Burn Away!
第1焦 第1話
〜Burn the TownB〜


「フェルノ!! リリーっ!!」

 市場に駆けつけた時、親父さんはまだ無事だった。

 市場の中央付近、馬車の上。
 彼は私達を探して呼びかけていた。

「親父さん! ここだ!」

「あっ、く、来るな!
 来ちゃダメだ……ぐああっ!」

 私が駆け寄るよりも早く。
 親父さんは背後から、剣で突き倒された。

 悪党どもは既にここまで……
 気がつくと、背後からも集まって来ている。

 連中は私達を取り囲む。
 武器を掲げ、脅しをかけて来る。

「へっへっへ、金目の物を置いて行きな。
 そうすりゃ命だけは……なんつって」

「バカ。目撃者は全部殺すんだよ」

「分かってるよ。
 イチイチうるせーなぁ」

 まずいな……見逃してくれる気配ではない。
 とっとと逃げたいのが、既に囲まれている状態。

 あの剣を持って来ていれば……
 いや、今更言っても仕方ないが。

「た、頼む、私はどうなってもいい!
 リリーは……娘だけはっ」

 負傷した親父さん。
 彼はそれでも、息も絶え絶えに命乞いをしていた。

 自分じゃない。
 彼が助けたいのはリリーの命だ。

「うるせぇぞ、ジジィ!」

「へっ、安心しな!
 すぐにガキどもにも、後を追わせてやるよ!」

 容赦無い彼らは、親父さんに暴行を続ける。

 何とか助けられないか。
 しかし下手に抵抗した所で、この数が相手では……
 私は躊躇する。

「わ、ワルモノー!
 おとーさんを離せぇーっ!」

 無謀にも飛び掛って行ったのは、リリーの方だった。

 彼女は男達の腕に噛み付き、足に蹴りを入れる。
 親父さんを助けようと抵抗する。

 しかし大人の力に敵うはずも無い。
 跳ね飛ばされ、地面に転がった。

「チッ、クソガキが!」
「面倒だな……とっととバラしちまおうぜ」

「ひっ!」

 悪党どもはリリーに剣を向ける。
 最悪の事態。

 どうせ助からないなら、私も一矢報いれば良かった。
 そうすれば、退路を開けたかも知れなかった。
 リリーだけは、逃がせたかも知れなかった。

 それなのに、リリーを……
 子供を先に危険に晒すなんて、私は最低だ。

 男の1人が剣を振り上げ、それをリリー目掛けて……

「やめろーッ!!」

 リリーを助けようと、私は思わず手を伸ばす。
 その時、常識外れな事が起こった。

 手を突き出した先から、煌々とした光が迸る。
 剣を持つ男が炎に包まれ、地面に転げ回った。

「ぐぶっ!? ぐああああ!!」

 私の手から、炎が出た……?

 どうなっている。
 どういう仕組みだ?
 意味が分からない。

 ……分からないが、とにかく。
 この力があれば、奴らに対抗出来る!

「ま、魔法使いだ!
 魔法使いが居るぞ!」

「畜生ッ! こんなんじゃ割に合わねぇ!」

 驚いた連中は逃げて行く。
 逃がすものか!

