Boy Meets Worse >第7話


『人は見かけによらない』
 そういう言葉が昔から言われている中で。
 しかし人は、未だ見かけに騙されている。
 全く、進歩の無い話だ。

 冷酷無比の絶対君主。学園の女帝、白川雪子。
 彼女も素顔は、普通の恋する女の子だった。

 不気味で根暗、正体不明。魔女、紫原紀子。
 あんな慎ましくて優しい女、そうそう居ないだろう。

 無口な啓人や真也、一見軽薄な一樹だって。
 クールぶってる様で、心の底に熱い物を抱えている。

 人には表面に出ない一面がある。
 むしろ、普通は何かしら隠してるモンだろ。
 良い所であれ、悪い所であれ。
 理由が照れであれ、後ろめたさであれ。

 だが、この日に出会ったあいつ。
 そのギャップは正に常軌を逸していた。

 川と不良とニャンコの導きで。
 俺はこの日、トンデモナイ物に出会ったんだ。



〜Boy Meets Worse〜

第7話 ふよん、ぽふん(魔王降臨)





「こいつはこちらで預かって行く。
 報酬は後ほど届けさせよう」

 下校途中、河川敷沿いの道。
 白川雪子が、リムジンの後部席の窓から言った。
 俺は愛車の重二輪に跨ったまま、尋ねる。

「啓が、どうとかってのは」

「現段階では、確かな事を言えなくてな。
 調べがついたら追って知らせる」

「そうか。そんじゃ……」
「あああああのあのあの」

 エンジンを吹かし、前に出掛けた途端。
 背後から泣きそうな声。
 声の主は、俺が白川に引き渡した少女だ。

 名前は確か、ケイト。
 啓の奴と同じだってんで、覚えていた。

 新入生? 違ったか?
 とにかく学校で噂になっていたな。
 顔立ちは美人っつーか、美少女。
 おまけに金髪碧眼。物珍しい。
 帰りを待ち伏せされたのも、話は分からんでもない。

 その待ち伏せの囲いを抜け出す為。
 俺はメットを被せてバイクで連れ出した。
 結果、俺自身がノーヘル。
 交通違反とか、したくないんだけどなぁ……
 幾ら人気の無い、数百メートルの道程つってもだ。

 で、白川に引き渡した、そのケイト。
 どうにも様子がおかしい。

「……どした?」
「あ、あうぇあわわ」

 駄目だ。言葉になってない。

「大丈夫か? 落ち着け?
 どっか悪いん……」

「あ、やっ、わ、私…………
 こっ、これから、どうなっちゃうんでしょう?」

 どうやら先行きが不安な様だ。
 原因は恐らく、白川。

 ケイトが啓人にトラブルをもたらす……かも知れない。
 その真偽を確かめる為、このケイトをご招待。
 言い方を悪くすれば、尋問しようって話らしい。

「“どう”? 返答次第では、如何様にもしてやる所存だ。
 例えば一頻りバラバラにして、山に埋めるか海に沈めるか」

 脅すような事を言う白川。
 悪戯っぽく口は笑って見せるが、目が笑ってない。怖い。
 こいつが言うとホントにやりかねないから怖い。

 そういえば、前にも聞いた事があったな。
 黒崎啓人に言い寄ったのが白川に知られると、“消される”。
 闇から闇へと消され……もとい、転校に追い込まれるらしい。
 まぁウワサだ。本当の所は知らないが。

 だが事実として、高校に上がってわずか数か月の間。
 啓のクラスは4〜5人転校していた。
 ホントにこいつ、何やらかしてるんだろうか。

 ……不安になって来た。
 俺はケイトを、このまま白川に引き渡していいんだろうか。

「大丈夫よ。何もさせやしないわ。
 用が済んだら黒崎君の家に届けさせるから」

 白川の後ろから、紫原。紫原紀子が顔を覗かせた。

「ふふん、我がグループの力は絶大だぞ?
 私がその気になれば、庶民のお前らなど諸共……」

「“今、白川グループ令嬢と会っている”。
 既にネットで拡散されているわ。
 私が無事に戻らなければ……分かるわね?」

 と、携帯端末の投稿画面を見せる紫原。
 紫原は紫原で、実はシンパが多い。

 学校って狭い世界だと孤立してるが……日本規模。
 ネットの世界になると、途端に人気モンだ。
 多くの占い依頼を受けている。

 的中率は7割程度ながら。
 その優しげなコメントが人気を集めている。
 悪い結果が出た時、そのまま見放すんでなくて……何とか。
 まぁ、俺はあんまり占い見ないんだが。

 しかし俺んトコと同じ運営会社のブログで、占い系。
 ランキングに上ってるのを見た事がある。
 カウンターがスゲェ回ってて……

 ああいうの、上行くの結構大変なんだぞ? マジで。
 学校で友達10人作るよりも。
 ネットで1千人ファン作るのがスゲェ。
 広い世界が紫原を認めている。
 それを俺は……俺達は、認めていた。

