Burn Away!
第1焦 第2話
〜Burn the WaterB〜


 リリーの事も気になるが、義勇軍の連中だって居る。
 取り越し苦労だと思う事にして、私は教会に向かった。

 老魔法使いは先に着いていて、長い椅子に腰掛けていた。
 私の足音に振り返り、少し不機嫌そうに言う。

「ようやくご登場か。
 待たせてくれおるわい。
 わしは少々忙しいんじゃが」

「すまない。それで、話っていうのは?」

「ん? 貴公の方こそ。
 わしに話があるのではないのか?」

「んん? 私は私で、あんたから話があるって……
 そう言われて来たんだが」

「何と? わしは貴公から話があると……
 これは一体、どういう事じゃ?」

 話がおかしい。

「ふはははは! かかったな!?
 領主様に歯向かう、忌々しい黒騎士よ!
 そして魔法使いサウザント!」

 ふと教会の中、高台に何か人影が……

 我々をハメた犯人だろうか。
 フードを被った男。
 顔はよく見えない。

 が、分かる事は分かる。

「馬鹿と煙って、どこの世界でも高い所が好きなんだな」

「ぬっ、ぬかせ!
 無礼な口を利くなら、今すぐ小娘を殺すぞ!?」

「お兄ちゃんッ!」

 リリー!?