 私は追いかけようとして、

「しっかりして!
 おとーさんっ!」

 リリーの声で我に返った。

 そうだった。
 ここは親父さんを助けるのが先だ。
 私も彼に駆け寄る。

「親父さん!
 しっかりするんだ!」

「う、ぐ……リリーは?」

「リリーは無事だ。
 今すぐ手当てを!」

 私は馬車の中を振り返る。
 治療に使える物はあっただろうか。
 何でもいい。せめて血だけでも止めないと。

 しかし親父さんは、立ち上がろうとした私の手を掴む。

 凄い力だった。
 最後に振り絞った様な……

 最後とか、止めてくれ。
 そんな縁起でもない。

「すまん、フェルノ……
 リリーを、たの……」

 親父さんは、そこまで言って事切れた。
 私はとうとう、彼を助けられなかった。

「おとーさんっ! おとーさん!!
 おとーさあぁぁん!!!」

 親父さんの亡骸に、泣きすがるリリー。
 私はその傍らで、暫く立ち尽くしていた。


 2人を馬車に乗せて、私は町を脱出する。

 馬車の操縦なんて知らなかったが、見様見真似だ。
 私は馬車を滅茶苦茶に飛ばした。

 焼け死んでは嫌だろう。
 馬も必死で走ってくれた。


 そして町外れの丘。

 馬車を降りた私達は、一度身を隠す。
 親父さんの亡骸を引きずって、茂みの中へ。

 馬車と居たのでは目立つ。
 格好の餌食だ。
 馬車は取られても、リリーが無事な方がいい。

 親父さんは事が収まったら、丁重に葬ろう。
 事が収まったら……

 そうだ、私は……私には何か力がある、らしい。
 私が事を収めなくては。

「リリー、ここに隠れているんだ」
「おにいちゃんは?」

「すぐ、戻って来るから」

 私は、馬車の中に置いていた、ヘルメットを被る。
 そして町へと走り出した。


 私は燃える町中を駆け回る。
 自分でも炎を撒き散らしながら。
 手当たり次第に燃やした。

 もう、悪党どもと私、どちらが町を燃やしているのやら。

「お前らのボスはどこだ! お前か!?」

 私は悪党の一人を捕まえ、襟首を掴んで壁に押し付ける。
 怒りのせいか、凄い力が出ていた。
 金属製の鎧を身に着けた男が、軽々と持ち上がる。

「お、俺じゃない……」

「じゃあ、誰だ!
 どこに居る! 答えろ!」

「ぐぅ……簡単に、教えると思うか?」
「役立たずめ! 死ね!」

「ぎゃあああっ!!」

 焼き殺した。簡単だった。
 どうやら炎は、私の思った通りに出る。
 そういう能力らしい。

「ひええぇっ!」
「ば、化け物……!」

 背後から情けない声。

 振り返ると、私の様子を見ていた他の盗賊が4、5人。
 私の様子に慄いていた。

 私は彼らに詰め寄る。

「言え! 貴様らのボスはどこだ!」

「い、言えない!
 言ったら殺される!」

「だったら私に殺されるか!」

 男の1人へ火の玉を飛ばして、焼き尽くした。
 悲鳴も上がらなかった。

「……さあ、次は誰だ!」

「わ、わ、分かった! 言う!
 りょ、領主だ! 領主のディトマール!」

 怯えた様子の1人が白状した。

 しかし……どういう事だ。
 私は剣を拾って、相手の男に突きつける。

「いい加減な事を言うんじゃない!
 お前も死ぬか!」

「ま、待て、待て待て待てっ!
 本当だ! 本当だって!」

「……言ってみろ」

「この町の反乱分子を一掃する為に、さ。
 盗賊に扮して、町を焼けって指示なんだ。
 俺達はただ、仕方なく……」

 町に潜伏している、反乱分子。
 それを一掃する為に、町を丸ごと焼こうというのか?
 それも無関係な者まで、巻き添えにして。

 ……領主め!

「それだけ聞けば用は無い……死ね!」

「そ、そんなっ……
 ぎゃあああああっ!!」

 私はまた1人焼いた。
 男は燃えて、炭素の集まりだけになった。

「ま、ま、待ってくれ!
 本当に仕方が無かったんだ!
 俺達だって、家族を人質に」

「ふざけるな!
 他人の家族なら殺してもいいのか!
 お前も死ね!」

「ひっ、ひいぃぃぃ……!」

 私は炎を呼び出す。
 親父さんの仇だ。

 こいつも、他のヤツも、全部焼き殺してやる。
 炎が集まり、光と熱が溢れ出す。

 その時、不意に、何かが視界に入った。
 私は慌てて狙いを反らす。

「きゃああっ!」
「うわああぁっ!!」

 視界に入った何かは、爆風で引っくり返った。
 狙いを外された悪党どもは、一目散に逃げて行く。

 引っくり返ったのは……リリーだ。
 私はヘルメットを脱ぎ捨て、彼女に駆け寄る。

「リリー!?
 だ、だっ、大丈夫か!?」

「痛い……ヒリヒリする」

 腕に、火傷。
 さっきので熱を浴びた様だった。

「どうして、ここへ。
 隠れてろって、言ったじゃないか」

「だって、おにいちゃんが……」

 私を追って来てしまったのか。
 1人にされて不安だったんだろう。

 とにかく、火傷を冷やさないと。

 水……水道、蛇口、井戸……
 何か無いか。

 そうだ。馬車を置いた辺りに、小川があった。
 私はリリーを連れて引き返す。

 逃げ惑う盗賊……
 いや、領主の正規軍なのか?

 連中の事も、もう、どうでも良かった。


 ……くそっ!

 壊すだけだ。燃やすだけだ。
 こんな力なんかあったって……


 私はリリーの身体と無力感を抱えて。
 燃え盛る町を駆け出した。



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