Burn Away!
第1焦 第2話
〜Burn the WaterA〜


 町に火を放っていたのは、やはり領主の手下ども。
 奴らは、ご丁寧に、揃って黒い鎧兜を着込んでいた。

 デザインは似ても似つかないが、それでも狙いは1つ。
『悪の黒騎士』を宣伝して回るという事だろう。

 彼らは別の集団と戦っていた。
 相手は町の自警団、あるいは反乱軍の類か。

 私は両者の間に割って入り、炎を掲げて叫ぶ。

「止めろ、領主の手下ども!
 そんなに火が好きなら、お前達にもくれてやるぞ!」

「うわっ、本物だ!」
「引け! 引けぇーっ!」

 私が乱入するなり、領主の尖兵達は引き上げて行った。

 ……何だ? 妙にあっけない。
 何かの罠だろうか。

 まぁ、いい。こちらに深追いするつもりは無かった。
 土地勘も無いのだし、リリーとあまり離れたくない。

 さて、町の救助だが……加勢は必要無さそうだ。

 町の中に幾つも水路がある。
 町民達は消火に苦労していない。

「どうやら本物らしいな」

 ふと、誰かの声がした。

 私が振り返ると、武装した集団が集まって来ている。
 領主の兵と戦っていた連中だろうか。

「炎の黒騎士殿とお見受けする。
 我々は義勇軍だ」

「是非とも我々に、力を貸して頂けないか?」

 義勇軍。早い話が反乱軍、抵抗勢力だな。
 領主ディトマールの圧制に抗う軍勢だ。
 今までの町でも、幾らか見かけた事がある。

 義勇軍と言えば聞こえは良いが、実態は素人の集まり。
 元々は農民や何かだ。

 素人だって何だって、黙ってやられるワケにはいかない。
 相手が領主でも、命を脅かされているのだ。
 抵抗ぐらいするだろう。

 ただ……

「私は私の都合で動いている。
 お前達の手助けをする理由は無い」

 義勇軍の彼らは、この町や大切な人を守る為。
 必然に迫られて戦っている。

 私怨で人殺しをしようという、私などとは違う。
 協力するなんて、私こそ、おこがましいだろう。

 私の都合としても、守る物は少ない方が動き易い。

 そもそも、私の狙いは領主の首だ。
 領主はこの町には居ない。
 ここに留まる訳にはいかない。

「そ、そう言わずに。
 頼むよ。俺達、困ってるんだ」

「謝礼が必要なら、何とかするから……」
「そう言われても」

「……お兄ちゃん?」

 突然、路地裏から、リリーの顔が飛び出した。
 私は驚いて彼女に尋ねる。

「リリー!? 何かあったのか?」

「え? えっと……
 遅いから、どうしたかなって」

「大した事じゃない。それより……
 この姿と顔を合わせるのは見られない様にって。
 前にも言っておいたじゃないか」

「それは平気よ。
 領主の仲間は逃げて行ったもの」

「そうだけど、どこに仲間が潜んでいるか」

「……リリーちゃん?
 リリーちゃんじゃないか」

 不意に義勇軍の1人が言った。
 顔見知りか?

 と、別の兵士が、怪訝そうな顔で彼に尋ねる。

「誰だって?」

「ジョージ=アンソニーの娘さんだ。
 ほら、行商の」

「ああ、あの……ジョージは?
 親父さんはどうしたんだ?」

 口ぶりから察するに、親父さんとも旧知らしい。

「なぁ、リリーちゃん、
 寄って行ってよ。いいだろ?」

「黒騎士殿も、どうか1つ。
 せめて今日の謝礼として、宿や食事の世話をさせてくれ」

 そんな申し出を、とうとう断り切れなかった。
 私とリリーは義勇軍のアジトに案内された。

 体良く引き込まれた感じだな。
 これは、話ぐらいは聞いてやらないと。

 途中、彼らとは幾らか話をした。

「じゃあ、親父さんとは前から取引を?」

「ああ。町の武器屋は足がつくからな。
 行商の彼に頼んで、こっそり仕入れていた。
 正式なメンバーじゃないが、彼だって立派な同志さ」

 私はそれを、少し引っかかる物言いだと感じた。
 彼に疑念をぶつける。

「同志って呼び方は、親父さんの希望で?
 あんた達が勝手に、同志って呼んでるのか?」

「そりゃ……どういう事だ?」

「あんた達は親父さんからの仕入れで、戦いに備えていた。
 あるいは、戦った。
 その無謀な挑戦が報復を呼んだ。
 結果として親父さんは死んだ」

「無謀だと? 俺達の戦いを!」

 血気盛んな若者が、私の言い草に怒りを燃やした。

 彼らなりに信念を持って、戦っているのだろう。
 無謀と言われて怒るのも分かる。

 だが、こちらにも憤りはある。

「あんた達のせいで、リリーは孤独になった。
 親父さんを一方的に巻き込んで、仲間扱いか?
 それで今度は、私を巻き込んで殺すのか」

 そう言われて、若者は黙ってしまった。
 彼らもリリーの事は、気の毒に思っている様だ。

 と、今度は別の、知的そうな男が話を継ぐ。

「ジョージの事については、申し開きも無い。
 ただ、彼は彼なりに納得して、協力してくれていた。
 彼も領主の、圧制を嫌っていたのは確かだ。
 強制した訳じゃない」

 そう言われて、今度は私が黙る。

 少し言い過ぎたかも知れない。
 しかし、彼らの言い分も、嘘か真か……確証は無い。

 親父さんは死んだんだ。
 彼の正直な気持ちなんて、もう誰にも確かめ様が無い。

 私が黙っていると、知的な男は話を続けた。

「貴殿の協力にしても、強制はしない。
 ただ、悪い話ではないと思う。
 我々はいずれ守りを捨て、領主を打倒するつもりだ。
 仇討ちしたい貴殿と、目的が一致するだろう?
 ここはお互い、利用する道を選んではどうか」

 私は返答に困った。

 町の防衛ではなく、領主打倒か。
 確かに利害は一致するが……

 しかし、それって、どうなんだ?

