
「早ぇよ! 誰が誰にだよ!
大体、何でデレ期は知ってんだよ!
水洗便所も知らなかった奴がッ!」
すぱすぱすぱすぱー!
思わずツッコミの連打。
「お、おおお……何だか精神的なダメージが」
「分かったら、おバカ発言やめい」
「……はい。気を付けます」
と、素直にうなずくケイト……
んん? “おバカ”を認めた、だと?
わざと言ってたって事か?
こいつ元から天然くさくて、本気かボケか分からん。
「そ、それにしても、さすが啓人さんですね。
道行く人々、ことごとく振り返りますよ?
溢れんばかりのカリスマ性を放ってらっしゃる」
早々に話題を反らして来た。やっぱり誤魔化しか。
それとも単に、喋らずに居られないのか。
しかし、カリスマって。
「お前的に、俺は美形だと」
「え、えーと……放って、らっしゃ、る?」
「何故そこで疑問符を付ける。
迷い迷い言う」
「あ、いえ、私としては、嫌いじゃないですよ?
ただ、その、イケメンさんってイメージとは?
ちょと違うかなー? なぁんて」
確かに俺自身、別にイケメンでもないとは思うが……
何となく力の抜ける受け答えだ。
ヘコむ……程じゃ、ない。ハズだ。
が、何だこの、ほんのりとした物悲しさは。
まぁ、それよりも。
「注目集めてんの、お前だから」
「えっ、私ですか!?
そそそそんな美少女に見えますか?
や、やだな〜、やだな〜♪」
ケイト、デレデレ。お調子者め。
「お前っていうか……耳だ、耳。頭の上」
「あ、ああ、これですか? これは耳ではありません。
魔法アイテムです! 勇者センサーなのです!
見てわかりませんか? ほらほらっ」
ケイトはネコミミを外して、俺に寄越した。
手触りは本物の猫の耳さながら。
外しても、生きているみたいにピコピコ動く。
魔法アイテムかは知らないが、確かに怪しげなブツである。
しかしこれが、どこをどうすればセンサーになるのか。
……いや、そんな事よりも。
「外せたんかい!」
「ほうあっ!」
すぱーん!
真剣白刃取りの様なポーズで、防御を試みるケイト。
その両手の間をすり抜けて、ハリセンは彼女の額を打った。
ケイトは悔しそうに唇を噛みしめ、
「くうぅ……さすが勇者様候補。
振り抜きの鋭さが尋常ではありません。
さすが。さすがです」
と、叩かれて恨めしいやら。
俺を見込んだ自分が誇らしいやら。
ケイトはよく分からん視線を投げかけて来る。
しかし、振りが早いのはハリセンだからだ。
真剣だったら、こうはいかないだろう。
真剣にツッコんでる、という意味では確かに真剣だが。
って、俺まで馬鹿かッ。
「はい?」
「……何でもね」
思わずシュビッと振ってしまった右手。空気ツッコミ。
それをさりげなく戻しながらも、俺は考える。
「じゃあ、あの……アレだ。
魔王の刺客が潜んでるかも知れないから。
大っぴらに勇者を探すのはマズイだろ?」
「そうなんですか?」
この反応。ズレている、と思う。
よくこんな危機感の無い奴を、勇者探しに出したモンだ。
……はて、と思う。
本当だろうか。世界の危機とか、魔王だとか。
仮に本当だとして、こんな不安な奴を寄越すだろうか。
厄介払い? リストラ?
大いにあり得る、と思う。
よく分からん別世界に放り込んで……島流しかよ。
こんなアホでも生きてんだろうに。
そう思うと、同情しなくも無い。
だからといって、勇者になる気も更々無いが。
「な、何ですか。そんな、憐れむみたいな目で。
私、可哀想なほど、おバカじゃないです、よ?」
どうやら俺、思った事が顔に出てしまったらしい。
それともケイト、意外と敏感なのか。
自分でも自信が無いのか、おバカの自覚でもあるのか。
抗議の文言がシドロモドロなのも気にはなるが。
しかし、こいつの事情は今、問題じゃない。
このネコミミを連れ歩いてる限り。
俺まで変な目で見られるワケで。
どう説得して外させるか。
「魔王ってのは、お前も怖いんだよな?」
「勇者様がいれば平気ですよ!」
「じゃなくて、お前1人だったら怖いよな?」
「それは〜、まぁ……そですねー」
ニヘラと笑って言うケイト。
俺もつられて、思わず微笑み掛けて……
いかん、いかん。
こいつのボケた雰囲気に飲まれてはいかん。
俺は咳払い。先を続ける。
「その怖い魔王が、お前に出来て出来ない事があると思うか?
例えば、手下をこっちに送り込んで来るとか。
それぐらい、無いとは言い切れない。
まだ勇者らしい勇者も見つかってないワケで……だ」
「候補なら、啓人さんが……」
「いや、候補っても、何の準備もしてねぇし。
そういうトコに奇襲を掛けられても困るって言うか」
「ほあ〜、なるほど!
刺客に見つからない様に、こっそりだ!
啓人さん、賢くていらっしゃる!」
「そう、こっそりやれ、って事。
だからその大声やめい。目立って仕方ない」
「ああっちょわ!」
動揺。変な感嘆詞。
やっぱりアホかコイツ。
正直言って、勇者はどうでもいい。
目立つような事を止めてくれればいい。
こいつの身の安全の為であれ、何であれ。
まぁ、話がまとまって良かった。
ケイトも少しは大人しくしてくれるだろう。
一安心。再び歩き出そうとした時、
「おぁっぢゃああ!!」
「ぎょわ! ななな何ですか!?」
奇声を上げたのは俺。
動揺したのはケイトの方。
俺がふと見上げた先は、駅前の時計。
時刻は8時30分。このペースだと完全に遅刻だ。
普段は余裕で登校。成績優良生徒。
1日ぐらい遅刻したって、命を取られる事も無いだろう。
ただ、このケイト。
ケイトを連れてかなきゃならん。
時間が要る。授業の前に、ケイトについて説明する時間が。
それが出来なければ、1限目ずっと。
美少女同伴で、挙句遅刻して来やがった浮かれ野郎。
ひそひそひそひそと、居た堪れない状況に陥り兼ねない。
「走るぞ、ケイト!」
「えっ、えっ、何でですか?」
「何でもいいから! 早く!」
走り出す俺。ケイトが続く。
行きたくもない学校へ、一生懸命。
勉強と弁解と、天然ボケの世話が待っている。
何て言うか……人生って、理不尽だ?
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