Burn Away!
第3焦 第2話
〜Burn the PastB〜


 最後の方がちょっと、か細くなりながら……
 しかし勇気を振り絞り、言い切った私。

 だが見ると、リリーは“ぽかーん”とした顔。
 ブラックに至っては、失笑する始末。

 ああ、もう! だから言いたくなかったのに。
 私はブラックに怒鳴る。

「えぇい、笑うなッ!」

「ああ、すまん。バカにしているんじゃなくて。
 ただ、当時は可愛かったと思って」

「なっ、かっ……ききき貴様ぁ!
 今は可愛くないとでも言うのかッ!!」

「え? あ、いや、すまん」

 と、勢いに負けてブラックは謝る。
 しかし冷静な話、ちょっと恥ずかしい。

 まぁ、そもそもブラックが笑うから悪いのだ。
 私は悪くない。

 と言うか……

「リリー、いつまで呆けているんだ?
 そんなに意外だった?」

「う、うん……
 クライオさんって堂々としてるのに。
 何でも出来そうなのに」

 本当に不思議そうな顔をするリリー。

 素直なのだなー、この子は。
 行動の裏とか考えないのか。
 それに比べ私ときたら、なんと汚れたものだろう。

 溜め息をもう1つ。私は語る。

「私は“何でも出来る役”を演じているだけさ。
 気取った態度。大胆な服装。
 クライオ・ディ−プホワイトという役割」

「……演技?」

「そう。学生時代も、そうだった。
 優等生という役割を演じる。
 生徒会役員の肩書きを殻にした。
 そうやって脆く薄っぺらな、自分の本性を隠していた」

「クライオさんは、薄っぺらくなんか……ないよ?」

 リリーは言う。弱々しく。
 私を庇いたいが、しかし根拠が弱いのだ。
 彼女自身、それを自覚して、か。

 そう、今まで見せてきた物を、全て演技と言われては。
 それを根拠に何を語れよう。

 賢い子だ、リリー。
 私は笑って言う。

「私がこういう風に話している、それがもう演技なのさ。
 私は否定されるのが怖い。
 傷つくのが怖くて、幾重にも仮面を被っている。
 それを取ったら、私は本当に、ただの普通の女だ」

「私と仲良くしてくれるのも、演技だって言うの?」

「私は君の事が好きだ。それは嘘じゃない。
 しかし嫌われたくないが故に、本当の私を晒せない」

「……そんな、どうして」

「何度も傷つけられて、敏感になっているから、かな。
 心は傷ついて、必ず頑丈になるという物ではない。
 傷つくのを恐れ、敏感になる事もある」

 私は語る。それまでに見て来たものを。
 それまでに思った事を。

 私の周りには他人を傷つける輩が、実に多かった。
 数を頼みに自分の非を隠し、他人の是を非に作り変える。
 変えられた方は、心の拠り所を否定される。

 慎重なのを臆病だ、と。
 公平なのを冷血だ、と。

 窃盗に手を染めた5人グループ。
 彼女らは更生を促す私こそ、空気が読めない奴だと評した。

 グループと私の6人ではそうでも、その外は?
 社会秩序に対し、空気を読んでいないのは、どちらだと?
 それとも今の社会は、犯罪者の方が多いのか?
 私にはもう、ワケが分からん。

