Burn Away!
第3焦 第1話
〜Burn the Fate@〜


「クライオさんのお陰で、沢山オマケして貰えたね。
 助かっちゃった」

 と、大きな包みを抱えたリリーが言った。

 賑わう市場の中を、私と彼女は行く。
 私、クライオ・ディープホワイト。
 背負う袋はリリーのの倍ぐらいだろうか。
 胸を張って得意げに答える。

「ふふん。してやったり、だ。
 どこの世界でも、男は美人と色香に弱いらしい。
 白い魔女改め、値切りの魔女クライオと呼ぶが良い!」

 ビシィッ、と、決めポーズ。
 周囲の視線が集まるが、どうでも良い。
 目の前の少女がケラケラ笑い出す。
 私には、その方が重要だ。

「あははっ♪ 何だかカッコ良くないね。
 値切りの魔女」

「ぷっふふ! 全くだ。
 何か良いフレーズでも無いものか」

 暁の雲雀とナンタラ騎士団事件から、3か月。
 我々が領主殺害容疑を掛けられた、あの事件の事だ。

 私は今、リリーと共に暮らしていた。
 彼女の仕事を手伝っている。

 領主殺害容疑は晴らされた。
 賊を働いていた我々の処罰は、軽微に済んだ。
 サウザント老の口添えのお陰だろう。

 彼は例の騎士団長と対立する、貴族・重臣と繋ぎを取った。
 上手く取り計らってくれた様だ。

 無論、無罪放免ではない。
 奪った金品・食料などは弁償。

 戦闘中に命を落とした騎士達……
 こちらについては、先方より理解を得た。

 剣を交えれば死者も出る。
 命を奪おうというのだ。

 抵抗に遭い、逆に命を奪われるリスク。
 それは剣を抜く限り、常に付いて回る。

 故に、不満は残るものの、納得はした様子である。

“騎士団長の選択は間違っていない”。
 しかし“賊には賊の事情があった”。
“情報の行き違いがあった”とな。

 黒幕と思しき騎士団長は既に亡く……
 謀反を企てていたといった、証拠も証言も残っていない。
 領主暗殺については連中、易々と非を認めないだろう。

 が、まぁ、事態は収まる所に収まったのだ。
 一先ずは良しとしよう。

「しかし、アレだな。
 リリーも大きくなれば、美人になるだろうし。
 色仕掛けの知識とかも、教えておいた方が良いか?」


「ええっ!? そういうの、恥ずかしいよ……」

「むむ。何気に私、恥ずかしいお姉さん扱いされた!?
 生足出してるだけで、まさかの痴女扱いかッ!」

「あっ! えっと、そうじゃなくて……
 違わないけど、でも違って……あれ?」

 なんだか混乱してきたリリー。
 違わないけど? うーむ……

 私が嫌われているワケではなさそうだ。
 しかし、リリーは色っぽい事が苦手の様子。

 まぁ、色事に興味津々な子供なんて、そう居ても困るが。

「ふふん、冗談だ。
 向き不向きもあるし、急ぐ事でもなかろう。
 しかし、リリーが大きくなって、色っぽくなったら。
 ブラックはさぞかし、メロメロだろうなぁ」

「ええっ!? ……そ、そうなの、かな?
 お兄ちゃんもやっぱり、色っぽい人が好きだったりする?」

 おや、思いの外、好反応。
 ちょっと言ってみただけなのだが。

 リリーは、ブラック……今は黒騎士フェルノか。
 彼の事を、相当に気に入っている様子だ。

 表向きこそ、兄だ何だと言っては居る。
 しかし本当はリリー、何か、恋心的な物を抱いている……

 ……のではないか、と、私は推測する。

 私? は、別に。ブラックの事は何とも。
 むしろ、可愛いリリーの事で、頭がいっぱいである。

 そう、私はつまり、リリーに恋していた!

