Burn Away!
第1焦 第3話
〜Burn the DragonD〜
リリーの手には、大きなレンガの塊。
さっき崩れた天井の、残骸だろう。
見張りの騎士は、居なくなっていた。
領主を見限ったのか?
外の若い魔法使いといい、人望が無い領主だ。
リリーは私に歩み寄り、尋ねる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「何とか、生きてるよ。
リリーこそ、大丈夫か?
怖くなかったか?」
「やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんね。
血だらけで入って来た時は、怖かったけど……
変わってなくて、安心した」
笑って言うリリー。
私に心配されて……
私がまだ、人間らしい心を持っていると知って。
それで安心した様だ。
……安心したのは、お互い様。
「良かった、元気そうだ。
何か酷い事とか、されてなかったか?」
「私は平気よ?
あの女の人が、助けてくれたから」
「女の人?」
「居たじゃない。鎧を着た……」
鎧……ああ。
さっきの騎士は女だったのか。
その女騎士。どういう理由で、ここに居たのか。
人質を助けるぐらいの仁徳者が、悪党の手先に?
まぁ、それでも居なくなったのだ。
領主はもう、どうでもいいのだろうか。
……それより、リリー。
彼女はキョロキョロと辺りを見回した。
私が捨てた剣を見つけ、拾う。
そして、重いだろうに、それを引きずって来る。
「何を、してるんだ?」
「こいつを、殺して……お父さんの仇を、取らなくちゃ」
意を決して、狙いを定めて。
剣を振り上げるリリー……って、
「それは君の役目じゃない!」
「どうして?」
「君が人を殺すなんて、ダメだ」
「どうして?」
「どうして、って……」
「お兄ちゃんは沢山、沢山殺したわ。
人殺しが好きでもないのに、沢山」
「仕方なかったんだ。
少なくとも、今回は……」
「そうよ、仕方なかったの。
私やお父さんの為に、こんなにボロボロになって」
「そうだ、君の為なんだ。
君の為にこそ、殺しちゃいけない!」
「酷いよ! お兄ちゃんばっかり傷ついて!
私だって、お兄ちゃんの為に頑張るんだから!」
意地を張るリリー。
言っても聞きそうに無い。
私は私で、彼女を説得し切れない。
上手い言葉が思いつかない。
だけど……やっぱりダメだ!
人を殺すのは、そんな簡単な事じゃないんだ。
私は止めようとするが、力が入らない。
起き上がれない。
「ダメだ、リリー!
馬鹿な事は止せ!」
「わああああっ!!」
リリーが領主の首目掛け、剣を振り下ろす。
ダメかと思った瞬間……
空中を、雷が走った。
閃光を帯びた衝撃が、リリーの手から剣を弾き飛ばす。
「ふぅ……間一髪、じゃな」
広間の扉の前に、杖を持った老魔法使いが居た。
肩で息をしながら立っていた。
無事だったか。
彼はリリーに歩み寄りながら言う。
「お嬢さん、殺すのは少し待ってくれ。
こやつは然るべき罰を受けさせねばならん。
ルールを破った悪人には、ルールに沿った罰を。
同じくルールを破って罰したのでは、悪人と変わらぬ」
「でも……私達はずっと、旅して来たの。
領主を殺して、お父さんの仇を取ろうって」
リリーは振り返り、私を見た。
私は答える。
「殺さなくて、いいよ。
後は、義勇軍に任せよう」
「殺さない?
じゃあ、どうして、こんな危険な所に……」
リリーは震える手で拳を握る。
涙を流しながら、怒った顔を私に向けて来た。
リリーはそんなに、領主を殺したかったのか?
疑問を浮かべる私に、リリーは言葉を突き刺した。
「どうして来たの! それも、1人で!
英雄になりたかった?
町の人達に、沢山感謝されたかった?」
「え……いや、リリー?」
「馬鹿だよ! 馬鹿馬鹿!
死んじゃうかと思ったんだよ!?」
ああ、何だ。
これは、心配してくれていた、だけだ。
「そうじゃなくて。
私はただ、リリーを助けようって……夢中で」
そう言っていて、私は何だかムズムズした。
酷く照れ臭い。
だが、まぁ、本当の事だ。
あとは老魔法使いの押しに負けた……
それぐらいしか、理由を思いつけない。
「少女1人の為に、300を数える屍の山を築く、か。
並大抵の愛ではないのう」
ニタニタした顔で冷やかす老人。
愛とか、別に、そんなんじゃないってば。
私は否定しようとして……
目が回る。
何だ、コレは。
倒れているのに、動けないのに。
視界だけがグルグルグルグル……
「も、もう、無理……だ?」
「お兄ちゃん?」
視界が霞む。
リリーの声が遠退いて行く。
安心感と、眠気。
疲労感も、背中の痛みも薄れて行く。
ああ、これ……死ぬのか?
それでも、いいな。
やる事はやった。
リリーはもう、大丈夫だから……
それから、どれだけ時間が流れたのか。
見知らぬ場所。窓越しに受ける日差しの中。
私はふと、目を覚ました。
……ここは、どこだ?
領主の城、石造りの壁じゃない。
木で造られた家。
その中の、少し硬いベッドの上。
私は身を横たえていた。
「おう、お目覚めか。
すまんのう。
目覚め一番が、こんな老いぼれの顔で」
老魔法使いが、部屋に入って来た。
彼の手には包帯。
怪我人は……私か。
私の腹の辺りに、何か巻いてある感覚がある。
この固定ぶり。
やはり骨でも痛めていたのだろう。
「あ、あっ、あれ!?
気がついたの!?」
急にリリーの声がした。
彼女はベッドの脇。
私の足の方で、椅子に座っていた。
うたた寝していたのだろう。
彼女はちょっと、ヨダレが出ていた。
それを拭いながら、彼女は言う。
「よ、良かったぁ……
急に倒れるから、ホントにビックリしたわ」
「まったくじゃ。
命があっただけ良かったわい。
痛みはまだあるか?」
老魔法使いは、私の背中の包帯を替え始める。
私は2人に尋ねた。
「あれから……どうなった?」
「新しい領主様が来たの。
ちょっと頼りないけど、優しい感じの人で……」
「前の領主は、国王陛下の元に引き渡した。
諸々の罪状。住民達の証言もあって、今頃は牢の中じゃ。
よしんば開放されたとしも、もはや財も力も無い。
戻って来る事もあるまいて」
「ねえ、お兄ちゃん。
何か欲しい物はある?」
「あー、とりあえず……
食べる物だな。お腹減った」
「そりゃあ、そうじゃろう。
お主が倒れてから半月じゃ。
ペコペコの、ガリガリじゃな」
「半月……」
言われて見れば、私の身体。
肉が減ってアバラが浮き出ていた。
前から、余計な肉は無かった方だが……
必要な筋肉まで無いのは困るかな。
ともあれ、半月も寝込む程、消耗していたワケだ。
限界があると言う事。
今後、能力を使う時は気を付けよう。
まぁ、炎の力、破壊の力だ。
使わないで済むのが、一番いいんだろうが……
「食べ物ね? 分かった。何か作るわ。
半月分の、三食分ね?
食材足りるかしら」
「そんなに!?
と、とりあえず、一食分でいいよ」
「ふふっ、分かりました〜っと♪」
リリーは楽しそうな顔。
パタパタと部屋を出て行った。
新しい領主も、悪い人ではないらしい。
当面は、平和だ。
やるべき事はまだある。
元の世界に戻るとか、罪を償うとか。
それでも、言い様の無い安心感。
私は今一度、眠りに落ちて行った……
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