人は、知らない物を恐怖する。
対処法が分からないからだ、と私は思う。
知ってしまえば、どうという事は無い。
だから、私は知る。
知ろうとする。
知る事に努める。
私、白川雪子は、企業グループ頭首の娘である。
いずれ父の企業を引き継ぐ事になるだろう。
父も私をその様に育てて来たし、私自身そのつもりでいる。
次期頭首たる者。
どんな事態にも冷静に対処出来なければならぬ。
対処するには、まず事態を知る事だ。
今日のアレは、一体何であったのか。
突如現れた赤い小娘が、雷を放って校舎を破壊した。
ケイトとやらも、何やら青白い光を発していたし……
私は知らなければならない。
あの魔女とかいう連中は何だ。
どう対処すればいい。
黒崎啓人の身に何が起きている。
私は彼に大きな借りがある。
ちょっとやそっとでは返し切れない借りだ。
彼に掛かる火の粉があるのなら。
私がそれを払おう。
他の誰でもない、この私が。
〜Boy Meets Worse〜
第6話 白の奔走(あーもー、邪魔、邪魔!)
「ええい、ダメだ! 戻れ、戻れ!」
「うあーん、待って下さ〜い」
私は駆け足で反転。
へこたれ気味のケイトの手を引いて、来た道を戻る。
機先を制したつもりであったが、こうも対応が早いとは。
現在、我々は徐々に追い詰められつつあった。
いや、かつて遭遇した様な、深刻な事件とは違うか。
しくじって命を落とすような事ではない。
最悪、明日以降。また機会を伺う事は出来ようが……
一度得たチャンスを見逃す?
それも勿体無い話だ。
ここで手を拱き、後で何か起きては困る。
どれだけ猶予が残されているかも分からん。
……と、少し状況を整理しよう。
突如として現れた、赤い服の“魔女”。
寸での所で黒崎が昏倒させ……
しかし彼は、その魔女を保健室に担ぎ込んだ。
後から探しに保健室へ行ったが、既に姿は無かった。
同室に居た赤峰は、見ていないという。
挙動は少し怪しかったが、実際あの赤い奴は居なかった。
彼は校舎が破壊された所も、見ては居らんだろうし……
証言を求めるには、いささか心許無い。
が、それのみならず。
黒崎は魔女なんて、夢か幻か何かだろうと言った。
……何をバカな。
私の言う事が信用できないのか。
いや、確かに普通に考えたら、あり得ない話だとは思うが。
しかし私は、この目で見たのだ。
それなのに……
赤い魔女と面識があるらしい、黒崎家の居候・ケイト。
彼女に証言を求めるも、視線を泳がせ曖昧な返事。
どうも口止めされている様子である。
黒崎は十中八九、何かを知っている。
加えて、それを隠している。
……何を隠している?
“今度は”何に巻き込まれているというのだ。
私と紫原は共同戦線を張る。
ケイトから情報を聞き出す事にした。
今、黒崎とケイトを引き離し、校外を目指している。
私の送り迎えの車に乗り込んでしまえ。
さすれば、一先ずは安心だろう。
目下、関門は2つ。
1つは、どうやって校外へ逃亡するか。退路の問題だ。
浮ついた男どもが群れを成し、道を阻んでいる。
金髪碧眼のニューフェイスをお茶に誘おうだとか。
浅ましい話だ。
各門で彼女の下校を待ち構えている。
別に私は学園のアイドルを気取っているワケではない。
誰が誰を誘おうが、張り合うつもりは無い。
故に、普段ならスルーしてしまう所だ。
しかし今回は、そうは行かない。
肝心のケイトを連れて行かれては、情報が得られない。
そしてもう1つの問題は、黒崎……
あるいは、時間の問題とも言うか。
一度は紫原が機転を利かせ、我々と彼を引き離した。
しかし校内をウロウロしていれば。
いずれまた黒崎と合流してしまう。
奴が目を光らせている限り、ケイトは真実を語るまい。
我々は疾く速く知恵を絞り、関門を突破。
校外へ脱出せねばならん。
私は携帯で呼び掛ける。
「紫原、聞こえるか。そちらは」
『東門も、ダメね。完全に、塞がれてる、わ』
携帯端末の向こうでは、息も絶え絶え。
紫原紀子が苦しそうに言う。
元々運動が苦手な彼女だが、駆け回る事かれこれ20分。
そう気を張るのは黒崎の為か?
大した間柄では無いなどと、全く疑わしい次第である。
一体2人は、どういう仲なのか。
2人とも明言しないし、会話も短く交わす程度。
だが、少なくとも険悪ではあるまい。
向き合って語り合うでもなく。
隣り合って共に何かに向かうでもなく。
例えば、背中を預け合う様な、そんな信頼関係。
そんな間柄に思えてならない。
妬ましい……と、思う。ほんの少しだが。
私はいずれ組織のトップに立つ者として。
数々の英才教育を受けて来た。
出来ない事も多々あろうが。
しかし、知識や能力で周囲に劣るとは思わん。
ただ、その歩んだ道の結果として。
少なからず孤独を感じる事はある。
誰か後ろを任せられる者が居てくれたら。
知識から技能から、黒崎はその候補にあった。
とは言っても。
別に付き合おうだとか考えているワケではない。
他の誰かに独占されたくないと思っているだけだ。
……いや、この表現では恋していると言っている様な物か?
