Burn Away!
第1焦 第2話
〜Burn the Water@〜


「うーん……」

 馬車の中、昼下がり。
 私は真鍮製のコップを手に、難しい顔をしていた。

「いきなり水がお湯になんて、なるワケ無いわ。
 炎の魔法って、水と相性が悪いんでしょう」

 そっけなく言うのはリリー。

 彼女は馬車の御者をやりながらも、退屈なのだろう。
 時々、こちらの様子を伺って来る。

 しかし……そう言われても困るな。

 質問に質問を返す様で悪いのだが。
 私は魔法については、よく知らない。

「そういう物なのか?」
「前に魔法使いさんから、聞いた事があるわ」

「うーん……」

 リリーはそう言うが、私の超能力は魔法と違う気がする。

 私の居た世界に魔法は無かった。
 あちらの世界でも私は、この力を使っていた。

 ……と、思う。
 あまり覚えては居ないのだが。

 私の記憶は、未だに戻らないままだった。

 時折、断片的に思い出すが、ハッキリしない。

 だから炎を操る私の力が、魔法なのか。
 それとも、もっと違った超能力なのか。
 確かな事は言えなかった。

 とはいえ心なしか、コップの温度が上がった気がする。
 水の中に泡の様な物が浮かんで来ていた。

 火であぶるのではなく、直接熱を与えて蒸発させる。
 やっぱり、出来る様な気がする。
 特に根拠は無いのだが。

「加減が上手く出来ていないだけで、きっと出来る……
 と、思うんだけどな」

「また馬車の中で燃え出したら困るわ。
 町に着いてからにしましょうよ」

「ん、そうだな……」

 私は実験を諦め、コップの水を水筒に戻した。

 行商人の親父さんが死んで、早1カ月。
 後に残されたのは、行商の馬車と商品一式。
 それから彼の娘。リリー。

 私は父親を喪った少女、リリーに同行。
 気ままに当ても無く旅を続ける……

 というワケにもいかなかった。
 不意にリリーの表情が険しくなる。

「どうした?」
「憲兵よ。布団被って寝たふりしてて」

 行く手の方から馬車に近づいて来たのは、騎兵2人。
 巡回中の憲兵だ。

「大丈夫か?」
「やってみる」

 ……騎兵らとの距離が詰まる。

 彼らは馬車の手前で向きを変える。
 並走しながら、リリーに話しかけて来た。

「やあ、可愛い御者さんだね。
 お父さんは中かな?」

「お父さんが死んで、お兄ちゃんと2人暮らしなの。
 でも、お兄ちゃんったら寝てばっかり」

「それは、お気の毒に……
 悪い事を聞いた。ごめんね」

「ううん、いいのよ」

「お兄ちゃんとは、お話できるかい?」

「そっとしておいてあげて。
 町に着いたら、お兄ちゃん、いっぱい働くの。
 お父さんの分まで……」

「そ、そうか。
 それはまた、大変だな」

「そうよ、大変なの。
 お兄ちゃん、いつもヘトヘト。
 あんまり遊んで貰えないの」

「そうか……苦労してるんだなぁ」

 行商の息子が、直ぐに根を上げる……
 慣れていないみたいで、理屈が弱い気がする。

 しかし、気の毒なリリーに同情した憲兵達。
 難しく考えなかったらしい。

「それはそうと、お嬢ちゃん。いいかね?
 この近くで黒い騎士を見かけたら、すぐに逃げるんだ」

「く、黒い騎士?
 って、どんな人なの?」

「何か、炎の魔法を使うらしい。
 女子供にも容赦無く、町を1つ全滅させた酷い奴だ」

 町を焼いた黒い騎士、か。

 領主は私に、町を焼いた罪を被せて来ていた。
 憲兵が町中を離れてウロウロしているのも、それ。
 私を捕まえる為なのだ。

 私も確かに、幾らかは焼いたと思う。
 そこは否定しない。

 だが『女子供にも容赦無く』とか、とんでもない。
『全滅させた』なんて心外だ。

 火を放ったのは領主の手下。
 少なくともリリーは助けている。全滅じゃない。

 ……まあ、こいつらに腹を立てても仕方が無いな。
 下っ端に事情が分かるハズも無い。
 私は黙って寝たフリを決め込んでいた。


 リリーの父親を殺したのは、悪徳領主の私掠部隊。

 目をつけた。そして、目をつけられた。
 ここ1カ月の間、連中とは諍いが続いている。

 町を襲撃している集団を見つければ、追い散らした。
 逆に、向こうから襲撃してくる事もあった。

 私はいつも、ヘルメットを被って戦っていた。
 だから、顔は知られて居ないと思うが……

 それでも、念には念を、だ。
 あくまで無関係を装わなければ。

 リリーを黒い騎士と関連付けられても困る。
 例えば、黒騎士の出る街にいつも現れる、とか……

「随分怖い人も居るものね。
