Burn Away!
第1焦 第3話
〜Burn the DragonC〜


 通路の先、行き止まり。
 大きな両開きの扉。
 それを蹴破って、中へ。

 中は、何だ? 広間みたいな……

 その奥、低い階段。
 その上にリリーは居た。

 ドレスの様な……少し違うか?
 高級そうな服を着せられて、豪奢な椅子に座っている。

 その持て成し様は、さながら“大事な客人”。
 私を誘き寄せる為の、か。

 幸いリリーは見た所、怪我の様な物は見当たらない。

 ただ、その、怯えた顔。
 彼女が恐れるのは……ともすれば、私だろうか。

 血に染まった剣を手に、肩で息をする。
 獰猛な獣みたいな、私。

 大量に浴びた返り血が滴り落ちる。
 足元に血溜まりを作っている。

 ……いいさ、無事なら。
 嫌われてもいい。

 彼女の他には、2人。

 1人は見張り役と思われる。
 銀色の甲冑を纏った騎士。

 それから、偉そうな男。

「1人、か? 驚いたな。
 まさか、たった1人で来るとは」

 偉そうな椅子から偉そうに見下ろす男。
 偉そうな服を着た偉そうに喋る男。

 こいつが領主か。

「黒騎士君、ようこそ我が屋敷へ!
 と、何だ? 疲労困憊だな。
 返事も出来ないか?」

 息の上がった私に、領主はペラペラと喋り出す。

 マイペースで、相手の事情はお構い無し。
 さぞかし甘やかされて育ったのだろう。

 互いに値踏みしていると、背後から気配が多数。
 残敵に追いつかれたか。

「ああ、もう良い!
 下がって居れ、役立たずどもめ!」

 と、領主は兵を、手振りで鬱陶しそうに下がらせる。

 どうやら、この領主、すぐ何かして来る様子は無い。
 私はヘルメットを脱ぎ捨て、呼吸を整える。

「ほぉう? それが貴様の素顔か。
 蛮勇の徒にしては、なかなか整った顔立ちだな。
 フッ、まぁ、私には劣るだろうが」

「御託はいい。
 リリーを返して貰おうか」

「それは出来ない相談だな」
「なら、お前を殺してでも取り戻す」

「性急だな。
 まあ、落ち着きたまえ」

 勿体付けた態度で、領主は椅子から立ち上がる。

「取引しようじゃないか。
 君が私の配下に加わるなら、お嬢さんの命は保障しよう」

「命は保障しても、自由にするつもりは無いだろう」

「ほほう、頭が回るな。その通りだ。
 私も寝首なんぞ、掻かれては堪らん。
 それに……」

 領主、騎士に指で指図。

 騎士はリリーを、領主の元へ連れて行く。
 と、抜き身の剣を手に、領主がリリーを羽交い絞めにした。

「田舎娘だが、顔立ちは悪くない。
 磨けば光るんじゃないかね?
 後宮に入れて可愛がってやろう。
 いい暮らしをさせてやるぞ?」

「た、助けて!
 お兄ちゃんっ!」

 怖い私に助けを求めるリリー。

 この色ボケたロリコン領主……
 リリーにとっては、大層お気に召さない様だ。
 それこそ、化け物染みた私以上に。

 結論は、それで十分。
 助けよう。彼女が望むなら。

「彼女を解放しろ。
 そうすれば、命だけは助けてやる」

「要求できる立場かね?
 こちらには人質が……熱ッ!」

 領主の剣に、私は熱を発生させた。

 赤熱する剣。
 取り落とす領主。

 リリーは彼の腕の中から逃れ……

 少し迷った後、彼女は、見張りの騎士の後ろへ隠れた。
 多分、彼がこの場で、一番安全そうだから。

 困ったのは騎士だ。
 彼は少しオロオロした。

 が、領主が手振りで下がれと指図。
 騎士はリリーを、部屋の端へ連れて行く。

 ……好都合だな。

 私は領主と殺し合う。
 彼女を庇いながら戦うより、離れていた方が動き易い。

 領主を片付けたら、片付けてから取り戻す。

「ふ……ふん、いいだろう。
 私に逆らうとどうなるか、身を以って思い知るがいい」

 領主は不意に、甲高く口笛を鳴らした。

 途端、天井が崩れる。
 何か巨大な赤銅色の物が、天井を突き破って降って来た。

 私は横転して、柱の陰へと避ける。
 まだ乱れた呼吸を整えながら、襲撃者の姿を垣間見る。

 ……ドラゴンか。

 ファンタジーな世界なのだから、ベタと言えばベタ。
 しかして、厄介と言えば厄介。

 ドラゴンの巨体は見るからに頑丈だ。
 羽ばたく度に、金属質な鱗がガチャガチャ鳴る。

 その口からは、炎。
 厳密には、可燃性のガスか何かを吐いていると思われる。

 炎はこちらも得意分野だ。防ぎ様はある。
 しかし、剣が徹るかどうか。
 いや、徹ったとして、殺し切れるか?

