Burn Away!
第3焦 第2話
〜Burn the PastC〜


 それから……

 宿屋の主人に、温かいスープを用意して貰う。
 カップを3つ盆に載せ、私は部屋に戻る。

「クライオさん、目、どうしたの?」

 と、泣いた跡を、リリーに気付かれた。

「ああ、何でもない。大丈夫だ。
 ちょっと、小指をぶつけてな」

「……大丈夫か?」

 私の誤魔化しに、ブラックは訝しげに問う。

「な、何でもないって、言っているだろう……」

 私は “あえて”バツの悪そうな顔をして見せた。
 察しろブラック、“聞かないでくれ”、だ。

 奴も本当に察したのか、それ以上は追求されなかった。

 ……さて。
 温かいスープを飲んで、一息ついて。

 では、話を再開するとしよう。
 まだリリーの問いは残っている。

「次の問いは?」
「どうして、その組織は人を殺すのか」

 ふむ。

 私は少し首を傾げる。
 どう説明したらいいかな。

「リリー、あまり聞きたくない話も含まれると思うが……
 それでも、やっぱり聞くか?」

「私、聞きたい。聞かなきゃいけないと思う」

 決意は固い、か。
 ならば仕方なし。

「では……リリーは聞いた事があるかな?
 間引きとか口減らしって」

「生活が苦しくて、子供を他所へやったり。
 最悪、殺したりする……?」

 ちょっと嫌そうな顔になるリリー。

 だが、これも、まだソフトな表現だと思う。
 実際にやっている事に比べたら。

 私は説明を続ける。

「組織が人を殺すのは、要は、口減らしの延長だ。
 その口減らしを、私達の世界では、世界規模で行っている。
 本当に食べる物の事で、困っていて、な」

「どうして、そんなに、食べる物が足りないの?
 クライオさん達の世界って、色々、進んでいるんでしょう?
 寒くても育つ作物とか、1人で沢山耕せる機械とか。
 色々あるんでしょう?」

「自分で畑を耕すより、お金を儲けて食べ物を買う。
 その方が楽だって、皆で考え始めたから、かな」

 畑という畑は、外来企業に買い漁られた。
 ビルや工場に成り代わり、耕す土地すら、もはや無い。

 加えて、長く続く異常気象。
 それも工業化、環境汚染の果ての、温暖化だと。
 その因果関係は、私には証明出来ないが……

 それと、医療の発達。
 死亡率の低下、平均年齢の長大化。
 人口は増えるばかり。

 食べ物が減って、人が増える。
 だから食べ物が本当に、世界規模で足りなくなったのさ。

 食べる物が無い。
 足りない。

 金がある者は、僅かな食料を買い叩く。
 更に高値で売りさばく。

 物価が高騰した。給与に見合わない生活費。
 困窮する人々。

 それでも私達の国は、経済力があった。
 最低限度の補償があり……
 まぁ、マシな部類だ。

 本当に酷い所になると、食料を奪い合う。
 隣人を殺して、その隣人すらも食べたと聞く。

「全員が同じ様に生きようとすれば、全員が飢えねばならぬ。
 各国は必死で、食糧を増産する。
 が、それも間に合わぬ」

「だから、殺すの?」

「そうだ。少ない食料に合わせて、食べる人間を減らす。
 少しでも多くが、生き延びる為に、だ。
 仕方なかったと言えば、仕方なかったのかも知れない」

「仕方なく、殺す……
 じゃあ、悪い組織じゃないの?
 殺すのは、正義の為?」

「いや、正義か悪かで言うなら、やはり悪なのだろう。
 反社会的ではない。社会の為に……
 しかし、殺人集団だ。悪でなくて何だろうか」

 社会の為と称して、社会のせいにして。
 同じ社会の人間を殺す。

 それは、行き届かない生活保障のせいにして。
 隣人を殺して食べた連中と、一体、何が違うだろうか。

 まあ、ともかくだ。

 現状の食料生産量を基準にした場合。
 正常に生活できる人口は、80億程度が限界と言われている。

 しかし世界全土で。
 今、私達の世界には、人間が120億も居る。

「……いや、居たと言うべきか。
 既に30億ばかり、私達の組織は……私達は、殺した」

「億? って……」
「1万の、1万倍」

「え、え……数が大き過ぎて、イメージできないよ」

「あー、うむ、そうだな。
 どう言ったら?」

 と、私はブラックに話を振る。
 数学は彼の方が得意なのだ。

「例えば……割合で見たら、どうだろう。
 この町を4つに区切ったとする。
 で、その1つを丸々、焼き払う。
 かなりの人が死ぬだろう?」

「う、うん……」

「それを国中でやるんだ。国中の、全ての町で。
 いや、この国だけじゃない。
 隣の国でも、その向こうの国でも。
 それが全人口120億に対して、30億殺すって事さ」

「30億って、えっと。
 1万の、1万個の、30個分でしょう?
 そんなに殺して……それでも、まだ殺してるの?」

「120に対して、殺したのが30だよ。まだ90居る。
 今ある食料では、80しか生きられない。
 まだ人間の方が多い」

 と、ブラックは説明する。

 国家も食糧増産に総力を上げている。
 しかし食料の生産には時間が掛かる。

 麦を植えたにせよ。
 その麦が実るのを待つ間に、自分の子供が死ぬのだ。
 自分が親だったら、待っては居られないだろう。

「だから、今ある食料を基準にして。
 飢えている人が居る分、まだ殺そうって話になってる、と」

 ここまでブラック先生の講釈。
 リリーは考えを纏め直す。

「みんなが少しでも生き残る為に、みんなを殺す。
 でも、それ、どうして恨まれるの?
 嫌な事だとは思うけど、仕方ない状態なんでしょう?」

 と、リリーの問い。
 これには私が答える。

「酷く乱暴な手段だという事に、間違いは無いからな。
 人類全員、その口減らしを支持している訳ではない」


「“組織”が勝手に決めた事?
 みんなで話し合って決めた事だったら、恨まれないのかな?」

「どうかな。他人には平気で死ねと言う奴も居る。
 自分で死ぬのは嫌なくせに、だ。
 仮に話し合ったとして、全員一致というのは……無いか」

「でも、より多くが生き残る為に、って」

「理屈はそうだが、実際、恨むものが出ているのだ。
 最善の手段だったか、それも怪しい。
 リリーなら、どう思う?
 食べ物が無くて、人が殺し合う様な状況。
 君なら、どうする? どうすれば良かったかな」

「……分からない。そんなの、分からないよ。
 でも、とにかく、その組織の殺人は、世界の為に。
 人が人を食べたりしない様に、って」

 少しだけ、ほっとした様な顔をするリリー。
 彼女の解釈では、私達、完全悪という程ではなかったか。
 あの安堵は、私達と対立せずに済んだという安堵だろう。

 だが……どうだろう。
 理由があればと、人を殺して良いものか?
 その辺も、諭さねばならぬと思うのだが。

「世界の為……か。
 まぁ、発足時の理念は、な」

「理念? 今は違うの?」

 思わず呟いた言葉に問われ、私は考える。
 違うと断言は出来ないが、そうだとも言い切れない。

 その他、残りの問いに加えて。
 少しばかり、組織の現状やらも説明せねばならん。


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