 そんな紫原が白川と会って、急に消えたら。
 学校の連中が不登校と思っても、ネットの奴らは心配する。
 最悪、通報……親父さん、白川グループの立場が危うくなる。
 白川にしてみれば、迂闊な事は出来ないハズだ。

 それでも、子供じゃネットなんて分からないか。
 ケイトの顔はまだ不安なまま。
 俺と紫原を行ったり来たりしていた。

「あー……まぁ、心配すんな。
 可愛い方のお姉ちゃんは優しいからな。
 取って食われる事は無いだろ」

「そ、そ、そですか」
「おう。じゃあな」
「あああ青沼!」

 出発しようと思ったら、今度は白川。

「まだ何かあんのか?」

「こっ、後学の為に聞いておこうと思ってな。
 ……どっど、どちらが可愛い方だと」

 目を反らしつつ、終わり際は上擦った声。
 こうモジモジしてる分には、白川だって可愛いモンだが。

「そりゃあ……小さい子相手に。
 より優しくした方が可愛ンじゃね?」

 俺がそう答えると、紫原が勝ち誇った様に言う。

「フッ、照れるわ」

「ままままだ貴様と決まったワケではないわ!
 小娘、菓子は好きか!?
 ジュースをやろうかッ!!?」

「え? え? ええええ!?」

 紫原と白川の、ワケの分からん意地の張り合いが始まった。
 が、あの調子なら、そうそう酷い事にはならないだろう。
 俺は軽く安心して、バイクのグリップを握った。


 白川達と別れて、俺はそのままバイクを川っぷちへ。
 土手の上にバイクを停めて、河川敷へ降りる。
 ここらには俺のお気に入りの“ニャンコ・スポット”……
 げふんごほん。ネコの溜まり場がある。

「やー、青沼君」
「よう、オッサン。早いな」

 橋の下に向かうと、オッサンが1人。
 その足元にはネコが7匹。

 この辺のネコらはみんな虚勢済みで、耳に印がつけられてる。
 増えないからエサやっても構わないらしい。
 が、後始末ちゃんとしないとクドクド言われる。
 基本的に穏やかなんだが、怒らせるとちょっとシツコイ。

 ちなみにオッサンはボランティアだ。
 他所から新参ネコが来てないか、時々見に来ているらしい。

 少し前、エアガン持ってネコ追い回してた馬鹿集団が居て。
 あいつらを俺が逆に追い回して。
 背負い投げして川にぶち込んで。
 以来、オッサンと俺は意気投合している。

「店はいいのか?」
「相変わらず暇でねぇ……青沼君、寄ってかない?」
「ま……その内に、なー」

 オッサンはサラリーマン定年して、今は喫茶店のマスター。
 店はあんまり繁盛していない様子だ。
 焼肉屋のマスターだったら毎日通ってやるんだが。
 そこら辺は縁が無かった。残念だ。

「あらー、ネコちゃんですねー」

 ふと、上から間の抜けた声。
 振り返ると、土手の上に女が1人立っていた。

 ただの女じゃない。思わず息を呑むような美人。
 ケイトや白川達も美人だとは思うが。
 こいつは、そんな比じゃあなかった。
 神秘的な銀髪に、整った顔立ち。
 絵画からそのまま抜き出したみたいな凄味があった。

 しかし美人なんだが、まるで気取ってない。
 構えてない印象の……
 何かこう、ふわふわした物腰。
 ふにゃっとした表情の女だった。

 女は無警戒な様子で土手から降りて来る。
 俺の横にぽふんと座る。
 そのままネコを撫で始める。

「可愛いですねー」
「お……おう。可愛いだろ」

「いやー、貴方がー」
「あ!? なっ、な何!?」

 ネコから視線を離さずに、唐突な事を言いやがる。
 俺は声が裏返った。

「ああー、男の子に可愛いは失礼でしたー?
 でも素敵だと思いますよー、優しい人ーって」

 俺を見上げて、穏やかな笑顔。
 何か調子が狂うな、この女。

「川島さん! あいつです!」
「竹中ぁ、俺に指図すんじゃねぇ!」

 気が付くと、学生服姿が土手に集まって来ている。
 竹中……例のエアガン野郎どものボス格だ。
 逆恨みもいい所だが、ぶん投げたのを根に持ってやがったな。

 その連れに、スキンヘッドで“川島”……ってーと。
 確か、隣の高校の不良。番長。竹中の先輩。

 ついでに、その手下らしいのがぞろぞろと。
 全員、金属バットだの、鉄パイプだの。
 バールノヨウナモノだので武装してやがる。
 仕返しのつもりだろうが、ベタな不良を連れて来たモンだ。

「す、すぐに警察を……!」

 オッサンが土手を駆け上がる。
 川島・竹中の手下どもが追おうとする。
 俺が間に立ち塞がる。

「まっ、待てこらジジィ!」

「放っとけ。この人数だ。
 警察が来る前に片付くさ」

 連中はオッサンを諦めて、俺を取り囲む。
 全部で15人って所か。

 ……マズイな。凶器を持った奴らが相手だ。
 負ける気はしないが、俺は果たして手加減できるのか?

