〜悪魔と老人の物語F〜


 悪魔は怒りました。
 気に入った人間の寿命を縮めて、
 天国へ連れて行くだなんて。
 幾ら神様でも、
 そんな理不尽が許されてなるものか。

 悪魔は翼を広げると、
 一直線に空を、天国を目指します。

「うわ、悪魔だ!」
「悪魔が乗り込んで来たぞ!」

 悪魔が天国に着くと、
 天使達は大慌て。
 すぐに武器を持って集まって来て、
 悪魔を取り囲みます。

「邪魔だ! どけ! 爺さんを出せ!
 爺さん、どこにいるんだ!」

 悪魔は魔法の武器を取り出し、大暴れ。
 天使の軍勢を相手に、
 死闘を繰り広げました。
 炎の剣が空を赤く染め、
 雷の槍は雲を貫きます。

 しかし、多勢に無勢。

 何万もの天使を前に、
 とうとう力尽きます。
 悪魔は取り押さえられてしまいました。

 軍勢を統べる大天使は、
 悪魔に剣を向けて言いました。

「悪魔が天国を脅かすなど、言語道断。
 無論、覚悟の上であろうな」

「大天使様、どうか私に免じて。
 その者を助けてやってくれませんか」

 見ると、あの老人がいました。
 悪魔は天使たちの手から抜け出すと。
 彼に駆け寄って言います。

「爺さん、俺、迎えに来たんだよ。
 爺さんが死ぬ理由なんて無いだろ?
 あの家に帰ろうぜ?
 木を切るのだって手伝うし。
 また美味いシチュー食って、
 笑い合ったりして、さ」

「そのお気持ちだけで十分ですよ。
 心優しい天使さん。
 どうか、2つ目のお願いです。
 その優しさを他の者たちにも、
 分けてやってください。
 私はもう貴方から、
 沢山の物を頂きましたから」

 老人は微笑み、手を振って。
 そして天国の奥へと去って行きました。


 悪魔は大天使に連れられて、
 地上に送り返されます。
 その間、悪魔はずっと泣いていました。

 大天使は気の毒に思って、
 悪魔に言います。

「そう気を落とすな。
 一度死んだ人間を、
 地上に帰してやる事は出来ぬ。
 しかし、お前が天使になれば。
 一緒に住むぐらいは出来るだろう」

「俺が、天使に……だって?」

「悪魔も天使も、
 同じ霊的存在に違いは無い。
 堕天使と言って、
 悪行が元で悪魔のようになる天使もいる。
 なら、逆があっても良いのではないか?」

「善行を積めってか?
 そんなの、悪魔の俺が、
 どうすりゃいいってんだよ」

「お前が、あの老人に向けた気持ち。
 喜ばれたい、笑顔にしたい。
 そういう気持ちを、
 他の者にも向けてやりなさい。
 私からも神に頼んでみよう。
 だから、どうか、諦めずに……」

 そう言い残すと大天使は、
 天国へ帰って行きました。

「……ああ、ちくしょう!
 やってやんよ!
 やってやりゃあいいんだろ!
 待ってろよ、爺さん!
 俺は絶対、天使になってやる!
 またビックリさせてやるんだからな!」

 天国に向かってそう言うと、
 悪魔は飛び去って行きました。

 その背中には、ほんの少しだけ。
 白くなりかかった翼を広げて……




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