Burn Away!
第3焦 第1話
〜Burn the FateE〜


 怒り心頭、なんたらブルー。
 自分の妹を殺したブラックを前に、奴は怒りを露にする。

 そんなブルーの言葉を聞いて、リリーの顔が蒼白になる。

 妹を……自分の様なものを、ブラックが殺した。
 動揺もするか。

 だが実際、そうなのだ。

 人を殺す組織だ。
 人を殺す。
 私もブラックも、沢山殺したさ。

 両親、兄弟姉妹、恋人、恩師。
 小さい子供、老人、怪我人、病人。
 その一切の区別無く。

 そう、区別無く。
 他人のそれも。
 自分のそれさえも。

 リリーも今までだって、組織について聞いては居ただろう。
 だが、自分に優しいブラックを前に、半信半疑だった。

 しかし、今度ばかりは、他人の証言つき。
 信じないワケにも行くまい。

 動揺が顔に出るブラック。
 リリーに知られたく無かったか。

 リリーと同様、年端も行かない子供でさえ、手に掛けた。
 大勢殺したのだ。ブラックも、私も。

 殺意を持った敵を前に、足を止めるブラック。
 覚悟を決めたとでも言うのか?

 それを好機と見てか、ブルーの攻撃が再度迫る。

 こんな所で、死んで終わりになど……
 リリーを守るのではなかったか!

 私はブラックを守る。守らねば。
 奴自身と、リリーを守る為に。

 しかし間に合うか?

 えぇい、ダメ元だ。
 私は急いで氷を呼び出そうと……

 だがしかし、

「止めてーっ!」
「「―――ッ!?」」

 私の対応よりも早く、敵とブラックの間へ飛び出した影。
 それは他の誰でもない、リリーだった。

 あれだけの話を聞いて、尚もブラックを庇うか。

 その愛は、まさしく本物……
 などと、感傷に浸っている場合ではない。

 ブラックを庇おうとしたリリーを、慌ててブラックが庇う。
 ブルーも咄嗟に狙いを外す。

 放たれた無数の水の槍は、2人の周りを駆け抜ける。
 後ろの建物に命中した。

 猛烈な土煙を上げて、崩れ行く建物。
 視界が……土煙で何も見えん。

「……うぐ!」
「うっ! く、くそっ!」

 私は急に、何かにぶつかられた。
 声からして、なんたらブルーか?
 奴め、この中で、ブラックにトドメを刺そうと?

 しかし、奴が向かった先。
 どうもブラックの方向ではない。

 ……逃げた?

「リリー、ブラック、無事かッ!?」

 私は2人に呼び掛ける。

「……リリー? リリー!」
「痛い……痛いよ……」

 焦るブラックと、リリーの掠れる様な声。
 尋常ならざる様子。

 視界の悪い中、私は2人の居た辺りに駆け寄る。
 近寄って、その姿を確認する。

 ブラックはリリーを抱きかかえ、膝をついていた。

 ブラックも傷を負っていたが、せいぜい掠っただけだ。
 そもそも、鍛え方が違うからな。

 問題なのは、リリー。
 彼女は右脇腹に、水の槍を受けた様だ。
 酷く血を流していた。

 敵の得物は、弾丸と違って、水。
 体の中には残らんし、残っても水だ。害は少ない。

 しかして、深手である。
 傷は小さくとも、貫通している。
 内臓など傷んでいなければ良いのだが。

「リリー、しっかりしろ!」

「お兄ちゃん……
 私、お兄ちゃんは、怖くない。
 怖くない、よ……?」

 何を言っているんだ、リリー。
 こんな状況で、動揺しているブラックを安心させようと?

 しかし、そうであるが故にか。
 ブラックの蒼白だった顔も、一気に赤く染まる。
 奴はイキナリ立ち上がり、私にリリーを押し付けた。

「クライオ、リリーを頼む!」

「待て、ブラック!
 こんな時に、どこへ!」

「医者を探す!」

 ふん? 思ったよりは冷静だな。
 怒りに身を委ね、ブルーを追うかとも思ったが。

 私は駆けて行くブラックを見送る。
 と、私の腕の中で、リリーが奴を呼ぶ。

「お兄、ちゃん……」

「ど、どうした!? 痛むのか?
 直ぐに助けが来るから……」

「お兄ちゃん、待って。
 行かないで……」

 え、ちょっ……行かないでったって。
 もう行っちゃったし。

 奴を追うべきか?
 でも、下手に動かしたら……

 でも、会いたがってるし?

 ああ、どうしよう!
 どうしようか!
 どうしたらいい!