 フードの男が指差した方向。
 高い位置、窓の辺り。

 似た様な風貌の連中が、リリーを捕えていた。
 やはり、リリーへの誘いも罠だったのか。

「小娘は預かった。
 貴様の大事な女なんだろう?
 返して欲しくば、ディトマール様の城まで来い。
 もっとも、この囲みを突破できるなら、な」

 やっぱり勘違いしている。
 私は彼氏じゃなくて、ただの保護者だと……

 いや、説明した所で、状況は変わらないか。

 フードの男は、指をパチンと鳴らす。
 途端に私の背後のドアを破り、大勢の武装集団が現れた。

「こんなに……いつの間に!」

「このわしが気付かぬとは、術で気配を消していたか。
 敵にも術士が居るな」

「お前達さえ居なければ、義勇軍など虫けら同然よ。
 ……かかれっ!」

 襲い掛かって来る、領主の尖兵達。

 幸い“武器を捨てろ”的な事は言われなかった。
 単に頭が悪いのか?
 それともプライド故だろうか。
 騎士道とかって面倒臭いな。

 それにしても、

「クソッ、戦り難い!」

 この狭い中で炎を呼べば、自分も焼け死ぬのがオチだ。
 まだ近くに居るリリー、義勇軍に被害が及ぶのも困る。
 炎の力は使えない。

 それでも、身体は自然に動いてくれた。
 炎が無くても戦える。

 私は剣で斬る。
 拳で殴る。
 蹴りを見舞う。

 老魔法使いも善戦している。
 彼の杖は仕込み杖だった。

 彼は手馴れた動作で、仕込まれた刀で敵を斬る。
 あるいは、杖に戻して雷の魔法を放つ。

 合わせて40人ぐらい斬り捨てた所。
 私と老人は、背中合わせに息をついた。

「思ったよりやるのう、若いの」
「あんたも!」

 不意に、背後でドアが閉まった。
 閂を掛けた様な音がする。続いて、水音。

 上の窓から密閉空間に向け、大量の水が流れ込んで来る。
 水路に細工したのか? それとも魔法か何かだろうか。

 基本、石造りの建物だ。
 水は足元に溜まり、徐々に深さを増していく。

 窓を塞ごうにも、高くて届かない。
 このままでは溺れ死ぬ。

 私はドアに駆け寄り、ドアの開放を試みる。

 手で引いて。次は蹴りで。
 剣で斬りつけて。
 終いには体当たりで……

「ダメだ、開かない!
 閉じ込められた!」

「まだ息のある仲間も居ろうに」

 本当だ。打ち所の良かった敵兵の何人か。
 まだ意識もあった。
 床に転がって、呻いていた。

 そんな彼らにも、水は容赦無く降り注ぐ。

 これが領主一味のやり方、という訳か。
 家族を人質に命を張らせて、最後は使い捨てる。

 そんな仕打ちに、敵兵の1人が懇願する。

「た、たっ、助けてくれ!
 もう領主に協力するのは止める!
 俺も、あんた達の仲間になる!
 だから、なぁ、頼むよ! 助けてくれよ!」

「っそ、そう言われても……」

 そう言われても、脱出する手立てがある訳じゃない。

「爺さん、あんたの魔法で何とかならないのか?」

「わしの専門は雷の術じゃ。
 水浸しの中で使ったら、感電してしまうわい。
 お前さんの術は炎じゃったか。絶体絶命じゃな」

 力無く言う老魔法使い。
 諦めが早いのは年のせいか?

 そうこうしている間にも、危機は迫っている。
 水はとうとう、立っている胸の高さまで上がった。

「クソ! どこか逃げ道は……」

 私は水に潜り、沈んだ床を探る。
 隠し扉でもないだろうか。

 壊せないかと壁を押す。
 炎を出そうとしてみたり……

 その時、水の温度が、明らかに上がった。

 やはり……私の炎は魔法じゃない。
 発生しているのは、炎じゃない。熱量だ。

 炎は熱量を受けた物質の炎上。
 熱の結果に過ぎない。

 私は一度、息を継ぎに上がる。

「逃げ道も見つからんか?
 もはや覚悟を決める時じゃな」

「諦めるのは、まだだ。
 ……消えろおぉぉぉっ!!」

 水を掛けたって熱は消えない。
 水はお湯に。お湯は水蒸気に。

 出力全開。
 大量の熱が、水を、濁流を一息に蒸発させる。

 ただ、1つ誤算だった。
 配慮が足りなかった。

 狭い空間で、一度に水を水蒸気に。
 体積の爆発的な増加。
 水蒸気爆発という奴が起きた。

 溺死こそ免れたが、発生した圧力。
 建物の壁が、前後左右に粉々に吹き飛ぶ。

 私と老魔法使いも吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「ぐっ! うう……
 ……爺さん、大丈夫か?」

「うっ、痛たたた。
 どうやら腰を打ったわい。
 荒っぽい事をするのう……
 じゃが、助かった」

「さっきの敵兵は」

「ああ、俺、生きてる……
 生きてるよ……はは」

 彼もどこか打ったみたいだが、どうにか生きていた。
 危機は脱した、か。

 私はいま少しの間、床にその身を横たえたままでいた。
 痛みで身体が動かなかった。

 屋根まで抜けたのか、空が見える。
 レンガ造りの屋根。その輪郭。

 不意に、その一部が大きくなって……?

