Boy Meets Worse >第5話


「逃げるなコラアアアア!
 私と戦えええええ!」

 赤いスカートを翻して疾駆。
 逃げる女3人を、私は猛然と追った。

 私の名はイザベラ=レッドフィールド。
 魔王様に仕える一番の家来を自負している。
 得意は雷の魔法だが、他にも色々と使えるぞ?
 多芸に秀でた優秀な魔女だ。優秀だ。
 だからこそ、魔王様は私を重用してくれるのだ。

 だが、今そんな事は重要ではない。
 逃げる3人の1人、金髪碧眼の小娘。
 憎きキャサリン=ブラックフォードが、ここに居るのだ。

「ほんの冗談じゃないですか!
 忘れたりしませんってば、ベラ〜!」

 と、私をド忘れした事を弁明するケイト。

 誰だとか言われたのも、確かに腹は立った。
 しかし、そんな事1つ1つで、私はここまで怒りはしない。
 積もり積もれば、である。

「気安く呼ぶな、バカケイト!
 今日の今日こそは引導を渡してやる!」

 そうだ、あいつときたら、事あるごとに私の邪魔をして!
 ケーキを台無しにしたり、大事な服を汚したり!
 貴重な本を破ったり、たりたりたりたり!

 ああ、思い出しただけ腹が立ってきた。
 私は少々軽率にも、攻撃魔法を放つ。

「まとめて黒コゲにしてやる!
 食らえーッ!」

 振りかざす杖の先端から、放たれるのは雷。

 しかし、雷撃は歪に屈折した。
 壁や床を穿つばかり。
 この世界の特性なのか、霊的な力が不安定の様だ。
 雷が狙った所に飛んでくれない。

 だが、そんな事で諦める私ではない。
 追い詰めて至近距離で放つならば、さすがに当たるだろう。
 私は雷撃をまき散らしながら、3人を更に追う。

 そんな折り、不意に廊下の横の扉が開いた。
 よくよく見れば珍妙なドアだな。
 横に引いて開けるとかって。

「ぴゃああああ!
 啓人さん、逃げてー!」

「えっ、く、黒崎君!?」
「いかん! 黒崎、来るな!」

「……あ?」

 女3人と私の間に、ドアから何者かが割って入った。
 クロサキ? ケイトがケイトって呼んだ?
 何だか訳が分からんが……

 誰であろうと構う物か。
 障害となるなら、まとめて蹴散らしてやる。
 私は構わず突き進んだ。

「どけどけどけぇーい!!
 邪魔するならば容赦はせぬぞ!!
 私は魔王様一の家ら」

「うっさい!」
「ぎゅぶっ!?」

 ゴスン!

 頭に何か強い衝撃を受けた。
 意識が、遠退いて行く……



〜Boy Meets Worse〜

第5話 紅の衝撃(刺客も楽ではアリマセン?)





「……ん?」

 気が付くと私は、フカフカベッドに転がっていた。

 壁とカーテンで挟まれたベッド。
 適度に薄暗く、布団も温かい。
 何とも眠気を誘う環境だ。
 私は再び意識が遠退いて……

「痛っ」

 頭頂部の痛みに目が覚めた。
 さすってみると、どうやらコブがある。

 そうだ、私は殴られて気絶したんだ。
 間に割って入った奴。
 黒髪の女達は“クロサキ”とか言ってたな。

 魔王様の第一の配下たる、この私。
 確かに悪魔やゴーレムほど頑丈ではない。
 しかし、それでも一撃で昏倒させるとは。

 あれが一般人だとすれば、ここは恐ろしい世界だ。
 あんなのがウヨウヨ居るというのか……

 それとも、あれが勇者候補だろうか。

 全ては、魔王様の野望を阻止する為、だろう。
 王宮に雇われた魔女どもが、力のある人間を探している。

 まず異世界から素養のある者を集める。
 そして、私達の世界に連れ帰る。
 それから、何かの儀式で力を開花させる。
 力に覚醒した奴らは勇者と呼ばれ、魔王様と戦う……
 少なくとも私は、そう聞かされている。

 そして、その勇者集めをまた阻止すべく。
 魔王様の配下たる私が、出張って来ているのだ。

 しかし覚醒せずに、あれだけの力を備えているとは。
 それともケイトの奴、既に儀式とやらを施したのか?

 ……それは無いか。
 あのパッパラパー。
 儀式とやらの複雑な手順がこなせるとは思えん。

 そもそも、あいつ。ケイトの奴。
 攻撃魔法1つ、ロクに使えないんだ。
 使えるのは転移、変化、目くらましとか……
 ふふん、駄魔女め。

 そんな平和ボケした駄魔女の分際で。
 しかし魔王様から、お褒めの言葉を頂いた事がある。

 魔王様が7日7晩かけて破壊できなかった、とある聖剣。
 それをケイトは、転移魔法を暴発させ、真っ二つにした。
 柄から先だけを転送し、どこかへやってしまったのだ。

 魔王様からお褒め頂くとは、まったく羨まし……げふん。
 けしからん駄魔女である。
 敵に褒められるとか、同じ魔女として恥ずかしいぞ。

 しかし……考えてみれば、恐ろしいな転移魔法。
 首から上だけ飛ばしたりしたら、一撃必殺じゃないか。
 あの駄魔女が、そんな事に気付くとも思えんが。

 と、ケイトの事は置いといて。
 クロサキとかいう奴には、他にどんな力があるとも知れん。
 留意すべきだな、と、私は思う。

 速やかに状況を把握し、反撃に出よう。
 そして憎きケイトを、今度こそは……

 ……はて、状況と言えば。

 私は何で、こんな所に寝かされているのだろうか。
 こんな寝やすそうな、上等そうな所で。

 敵の刺客を手当て?
 まさか、あり得ないだろう。
 あれだけ力を見せつけてやったのだ。
 意識の無い後に始末するのが道理というもの……

 では、何だ。
 拷問して魔王様の情報とか聞き出すのか。
 それとも何かイカガワシイ事をするつもりか。

 ……ええい、屈する物か!