 オッサンが通報して、警察が来るまで約10分。
 俺は一先ず時間を稼ぐ。

「あー、竹中? 今日は銃じゃねーんだな。
 エアガン改造して殺しにでも来るかと思ったら。
 無いのは度胸か、それとも改造するだけの脳みそが無ぇか」

「んだとゴルァア!」

「いいかぁ? 弾丸の威力ってのは、運動だ。
 運動エネルギーは質量に比例、速度に2乗比例。
 弾を重くしても、発射する方がそのままじゃ初速が落ちる。
 発射エネルギーの方を上げなきゃ始まらん。
 だがなぁ、法規制でこいつの上限が0.98ジュール。
 1ジュールってのは1ニュートンで1m分の仕事だ。
 そんなんで何で危ないかってーと。
 接触する面積が小せぇからだ。
 6mmのBB弾だなら断面積が0.3の2乗×円周率……
 って、おい、聞いてんのか?」

 不良どもは少しの間、ぽかーんと口を開けていた。
 俺を同じ知能レベルの馬鹿不良とでも思っていたんだろう。
 生憎俺は不良じゃねぇし、馬鹿でもない。
 得意科目は英語、生物、物理。
 教科総合学年5位、獣医さんのタマゴを舐めんな。

「……ごっ、ご、ゴチャゴチャうるせえ!
 皆さん、やっちまって下さい!」

 一番銃に詳しそうなハズの竹中が最初にキレた。
 ウンチクに詳しいのと、構造を理解しているかは別か。

 竹中の一声で我に返ったのか、不良どもが身構える。
 俺は視線をリーダー格、川島に向けた。

「仇討ち気取りか知らねぇが……
 そもそもは、そこの竹中が撒いた種なんだがな」

「そいつは同感だが、メンツの問題もある。
 自分のケツも拭けねぇザマだがな。
 こんな、お粗末な野郎でも、手下は手下だ」

「損な性分だぜ、川島サンよ……後悔すんなよ?」

「ククッ、面白ぇ。この人数相手に、よく言いやがる。
 ……あんたが竹中じゃなくて残念だ」

「あのー?」

 一触即発の状況で、背後からの間の抜けた声。
 俺はハッとした。足手纏いが居るんだった。
 俺は庇おうと足を向けるが、遅い。
 俺の背後を狙っていた竹中が、一足早く彼女の腕を掴んだ。

「へへっ、青沼のくせに、綺麗なねーちゃん連れやがって。
 なー、あんた、ちょっとこっち来なって」

「な、何ですかー、貴方はー」

「楽しい事しようぜえぇ。
 そーだ、あんたもネコ撃ってみねぇ? 面白……」

「――――下衆が」

 ドズン。

 俺は一瞬、何が起きたか分からなかった。
 爆風と、次いで衝撃音。
 女に掴みかかった竹中の姿が消えた。
 左側面から激しい水音が聞こえる。

「なっ! がば、ごぼっ! たっ、助けっ!」

 見ると、竹中が川の中で水しぶきを上げている。
 溺れかかってジタバタしている様だ。
 しかし、女があそこまで投げたってのか?
 50mは先だぞ!?

 そして振り返ると、女はその容貌を変えていた。
 綺麗な顔立ちはそのままに、側頭部に大きな巻き角。
 背中からコウモリのような翼。
 挙句、竜みたいな尻尾まで出して来やがる。
 こりゃあ何だ。悪魔か化け物か。

「ふッ!」

 女が気合と共に、竹中に向けて手をかざす。
 その手を中心に広がる、青い光。
 円環と紋様……魔法陣か?
 そして再び衝撃音。水柱が上がる。
 竹中は川から弾き出されて3バウンド。
 向こうの河川敷を跳ね回った挙句、動かなくなった。

 ……何だよ今の。死ん……で、ないよな?

「たっ、たた竹中!?」
「え、今、何が!?」

「にっ、逃げろ! 化け物だ!!
 おらぁ、おめぇら何モタモタしてやがる!!」

 声が裏返ってても、腰を抜かさないだけ立派なモンだ。
 川島は自分自身慌てながら。
 手下達の尻を叩いて退いて行った。

「あ……あ、ああー、やり過ぎちゃったー。
 怖がらせてしまいましたー」

 角を生やしたまま、女の表情がふにゃふにゃに戻る。
 頭を抱えてグネグネ。
 そして振り返り、申し訳なさそうな笑顔を向けて来る。
 俺は足も竦み上がったまま、女に聞いた。

「あんた、一体……」

「申し遅れましたー。
 わたくし、ルシア=ブルークォーツ。
 魔王ルシアと呼ばれておりますー」

 ……何だって?

「ネコちゃん可愛かったです。
 それじゃあー……」

 呆気に取られた俺に、どこか寂しげな笑顔を残して。
 その魔王ルシアは、街の方へと消えて行った。







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