 10mを超す巨体を相手に、針みたいな剣。
 これで失血死させるには、一体どれだけ刺したら……

 と、考えている間に見つかった。

 ドラゴンが首を振り回しながら、先制。
 私が隠れている柱を目掛け、炎を吹き付けてくる。

 リーチがある炎。角度と距離の問題。
 離れた方が、避けるに必要な距離も多くなる。

 私は前へ。炎を潜り抜ける。
 勢いのまま、ドラゴンの喉へ突きかかる。

 しかし、硬い!
 剣が徹らない。

「はぁーっはっはっは!
 そんな物で倒せると思うか?
 ドラゴンだぞ、ドラゴン!」

 馬鹿にした様に、高笑いの領主。
 腹立たしい。

 あくまでも自分自身は、戦わないつもりか。
 借り物の力を、よくも自慢げに。

 しかし、どうする。
 剣は通用しない。

 そして炎の力を使うには、少しばかり消耗し過ぎた。
 何も無い所に火を起こすには、多くの体力を消耗する。

 近くに火でもあれば、それを操る事は出来るが……
 それでドラゴンを焼き殺すのは、やっぱり無理だろう。
 あの鱗、炎に少なからず耐性があるだろうし。

 ……待てよ?

 奴の体内には、高温のガスが充満している。
 高温の、つまり、熱のエネルギーが……

 私は意を決した。

 剣を捨ててもう一度。
 ドラゴンの顎下へ踏み込む。

 ドラゴンに触れる。
 力を解放する。
 ドラゴンの体内へと働きかける。

 と、ドラゴンの腹部が光った。
 鱗の隙間から、光と熱が溢れ出す。

「グオオオオッ!
 グオオォォォォォン!!」

 中からの炎がよほど効いたのか、暴れ出すドラゴン。
 反転して、尻尾を横薙ぎに叩きつけて来る。

 尻尾に弾き飛ばされ、私は壁に背中を打った。
 目から火が出るような衝撃と、鈍く継続的な激痛。
 背骨にヒビでも入ったか。

 だが、もう手遅れだ。
 私に一度焚き付けられた熱は、簡単には収まらない。

 炎が内側から暴走し、ドラゴンを焼き尽くす。

「ガアァッ!!
 ガオオオオオォォォォッ!!」

 炎を吐き散らしながら、ドラゴンが燃える。
 しばらくの間、のた打ち回った後、息絶えた。

 頼りの手駒を失い、狼狽するのは領主。

「ばっ、馬鹿な……!
 火竜を焼き尽くすだと!?
 鋼鉄よりも硬い鱗なんだぞ!?」

「三千度の炎は鉄でも溶かす。
 私の炎を甘く見たな」

 正確には私の炎というか、ドラゴンの炎。
 私はただ点火した程度なんだが……

 こんな奴に説明しても仕方が無い。
 せいぜい怯えて貰おう。

 部屋の外の兵士達は、既に避難した様子。
 リリーも騎士も見当たらない。

 ……リリーは一体どこへ?

 まぁ、何にしても。
 ここに残っているのは領主だけだ。
 彼女の足取りを追うのは、こいつを片付けてから。

「さあ、次は……お前、だ」

 私は残る力を振り絞り、領主に剣を向けた。

 が……ダメだ。
 力が出ない。

 背中を打ちつけた痛みもある。
 が、それより何より、眩暈がする。息が切れる。

 どうやら、力を使い果たしたか。

 限界だ。
 私は床に崩れ落ちる。

 能力測定でも、実戦でも。
 今までここまで、力を使った事は無かった。

 それも、誰かの為に……なんて。

 動けなくなった私。
 安心して、急に元気になったのは領主だ、

「ハ……ハハ、ハハハハ。
 何だ、もう終わりか? この程度か!
 黒騎士とやらも、案外大した事が無いな。
 待っていろ、すぐ楽にして……」

 剣を手に、領主が迫る。
 ここまでか。

 頑張った方だと、思いたい。
 思いたいが……

 リリー……どうか、無事で……

「んがあっ!」

 私が覚悟を決めた時。
 領主が奇声と共に、前のめりに倒れた。

 その背後に居たのは、リリーだった。



前へトップに戻る次へ