 しかし……とにかくバカにされる。
 ならば見返してやろう。
 自分の勝てる方法で。奴らよりも正々堂々と。

 美点も言い換えれば汚点。
 しかし、テストの点数は数字で出る。覆し様があるまい。
 だから私は、勉学に勤しんだ。

 私は別に、登りたくて高みに登ったのではない。
 奴らに下から追い立てられたのさ。

 とにかく目を反らしたかった。
 形の曖昧な、定義の不確かな人間関係から。

 だが結果的に、出る杭は打たれる。
 優秀者として目立つ事で、その評価を妬まれる。

 こちらが何をしたワケでもないのに、な。
 粗を探され、嗅ぎ回られる。
 1つでも落ち度が見つかれば、大々的に悪評を流される。

「そして叩かれれば叩かれるほど、私は頑なになった。
 心の殻を破られる度に、より強固な殻を、と。
 まぁ、悪循環だな」

 と、私は肩をすくめて締めくくるが、リリーは暗い顔。
 ブラックは神妙な面持ちで……何だか喋り難いな。

 私は私で、何を話せば?
 私がブラックに目配せすると、

「それが仕事と、どう絡んだのか……とか」

 なるほど。そういう話題だった。

「私は自分を曝け出せない。故に、演技を纏う。
 だが、就職活動。そればかりでは通用しなくて、だ」

 アルバイトの面接は“真面目”で通る。
 しかし正社員では、そうはいかない。

 コミュニケーション能力。明るくハキハキと。
 これが私には、上手く出来ない。

 孤高を気取り、人と距離を置いて生きて来た私にとって。
 他人との適切な距離など、分かるハズもない。

 人の目を見て流暢に話せない。
 人が怖いからだ。

 それを、例えば、嘘をついていると取られる。
 真実を語っていない様に受け取られる。

 考えてる事があるのに、上手く言葉に出せない。
 相手の反応が怖いからだ。

 それを、何も考えていないだとか……
 とにかく、何でも否定的に取られる。

 半年で面接が200回超。
 全部アウト。流石に凹んだ。

 そして、やっと就いた職場では、横領だのセクハラだの。
 挙句、身に覚えの無い、不倫騒動やらに巻き込まれた。
 結局は辞める事になった。

 もっと要領良く、立ち回れていたら。
 私は性格と要領の悪さのせいで、苦労していた。

 そして職を失い、次の仕事を探す。

 職業を紹介する機関に行って、見つからなくて。
 毎日、暗い顔で出て来る。

 焦りと不安が募ってくる。
 貯蓄も徐々に減り……

 そんな折、組織の者から声を掛けられた。

 法外な報酬と、何より“居場所”を提供されると。
 多くの、志を共にする“仲間”が居るのだと。

 私には、それが何か、救いの様な物に思えた。

 後々、人を殺す機関と聞いて……
 しかし、結構な事じゃないか。
 当時の私は、そう思った。

「そう、私を要らないと言う社会。人間達。
 そんな社会など、私は要らない。
 本当に、そう思ったのさ」

 これが私の動機。
 そしてブラックも少なからず、社会を恨んでいた。

 組織は、社会を恨んでいそうな者に当たりをつけた。
 見込みを持って声を掛けたんだろう。

 そのブラック、私にどこか共感したのか、言う。

「自分を上手く曲げられず、社会に上手く馴染めず、か。
 お互い、損な性格だな」

「お互い? 私のは、ただの私怨だ。
 貴様が人類に向けているのは、理不尽な労働環境への鬱憤。
 そこに置かれた労働者達を代弁した、義憤。
 私はそこまで立派じゃない」

「こっちだって、そんなつもりは無い。
 大体、義憤とは、大衆の後ろ盾を得た、しかし私怨だろう。
 傷つく事を恐れ殻に篭もった、薄っぺらな、お前。
 目先の金の為に、違法な仕事に手を染めた、薄っぺらな私。
 交友関係ばかり見て、他の大切な事を見落とす有象無象。
 薄っぺらいと言うならば、きっと誰もが薄っぺらいんだ」

「そう言うが、ブラック。
 貴様は止むに止まれぬ事情が……」

「そういう人並みな気遣いとかまで、薄っぺらと言うなよ。
 柔軟さだけが全てじゃない。
 襟を正す奴だって必要だ。
 お前だって案外、政治家に向いていたのかも知れない」

 世辞が過ぎるぞ、ブラック・インフェルノ。
 少々ムズ痒い。

 私はリリーに話を振る。

「何を言い出すんだ。私こそ向いていない。
 なぁ、リリー? 私の様なダメダメが政治家になったら。
 それこそダメじゃないか?」

「ううん、ダメじゃないよ。クライオさんはダメじゃない。
 私は……上手く言えないけれど。
 クライオさんに会えて、凄く良かったって思ってる」

 リリーまで、これか。
 コソバユイったら。

 独善的で矮小な、私のダメッぷり。
 それを、あらかた晒したつもりだったんだが……

 揃いも揃って、だ。

「一息つこうか。
 何か飲み物を貰って来る」

 そう言って部屋を出て、扉を閉じて。
 そうして私は……

 私はその場で、泣き出してしまった。

 道を間違えた後悔。
 受け入れられた嬉しさ。
 その他、諸々の感情。

 それらによって、何だかグシャグシャになってしまった。


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