Burn Away!
第1焦 第3話
〜Burn the Dragon@〜
「では、王は居らぬと?」
森の中を通る暗い道。
月明かりを頼りに歩きながら、老魔法使いは私に聞いた。
私はそれに答える。
「王様に似た立場の人も、居るには居るけど……
主体的に国を動かしているのは、王じゃなくて国会かな。
人々は議員っていう、地域ごとの代表を選ぶ。
それが集まって国を動かす」
領主の城へ向かう途中。
私は彼に、異世界から来た事を打ち明けた。
結果、彼は信じるでも疑うでもない。
私に幾つも、質問を投げかけて来ていた。
彼なりの方法で、確かめようという事だろうか。
魔法使いなんていうオカルティックな生き物。
しかし知的な老人然として、分別がある。
それで、話している内、いつしか政治の話になっていた。
王制が一般的なこの世界。
議会政治はまだ見られないらしい。
議会政治の一例として、私は日本のあり方を話した。
彼は私の話を聞き、感嘆した様子で頷く。
「民の中から王の代わりを選び、それが国を営む、か。
なるほど、民の願いが反映される、良い政治なのじゃろう」
「それが必ずしも、そうでなくて……」
「ほほう?」
「まず1つ、市区町村っていう地域。
土地の区切りがあって、それが集まった都道府県がある。
それぞれに議会があって、その上に国会だ。
トップと一般市民の、距離が遠過ぎる」
「土地が集まって、とな?
そんなに広い国なのか?」
「国は狭いが、人が多い。
縦に長い建物を建てて、狭い土地に大勢が住んでいる」
「ふむ。家の造りがまた違うのだな。
それは別の機会に聞くとして」
「そんな狭い土地を、今度は人口で区切ったりする。
人が少なくなると合併したり。
逆に、増え過ぎて分割した所もあった」
「それで? 民と遠いというのは」
「まず、議員の成り方。幾ら立候補が自由でも、だ。
選挙で票を集めようと思ったら、何かと金が掛かる。
宣伝とか移動手段とか……」
「なるほど仕組みとして、誰もが立ち上がる事は出来る。
しかし、ある程度の富豪でなければ、現実味が無い、と」
「政党っていう派閥に入れば、コネや何かで票が集まるが。
後ろ盾を得た代償に、その派閥の中で意見を統一される。
議員1人1人の意見なんて、まるで通らなくなる」
「集落の長と、その取り巻きの様な物かの」
「かといって派閥に入らなきゃ、別の派閥に対抗し得ない。
そもそもの議員になるのが難しいんだ。
だから結局、限られた人間しか議員になれない。
限られた願いしか通らないのさ」
「ふむ。それで、その限られた願いとやら。
やはり派閥の長の意のままか?」
「誰かの役には立つんだろうけどな。
皆が皆、幸せになるのは難しい。
それに意見が届いたとしても、税金は国全体の金だ」
「税は限られ、しかし容易に市民が要望できる社会。
どこを優先するかで、揉めるであろうな」
「議員達は自分の管轄や、支持者優先で使おうとする。
互いに牽制し合って、必要な時も金を使ってくれない」
「治世が進まぬか」
「監視の目が入り難いせいで、最近じゃ公金横領……
掠め取ろうとする奴まで、出て来ている」
「同じ様な体制も長引くと、やがて腐れた役人が出て来よる。
これは社会の常かの」
「かも知れない。
腹黒い代表を何百人並べても、良い政治とは限らない。
善良な王様を1人置いた方が、マシなのかも知れないな」
「じゃが、統べる者が1人では、暗殺1つで国全体が傾く。
膨大な職務をこなし切れぬ故に、官僚は入れざるを得ない。
おまけに代替わりなんぞで、ゴタゴタするからのう」
「そうだな……どちらが良いとも言い難し、か」
「しかし、王すら居ない世界とは。
その様な異世界など、にわかに信じ難い話よ」
「私だって、そうだ。魔法とかエルフだなんて。
この目で見ても、なかなか信じられなかったさ」
「魔法も無いのか。
さぞ不便なのじゃろう」
「そうでもない。
機械……カラクリとでも言えば、通じるんだろうか。
魔法の代わりに、そういうのが発達している」
「そうまで違う世界か。
この世界には召喚魔法と言って、な。
他の次元から、魔獣や精霊を呼び出す術がある。
故に異世界その物は、あって不思議では無いのだが……」
「呼び出せるのなら、送り返す事も?