 わざわざ教えてくれて、ありがとう」

「いやいや、これも仕事の内さ。
 じゃあ、道中気をつけて」

「憲兵さんも気をつけてね」
「おう、ありがとさん」

 憲兵達は凶悪犯が、子供連れとは思わなかった様だ。
 話を切り上げると、そのまま去って行った。

「行ったか……なかなかの演技だったな」

 私は素直にリリーを褒める。
 が、彼女は浮かない顔をしていた。

「どうした?」
「ん……何か、嫌な人達だったわ」

「そうか? 心配してくれたじゃないか」

「だって、お兄ちゃんの事、悪く言うんですもの。
 町を焼いたとか、皆殺しとか」

 リリーは私の為に怒ってくれた様だ。

 随分と、懐かれた物だと思う。
 他に頼れる者が居ない、というのも確かだろうが……
 素性の知れない私に、心を許してくれている。

 だが、私としては憲兵達の言い草。
 別に怒る様な事ではない、とは思う。

 アレは単に、言われた仕事をやっているだけだ。
 リリーには気を使ってくれたのだし……
 フォローしておいてやろう。

 そう、私もリリーの事を、大事に思っていた。
 利害だけじゃない、大事な家族として。

「憲兵なんてのは、いちいち自分で考えない。
 偉い奴らから言われたまま、伝えて回るだけさ」

「それは、そうかも知れないけど」

「本物と違う風に言ってくれた方が、こっちもバレ難い。
 余計な戦いをせずに、領主に近づけるじゃないか。
 悪い事じゃないだろう」

 肩をすくめてそう言う私に、リリーの表情は曇る。
 何か悪い事を言っただろうか。

「お兄ちゃん……
 まだ、復讐なんて考えてる?」

 リリーの心配は、それか。

 確かに危険はある。
 仮にも領主だけあって、敵の私兵は沢山居る。

 今までは町を襲う奴らを、個別に叩いて回って居る。
 が、それでも結構な軍勢だった。

 いちいち相手をするだけでも疲れる。
 疲労が溜まる。隙が出来る。
 そのせいで、今まで何度も負傷もした。

 本拠地に乗り込んで戦うともなれば、それ以上。
 それこそ、死を覚悟しなければならなくなる。

 しかし、私は決めた。

 必ず復讐する。
 親父さんの仇を討つ。

 どうせ炎だ。
 壊したり殺したりにしか使えない力だ。

 せめて義理は果たす。
 刺し違えてでも、領主は倒す。

「でも、復讐なんて……」

「あいつらが居るせいで、逃げ隠れしなきゃならない。
 不自由だし、全部焼き払う訳にもいかないし」

「そ、そうよね?
 お兄ちゃんは、喜んで人を殺す様な人じゃないもの」

 リリーは少しだけ、安心した様な表情を見せた。

 私が怒りや恨みに駆られるあまり。
 喜んで人を殺す連中の、仲間入りをしたのではないか……
 そんな心配まで、していたのだろうか。

「そりゃあ、まあ……」

 そうだよと答えようとした時。
 何か私の脳裏に、陰惨な光景が過ぎった。

 燃える街。燃える人々。
 燃え上がる、黒い炎。

 そして、誰かの声。
 高笑い……

 これは、誰だ? 私なのか?

 燃える街を前に、私が笑っている……
 人を焼いて笑っている。

 これは一体、何だ?
 これも私の記憶だというのか?

「お兄ちゃん? お兄ちゃん!」
「あ……ああ、リリー」

 気がつくと私は、ひっくり返って倒れていた。

「あー、じゃないわよ。
 大丈夫? 顔色悪いよ?」

「ん……ああ、そうだな。
 ちょっと、疲れたのかも」

「急に倒れるからビックリしたわ。
 あんまり無理しないでね」

 リリーは以前に頃に比べ、実にしっかりして来たと思う。

 親父さんが死んで、私はこの世界の事は分からない。
 だから自分が、しっかりしなければ、と。

 まだ年端も行かない少女なのに、不憫な事だと思う。
 私も頼りないなりに、支えてあげなくては。

 私にとっては彼女が頼りだ。
 持ちつ持たれつ、だ。

「あっ、町が……!」

 リリーが声を上げた。

 行く手に、赤と黒。
 炎と煙の色だ。

 私達の行く手に、燃える町並みが広がっていた。
 目的地に、先に領主の手が及んだのだろう。

「急ごう。襲われているなら、助けてやらないと」

「大丈夫?」
「平気さ」

 私はリリーに強がって見せる。

 本音を言えば、体調は少し悪かった。
 先ほどの夢も気になる。

 だが、領主配下の凶行を見過ごす訳にも行かない。

 今は出来る事をしよう。
 リリーは馬車を急がせる。
 私は戦う用意をする。



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