大衆向けのマンガではあるまいし。
そんな単純な感情ではないと思う。
第一、私は彼を束縛できる立場では……
そうだ、私は黒崎に大きな借りがあるのだ。
事は2年ほど前に遡る。
『白川家令嬢誘拐殺人未遂事件』という事件があった。
その“令嬢”に当たるのが、私だ。
自分で自分を令嬢とか言うのも気恥ずかしいが……
まぁ、そこは世間が言うのだから仕方あるまい。
とにかく、そう呼ばれる事件が起きた。
中学3年の夏、修学旅行中。
“お嬢様”という立場に、少々息苦しさを感じていた私。
周囲の雰囲気につられて、羽目を外してみたくなった。
そしてSPの目を盗み、単身街へと繰り出した。
多少は護身術の心得もあった。
周囲よりは金銭の持ち合わせもあった。
知識ばかりに偏った交渉術。
どうにでも出来ると思い込んでいた。
要は、身の程を知らなかった次第である。
そんな折り、まんまと誘拐されてしまった。
犯行グループは、父の会社に不満を持つ連中だった。
彼らは身代金を要求。
しかし用が済んだら私を殺す気でいた。
私は絶体絶命と覚悟を決めた。
そこに助けに来たのが黒崎一味だ。
知恵と力を駆使して、彼らは悪党どもに立ち向かう。
彼らの活躍により、私は救い出される。
犯行グループは、後から駆け付けた警察にお縄を頂戴する。
そして彼らは一躍有名になり……
……と、そう上手く行けば良かったのだが。
犯行グループも、馬鹿ばかりではない。
始めの奇襲こそ成功するも、所詮は中学生の浅知恵だ。
武道を嗜んでいるとて、力で大人に敵うとも限らん。
やがて彼らは、逆に追い詰められ始めた。
確かに、警察が来るまでの時間稼ぎにはなった。
どうにか全員生還できた。
危険行為を咎められもしたが。
警察機関より表彰されてもいる。
彼らの介入の成果は、御の字と言えなくはない。
だが、無傷という訳にもいかなかった。
ヤクザと繋がりでもあったのか。
犯行グループが拳銃を持ち出した。
黒崎は私を庇い、左肩に銃弾を受けた。
今でも、その痕が残っている。
先にも述べた通り、私の父は企業グループ頭首である。
その権限を最大限に使って、彼の負傷に報いようとした。
金銭であれ、将来の企業幹部の椅子であれ。
黒崎の望むままに。
だが黒崎からは、思いもよらない返事が返ってきた。
彼は言った。
自分自身の、事件への関与を揉み消せ、と。
母や姉に心配を掛けたくないのだと。
地位も名誉も報酬も要らない。
ただ平穏に暮らしていたい。
私は“庶民”という物を、初めて見た気がした。
父は彼に感じ入り、情報操作に尽力した。
台無しになった修学旅行のやり直し。
そんな名目で黒崎を家庭から離す。
秘密裏に治療を進めさせた。
私も彼の傷を気取られぬよう、彼の左をついて回ったりした。
彼の腕は元通りに動く様になった。
しかし、傷跡は消えなかった。
彼の左肩と、私の心に残ったままだ。
そういう借りがある訳で……
私はどうにかして、彼の力になりたい。
彼が不幸にならない様に。
私が力ある者として取り計らってやらねば。
そこへ来て、占い師だの魔女だのと……
そんな如何わしいモノが、果たして彼に相応しい相手か。
いや、でも、本当に2人が好き合っているなら?
それは、そこまで無理に引き裂こうというのではないが。
ただ、取られたくはないと思っているだけで……その……
あーうー……何を言ってもドツボな気がする。
ともあれ。紫原は今、貴重な協力者である。
変に見捨てるより活かす事を考えるべきだろう。
「ひとまず合流だ。西昇降口へ向かえ」
『了解』
合流して……その後は、どうしようか。
黒崎とケイトを引き離す際には、紫原の知恵を借りた。
再び紫原に頼るのでは、少々癪だ。
では、私が事を成すとして……何が足りないだろうか。
敵は大勢。味方は2人。
足りないのは手数だろうか。
陽動するにせよ、突破するにせよ。
私は再び携帯のキーを叩く。
『……んだぁ?』
3コールほど待って、不満げな男の野太い声。
私は彼に問う。
「……焼肉は、まだ好きだったか?」
『ぶっはははははははは!』
私の問いに男は爆笑。
一頻り笑った後で、
『随分と久しぶりじゃねぇか。
お嬢様は俺なんか、もう相手にしないのかと思ったぜ』
「適材だと思っているが、適所が無かった。
私がお前に、宿題の分からない所を聞いてどうする?」
『違ぇねぇ。で、どした?』
「手を借りたい。西昇降口へ来てくれ。
黒崎絡みで嫌とは言うまい」
私がそう言った途端、彼のトーンが暗くなる。
『また、事件か?』
「まだ分からん。
まずはそれを確かめねば」
『……分かった。すぐ向かう』
そして、西昇降口。紫原と合流して数分後。
轟音と共に、黒銀の大型二輪が姿を現した。
『白川家令嬢誘拐殺人未遂事件』には。
公に4人の功労者が居る。
占い少女、紫原。
無口な空手少年、赤峰。
情報通、プレイボーイ緑間。
そして、もう1人がこの男だ。
道場主の息子、青沼透。
大柄・強面で、荒々しい物言い。
番長とも噂されている。
しかし頭脳は学年5位前後のインテリ。
バイクは乗るが煙草は吸わない。
誤解され易いが、品行方正で不器用な男である。
「待たせたな。どうすりゃいい?」
メットを脱ぎながら、青沼が言う。
その強面ぶりに、思わずケイト。
「……さ、山賊さんですか?」
「ちょ、マテやコラァ!」
……やるな、小娘。
赤面・激昂する青沼をよそに。
私と紫原は思わず笑ってしまった。
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