 ……えぇい、これはいかん。
 私が冷静にならなくて、どうする。

 私がリリーを頼まれたのだ。
 リリーを私が頼まれたのだ。

 ブラックが私に頼んだのだ。

 大事なリリーをブラックが。
 大事なブラックがリリーを……

 あーいや、違う。違うぞ。
 そうではなくて。

 ブラックはここには居ない。
 私が助けなくてどうするか。

 深呼吸。落ち着け私。
 まずは状況確認だ。

 リリーの負傷箇所は、心臓や肺の位置ではない。

 この世界は魔法がある。
 難しい手術などせずとも、外傷ならば楽に治せる。
 治療さえ間に合えば、絶命する心配は無い。

 ……多分。

 となると、心配なのは出血か。
 致命傷でなくとも、失血死は困る。

 私は氷で刃を作る。
 上着一枚とスカートの半分を裂いて、包帯代わりにする。

 ……ダメだ。
 全然足りない。

 元々薄着だったのも禍した。
 何枚重ねても、イマイチ血が止まらない。

「おい、大丈夫か?」
「何の騒ぎだ?」

 通行人どもが鬱陶しい。
 騒ぎを聞きつけて集まって来たか。

 鬱陶しい……こういう視線は苦手だ。

「何があったんだ?」
「女の子、怪我してる。可哀想……」

 鬱陶しい。誰も感想なんぞ聞いておらん。

 助けはまだか。
 早く来い、ブラック。

「またあの、異世界から来たって奴じゃないか?」
「ええっ!? やだ、怖ーい……」

 鬱陶しい。今は犯人などどうでも良いってば。

 がやがやと、ウジャウジャと。
 野次馬め、どこかへ行ってしまえ。

「うわ、酷ぇ! 誰がやった!?」
「建物もボロボロねぇ……」

 鬱陶しい。建物なんぞ知るか。

 ブラックはまだか、ブラックは。
 医者は居ないのか、医者は。

「どう? 助かりそう?」

「ああ、ダメだな。そんなんじゃ。
 全然血が止まってないじゃないか」

 ……ああ、もう!

 鬱陶しい!
 鬱陶しいぞッ!!

 私が必死で出来る事を探す傍ら。
 周りの奴らはただ、ペチャクチャペチャクチャと!
 助けるでもなく、助けを呼ぶでもなく……

 私の怒りは頂点に達した。
 氷で出来た刃を振り上げる。
 通行人どもを怒鳴りつける。

「えぇい、好奇の目など要らん! 好奇の目などッ!
 助ける気も無いのに声を掛けるな!
 それとも助けてくれるのか!」

「え、いや……」
「え、えっと……医者、居るかー?」

「医者だ! 薬だ! 包帯だ!
 ああ、そうだ! 包帯だ!
 包帯になる物を寄越せ!」

「そんな事を言われたって……」
「包帯なんて持ってないし」

「包帯! 分からんか!
 布を当てて血を止めるのだ!」

 私がそう言うも、大衆は緩慢。
 他の“誰かが”を待つばかり。

 業を煮やした私は、1人ずつ剣で指して言う。

「貴様! それから貴様! そっちの貴様もだ!
 脱げ! 全部脱げ! 服を寄越せッ!」

「え、えええっ!」
「そんな無茶な!」

「無茶がどうした! それとも、何だ!
 いっそ貴様らの皮を剥いで、傷を塞ぐのに使おうか!」

 ……と、大分取り乱してしまった。

 一度は落ち着いたつもりだったのだが。
 まだまだ内心、冷静では無いらしい。

 しかし気圧されてか、ちらほらと動き出す通行人。
 流石に全裸は無いが、上着が何枚か提供された。

 医者は出て来なかったが、包帯になる物は集まった、か。

 ……よし。

 包帯を巻く。
 キツめに、巻く。
 とにかく血を止める。

 冷やす。発熱を抑える。
 が、冷やし過ぎてもダメだ。

 あと、出来る事は無いか。
 出来る事は……

 えぇい、まったく。

 もしリリーが死んだりしたら。
 ブラックがキレて、最悪、町が焦土になるぞ。
 こんな町、一瞬だ、一瞬。

 私だってキレる。
 根こそぎ凍らせる。

 2人で凍らせながら燃やして、氷付けの爆発炎上だ。
 なんたらブルーを炙り出してやる。

 ……そうだ、あいつ。
 あの、なんたらブルー。

 1回ボコボコにする。
 1回リリーに謝らそう。

 と、出来る事が無くなった私は、ひたすら思考を続ける。

 正直、不安だったのだ。
 落ち着かなくて困っていたのだ。

 リリーの意識が無い。
 呼吸はあるが、乱れている。

 どうしたらいい。
 どうしようもない。

 いっそ抱えて医者に行こうか。
 しかし下手に動いて、ブラックと合流出来なくなっても困る。

 と、町の港の方、坂の下から、ブラックと術師らしき男。
 こちらへ走って来るのが見えた。

 ……待たせおって。

 医者がリリーに駆け寄る。
 治癒術を掛ける。
 もう大丈夫だろう。

 それを見届け、私は安堵感と疲労感に襲われた。
 ブラックの腕の中に崩れ落ちてしまった。

 ……本当に、待たせおって。馬鹿者め。


 忌々しいのは、この巡り合わせ。
 運命とも言うか。

 我々は結局、我々の罪から逃れられぬ、という事か。

 しかし、リリーが負傷。
 彼女に何の罪がある。
 我らの罪が、彼女に及んだとでも?

 ブラックが考えて居るであろう通り。
 我々はリリーから離れるべきなのだろうか。

 しかし、どうあれ、だ。

 あの、なんたらブルー。
 後で絶対、泣いて謝らせてやる。


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