 ……と言ったら、少々語弊があるか。

 しかし事実、私の頭を大きく占めているのは、リリー。
 立ち位置として妹だか娘だかな、この小レディだ。
 彼女との距離感は、言い知れぬ幸福感で私を満たしていた。

 懐かれ、褒められ、頼られる事の高揚感……

 恐怖と力で他者の上に君臨して来た私。
 それをここまで奮い立たせる事が、今まで、あったか?

 いや、無いッ!
 あったかも知れないが、無かった事にする!

 ああ、何と可愛い、
 可愛いリリー。

 恋の悩みか。
 無論、相談に乗ってやろう。
 やろうではないかッ!

 ……とは言え、

「ブラックの趣味は……どうなのだろう。
 生足お姉さんの私には、ホイホイとパンチくれるし、なぁ。
 そうだ、直接聞いてみたら?
 どんな女の人が好きですか〜って」

「ええっ! そんな……恥ずかしいよ。
 好きな女の人とか、聞くなんて。
 それって私が、お兄ちゃんが気になってるよって。
 教える様なものじゃない?」

 ……それはつまり、気になっているワケだ?

「んー、それでは別の作戦だ。
 それとなく色っぽい格好をして、反応を窺ってみては」

「そういうの、恥ずかしいってば。
 色っぽいとか、そういうのは、もっと大きくなってから」

「しかし、あまりモタモタしていて良い物か。
 他の誰かに取られてしまうかも知れないぞ?」

「ええっ!? そんな……
 って、違う違ぁーう!
 私がお兄ちゃんを、どうこうしたいんじゃなくてっ!

「おや、違った?」

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんの好きな人と結婚したらいいよ。
 私はそれでいいと思うの。
 ただ、傍に居てくれたら、それでいいんだってば」

 束縛したくはない様でもあり。
 しかし、取られたくはない様でもあり?

 照れ屋さんめ。
 だから、いっそ結婚でも約束させてしまえば……

 とは思ったが、それは言わない事にした。

 乙女心は複雑。
 人生は難解。

 選ぶべき答えは、自分で見つけねばならぬ。
 そして悩んだ分だけ、得る物もある。

 悩んで悩んで、素敵な女性になるが良い。
 それまでは私が見守るさ。

 問題はむしろ、ブラックの心情か。
 罪悪感やら何やら……

 かつて我々が籍を置いていた、人類淘汰機関。

 それは人口調整を名目に、世界各地で虐殺を繰り返す。
 言ってみれば殺人集団だった。

 ブラックも私も、大勢殺した。
 私とて、罪の意識が無いとは言わん。

 だが……現状と優先順位だ。
 出来ん事は出来んし、放り出せない物も抱えている。

 無論、贖罪も結構だ。
 しかしリリーを悲しませる真似は、しないで貰いたい。

 まぁブラックもブラックで。
 そう早まった真似など、しないとは思うが、な。

 そして、リリー。
 彼女は間違いなく、ブラックを好いている。
 彼をブラックと呼ぶ私に、彼女は口を尖らせる。

「っていうか、クライオさん?
 お兄ちゃんの名前はもう、ブラックじゃないのよ?
 私のお兄ちゃんの、黒騎士フェルノなんだから」

「分かってるって。
 ただ、こう、慣れのせいでな。
 ブラックのが呼びやすいのだ。
 別に心配しなくても、約束しただろう。
 彼をどこかへ連れて行ったりしないぞ?」

「……なら、いいけど」

“ならいいけど”。
 つまり、違ったら嫌だけど。

 リリーはブラックには……フェルノでも別に良いが。
 彼に居なくなって欲しくないのだ。

 今出来るのは、持てる限りの善を尽くす事。
 そして、リリーの笑顔を守る事。

 ならば、側に居て見守るのもまた、必要な事だろう。

 今出来るのは、それぐらいだ。
 それがせいぜいし、それで良いと思う。


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