 私は魔王様一の家来!
 迫害の日々から救って頂いた、あの日以来!
 どんな時でも、あのお方の力になると誓ったのだ!

 だから例え、どんな苦境に立たされようとも!
 魔王様の不利になるような情報は漏らさない!
 そんな事になるぐらいなら、舌を噛み切って、死……

 ……や、やっぱ、死ぬのは怖いな……うん。

 そうだ、逃げよう。
 脱出してしまえば良いのだ。
 それなら魔王様も困らないし、私も死なずに済むワケで。

 私は意を決し、ベッドの脇へと飛び降りる。
 そして勢いよくカーテンを開け、

「ヒッ!?」

 思わず悲鳴を上げてしまった。

 カーテンの向こうに、またベッド。
 そしてそこで、誰かが寝ていたのだ。

 ベッドの隣にベッド!
 ナンデヤネン!
 どんだけベッド好きな間取りだ!
 宿屋じゃあるまいし!
 ガッコウとやらに宿屋があるなんて、聞いた事が無い!

 そしてその、寝こけている人物。
 整った顔立ちの、男、だった。
 それも、結構、私好みの……

 こ、こ……これはアレか!
 私に良い男を宛てがって、籠絡しようとかいう腹か!
 むむむむ、ケシカラン!
 なんとケシカラン真似を企てて頂いてしまって!
 むむむ、乗るべきか反るべきか。

 と、私が男の寝顔に見惚れていると、

「ん?」
「ギャヒィッ!!」

 男は目を覚ました。
 思わず情けない声を出し、飛び上がる私。

 対して、その男は特に動じる様子も無く、

「だ……誰、だ」
「あのあのえとその」

 問いかけられ、私は困惑した。

 敵地である。
 どうやら相手は、私を、事情を知らない様子である。
 名乗るべきか、名乗らざるべきか。
 私が対応を決めかねていると、

「真也、無事かー?」
「ぴにゃあッ!?」

 部屋の外からクロサキとやらの声!
 やばい! やば過ぎる!
 私を一撃で昏倒せしめた、あの一撃。
 アレをもう一度食らったならば。
 今度は頭が割れてしまうかも知れない。

 私がうろたえていると、何か思う所があったのだろうか。
 男はベッドから起き上がった。

 ……でかい。

 いや、そもそも私の背が高く無いのだが。
 それに比べたって、彼の背は高い。
 7フィートは無いと思うが……

 加えて、全体的に何かこう、屈強である。
 筋肉質な腕……武人か?

 はっ! やはり刺客か!?
 私を葬り去る為にと、奴らが呼んだとか何とかか!?

 後ずさる私の耳に、部屋の外の声が聞こえる。

「もー、啓人さんが悪いんですよ?
 事情も聞かないで担ぎ込むから〜」

「俺のせいかよ!
 ……やり過ぎたかと思ったんだよ」

「ちょっと、2人とも。
 今は赤峰君の安否を確かめるのが先でしょ」

 どうやら外に、ケイト一味が集まって来ている。
 正面突破は難しい。
 だが、どこから逃げる?
 モタモタしていると包囲されてしまう。

 加えて、正面。歩み寄る長身の男。
 私は身を守ろうとするが、動転して術を編み出せない。
 く、くそう。絶体絶命か!?

 すると男は私に聞いた。

「……追われて、いるのか」
「ひゃっ!? ひゃ、ひゃい、そうでひゅ」

 ああ、くそ、情けない私。
 突然話し掛けられて、舌が回らない。

「分かった。心配するな」
「ぴゃっ!?」

 男は優しげな眼差しで、私の頭を撫でた。
 助けてくれるというのだろうか。

 子供扱いされて、不満だ。
 であるハズなのに。
 私は安心からか、涙がモロモロと零れてしまった。

 思い返せば、この世界に来て以来。
 本当にロクな事が無かった。

 ケイトに気取られぬようにと、魔法を使わずに過ごしていた。
 魔王様とも連絡が取れず、内心、不安で仕方が無かった。

 魔王様から頂いた銀貨は、通用しなかった。
 本物の銀であるにも拘わらず……信じられん。
 窃盗など言語道断であるからして、食料は捕獲した虫ぐらい。
 この世界の淀んだ空気と水で育った奴ら。
 どいつも酷い味がした。

 雨風を凌ぐのにも苦労した。
 橋の下なんかは、軒並み浮浪者が縄張りを張って居るし。
 軒下を借りようとすれば、不審者として追い回されるし。

 道では恐ろしい鉄塊が走り回っている。
 気性のおかしい奴らは群れを組む。
 見下した目で私を寸評する。
 石とガラスばかりの、乾いた街並み。世界。

 ……もう、嫌だ。

 正直な話、ケイトを……
 知っている顔を見つけて、少しホッとしたぐらいだ。
 それが仇敵であるにも拘らず。

 ケイトを倒して、さっさと魔王様の所へ帰りたい。
 こんな冷たい世界はもう嫌だ。そう思っていた。
 それは今でも変わらないが……

 でも、この世界にも……こんな世界にさえ。
 拾う神って、居るんだな。

「ああの……お、おな、お名前は」
「俺の名は、真也……赤峰真也、だ」

 ああ、シンヤ殿。いや、シンヤ様。
 このご恩、必ずお返しします。
 私は熱い眼差しで、彼の背中を見送った。





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