 例えば仮に、失敗したら。
 追われる身になったら。

 全員を守りながらなんて、逃げられっこ無い。

 しかし、一度は仲間になった人間。
 私は見捨てられるだろうか。
 リリーにも、後ろめたい思いをさせながら?

「少し、考えさせてくれないか?」

「ああ、構わないとも。
 作戦までには、まだ日があると思う。
 とにかく今は、ゆっくり休んでくれ」


 モヤモヤした気持ちで、私は通路を行く。

 途中、見かける顔は誰もが、私に注目してくる。
 黒騎士の鎧、か。
 どうにも目立って仕方ないな。

 誰がスパイかも分からない中、顔を見られたくない私。
 姿が黒騎士のままだから、どうにも目立つ。

 そして集まって来るのは、期待に満ちた眼差し。
 どうにも協力を急かされている気分になる。

 それから、視線だけじゃない。
 声も掛けられた。

「ほほぅ、貴公が噂の黒騎士か?
 思っていたより線が細いな。
 どんな屈強な男かと思えば」

 声に私が振り返ると、そこには1人の老人。
 いかにも魔法使いと言った風体の老人が、そこに居た。

「サウザント様! 何時お戻りに」
「つい先ほどじゃ」

 老魔法使いは義勇軍から、“様”付けされていた。

 彼は義勇軍にとって、指導者か?
 有力な協力者だろうか。

「ご首尾は」

「城の警備に関しては、配置を掴んで来た。
 後は戦力の問題じゃが……」

 彼らは何か、そんな話を続けていた。
 領主の城の襲撃計画。

 遠ざかるに連れて、詳しい事は聞こえなくなったが……
 どうやら彼らは本気らしい。


 その後、与えられた部屋に案内された。
 腰を下ろすなり、リリーは私に言う。

「さっきの申し出、受けましょうよ」
「リリーは、協力する事に賛成なんだ?」

「だって、大勢の方が心強いわ」
「でも、潜入するなら、少数の方が良いかも知れない」

「彼らを囮に使いましょう?
 その隙に潜入して、領主をやっつけるの」

「囮って……彼らは捨て石か。
 知り合いも居るんだろう?
 そんな言い方って」

 私はそう言いかけて、言葉が詰まった。
 リリーは急に、ぼろぼろ泣き出していた。

「お兄ちゃん、ずっと1人ぼっちで戦っているもの。
 私、心配で……」

「ヒーローは……正義の味方は、常に孤独なのさ」

 昔、誰かが、そんな事を言っていた気がする。
 私は頼り甲斐を見せる様なつもりで。
 要は、大丈夫だって言いたかったんだが……

 しかし、リリーは余計に悲しくなってしまった様だ。

「お兄ちゃん……寂しく、ないの?」

「あー、いや、ほら……
 私には、リリーが居るだろう?
 それで十分だよ」

「え、えっと、そう?
 そうなの、かな?」

「リリーこそ、寂しくないのか?」

「う……うん? 私も、寂しくないよ?
 お兄ちゃんが、居るから」

「そ、そう……なら、いいじゃないか? それで」

 ……何だ、これ。
 何だか照れ臭い会話だ。

 十歳かそれぐらい、年の離れた子供を相手に。
 私は何の話をしているんだ。

 違う。私は彼女の保護者だ。
 彼氏ではない。断じて違う。

「あの、すいません。
 えっと……お邪魔、でしょうか?」

 男が1人、部屋の中を窺って来た。
 恐る恐るというか気まずそうに……

 聞いていたのか。
 まさか、何か誤解された!?

「べっ、別に……
 聞かれて困る様な話はしていない」

「は、はぁ、そうでございますか。
 いやはや……」

 引っかかる物言いをする男だ。
 気に入らない。

「それで? 私に用事か?」

「ああ、いや、えっと……そちらの、お嬢さん。
 お知り合いの方が用事だとかで」

「分かりました。お兄ちゃん、
 私、ちょっと行って来るね」

「では、失礼します」

 2人は私を残して、部屋を後にする。

 何だか変な感じがした。
 同志の子供だろう。
 さっきみたいに名前で呼ばないのか?

 今の奴は、彼女の名前を知らないのか?

 だとすれば部外者じゃないのか?
 まさか、領主側のスパイか何かでは?

 ……心配になって来た。

 ちょっと様子でも見て来ようか。
 そう思って腰を上げた所で、

「黒騎士殿、こちらでしたか」

 さっきとは別の男が来た。

「……何だ?」

「サウザント様が貴殿に、何かお話があるそうです。
 至急、町の中央の教会まで、お越しください」



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