 しまった。
 避けられない。

 落下して来たレンガが、私の頭に直撃する。

「んがっ!」

 激痛は一瞬。
 後は何も感じない。

 意識が遠退いて行く。
 真っ白な世界が広がって……


 ふと気がつくと、どこか暗い部屋。
 私はベッドの上に横たわっていた。

「ここ、は……」

「ほ。お目覚めかね、戦闘員2037号」

 声の主は、マッド・サイエンティストといった風貌の老人。
 私の傍に座っていた。

 彼は複雑な機械に囲まれている。
 その中の、パソコンか何かを操作している。

「ふーむ、脳波は安定しておる。
 脈拍が少々高いか?
 まぁ、じきに治まるだろう」

 言っている意味が、よく分からない。

「あんた、誰だ……?
 私が戦闘員、だって?」

「何と! お忘れか? 記憶障害なのかぁ?
 むむぅ、私の理論は、間違っていなかった筈だ。
 これは力の代償という事か?
 生身の人間には力が大き過ぎるとな?」

「……おい?」

「しかし、有用だ。有用な筈だ。
 量産体制を築けぬものだろうか。
 ここはスペックを落とすべきか。
 いや、いっそ記憶の方は諦めて?」

「あの……ちょっと?」

「ああー、だがしかし……
 あーでもない、こーでもない……」

 自分の世界に入ってしまっている。
 私が声を掛けても、返事してくれなくなった。

 何かぶつぶつ言いながら、部屋の中を歩き回る老科学者。
 やっぱり、こいつ、マッド・サイエンティストだ。
 頭は良さそうだが、行動がどこか普通じゃない。

 そんな折、また別の人影。
 軍人みたいな格好をした、ヒゲを生やした中年男だ。
 部屋に入って来た。

 彼は見た目通りの尊大さで、老科学者に尋ねる。

「どうだ、ドクター。実験の方は」

「これは、総司令殿。
 手術は成功です。
 ただ、記憶の方に混濁が見られる様で」

「そんな事は良い。問題は能力だ。
 使えるのか?」

「今から試す所で……
 ほれ、こいつに向かって、燃えろと念じてみるが良い」

 科学者の老人は、皿に乗せた木の枝のような物を見せた。

 何だか釈然としないが……
 言われたままにやってみる。

 枝よ、燃えろ。
 私はそう念じた。

 途端に木の枝が、赤々と燃え出した。
 老科学者は得意げに語る。

「ご覧の通り。今回の超能力は発火能力です。
 狙った場所に、熱量を発生させ、発火。
 その最高火力は、理論上では数千度……
 実際どこまで出せるか、テストが必要ですが」

「結構。今日からお前の名前は“ブラック・インフェルノ”。
 我が組織の新しい幹部として、せいぜい働いてもらうぞ?」

 ……思い出した。

 これは夢じゃない。
 過去の記憶だ。

 そうだ、私は正義の味方なんかじゃない。
 それどころか悪の手先。
 怪人とか、改造人間の類。

 それも、幹部クラス。
 かなり親玉に近い部類だ。

 記憶が幾らか鮮明になる。

 改造手術で超能力を得た私は、何百も街を焼いた。
 何千何万も人を殺した。
 人類粛清を掲げる組織の尖兵として。

 表向きはテロ組織。
 実態は国連の中、一派閥の手先。
 増え過ぎた人口をコントロールする為の組織だ。
 指定された規模・領域・間隔で、大規模な虐殺を行う。

 国連組織の下だから、資金にも困らない。
 科学力も最先端だった。

 各国の警察力なんか相手にならない。
 軍隊とだって渡り合えた。

 だが、そんな私達にも、抵抗する勢力もあった。

 脱走した科学者とか、そいつが作った改造人間。
 一般市民から見て、ヒーローとでも呼ぶべき存在。

 私は確か、その何とかいうヒーローの技で……
 いや、超兵器だったか?
 とにかく異空間に叩き込まれて?


「おい、しっかりせんか。おいっ」

 老魔法使いの声で、私は現実に呼び戻された。

「よほど悪い夢でも見た様じゃの。
 酷い顔をして居る」

「おーい、無事かぁー?」

「サウザント様!
 これは一体、何事です?」

 私が倒れている周りには、義勇軍も集まって来ていた。
 彼らは幸いにも、襲撃を受けなかったらしい。

 生き残った敵兵は義勇軍が回収。
 寝返る者は受け入れ……
 というか生存者は、あらかた寝返ってくれた。

 私は、レンガに打たれた、頭の手当てを受けた。
 幸い浅手だ。

 それが済む頃、老魔法使いが様子を見に来た。

「大した事が無くて、良かったのう……
 では、早速参らんかね? 若き黒騎士殿。
 領主をぶちのめして、落とし前をつけて貰わんと」

「私は……」

 私は躊躇していた。

 私は仮にも、正義の味方を気取る資格なんて無い。
 私の力は殺す為、ただそれだけの為の力だ。
 彼らと肩を並べる資格なんて……

 思い出した罪。
 受けるべきは罰。
 躊躇する私。

 しかし老魔法使いは、そんな私の背中を後押しする。

「どうした。行かぬのか?
 少女を助けるのだろう。
 何をされるか分からん以上、猶予はあるまい。
 罠かも知れんが、怖気づく貴公でもなかろう?」

 ……そうだ。

 リリーを、リリーだけは、何としてでも助けなければ。
 私が何者であろうとも、それだけは譲れない。

 彼女を助け出そう。
 償いも何も、それからだ。

「分かった。行こう……
 領主ディトマールの城へ」



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