私が元の世界に帰る方法も、見つかるだろうか」
「かも知れぬ……
まぁ、興味深い問答ではあったが、話はここまでじゃ。
見えて来たぞ」
森を抜けた所、草原の中に大きな城が見えた。
領主ディトマールの居城だ。
城壁は厚く高く、上には見張りも居る。
城門は堅く閉ざされている。
攻め落とすのは、簡単では無さそうだ。
だが私は、何よりリリーが気がかりだった。
早く助けたい。
「……行こう」
「まぁ、待て。
急いては事を仕損じる」
「どうするんだ?」
「あの重い門、こじ開けるのは難しかろう。
燃やすにしても、中に居るお嬢さんが心配じゃ。
そして横にも扉があるが、鍵を奪わねば……
少し待って居れ」
老魔法使いは杖を振りかざして、何やら呪文を唱えた。
彼の姿が光に包まれる。
やがて光が収まると、姿を現したのは老人ではなかった。
年若い女性だった。
「変身したのか?」
「そう目に映るだけじゃ。
本質は変わらんよ」
声まで変わっていた。
口調だけ老人なので、変な感じだ。
「さて。そなたは、ここで隠れて居れ。
連中を誘き出して来るでの。
隙を突いて後ろから襲うのじゃ」
私を茂みの陰に隠れさせ。
老人は門衛の方へ歩いて行った。
そして、彼は門衛2人に話しかける。
何を喋っているのか分からないが……
仕草から察するに、色仕掛けの類らしい。
あの綺麗な女性。
中身が爺さんだと思うと、何だか気持ち悪いな。
やがて、中身が老人である年若い女性(ややこしい)。
こちらに門衛達を連れて来た。
私は木陰に隠れ、待ち伏せる。
一人が近づいた所で、背後から一撃。
「ぐわっ!」
「何だ? がふっ!」
返す刃で、もう1人に一撃。
どちらも峰打ちだ。死んではいない。
私達は門衛から鎧を脱がせ、それを着込む。
門衛達は木に縛り付けた。
彼らを殺す方法も、確かにあった。
が、それは無駄な犠牲だ。
鎧を斬って、刃を痛めては後に障る。
血生臭い鎧なんて、着たくもない。
彼らの様な下っ端は、ただ領主に従っているだけだ。
必要無ければ、殺す必要は無い。
そんな言い訳を考えてみて、私はふと思う。
かつての私は、嬉々として町を焼き払っていた。
思い出した中に、そんな記憶があった。
が、今は、好き好んで人を殺すのではないらしい。
丸くなったものだ。
改造人間になる前の記憶は、あまり覚えていない。
私は改造される前、元々こういう人間だったのか?
それとも、これもリリーのお陰だろうか。
「どうした、早く参ろうぞ」
「その前に……その格好。
何とかならないか?」
急かす老人に私は尋ねる。
彼は女性の姿のままだ。
「何じゃい、枯れて居るのう。
連れ歩くのは、若い女より爺さんの方が良いと?」
「幾ら見た目が女でも、元々は爺さんだろう。
本質は変わらないって、自分で言ったじゃないか。
何だか落ち着かない。
落ち着かないのは、戦闘に差し障る」
私がそう言うと、老人は頷きながら術を解いた。
変な笑いを浮かべながら。
「なるほど、のう。
確かに幾ら美人でも、中身が爺さんじゃ。
惚れる訳にもいかんな。
誇り高き黒騎士殿も、オナゴは気になると見える」
「別に、そんなんじゃない。
女性はむしろ、苦手なんだ。
怖いと言ってもいいぐらい」
「大事なお嬢さんは、どうなのじゃ?」
「リリーは……異性としては意識していない」
「ふぉっふぉっ。
オナゴが育つのは早いものじゃよ?
あと何年もすれば」
「そんな話はもう、いいよ。
早く行こう」
「おっと、失敬。
そうじゃったな」
闇に紛れ、見張りの目を避けて。
私と老人は城壁に辿り着いた。
門の陰に隠れ、様子を伺う……
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