〜魔王と姫の物語H〜
彼は何しろ魔王ですから、
怖い物なんてありません。
人の意見は大体聞いたので。
人でない者の意見も聞いてみます。
荒野で出会った死神は言います。
「ルールに従うのも結構だが。
ルールが間違ってる事もあるだろ。
自分で考えるのも大事じゃないかね。
私の正義だって?
そりゃあ、あんた達の魂をー……
痛ッ! 冗談だって。
何も殴る事はないだろう。
あんたの寿命はまだ先だよ」
海辺に居た悪魔は言いました。
「あいつを困らせろーって
願いを叶えるだろ?
すると今度は、
叶えさせた奴をやっつけろーって。
みんな自分が正しいと思ってんだろ。
キリが無い。
ああ、それより、
あんたの願いは何だ?
……ああ? もう叶った?
何だよ、そりゃあ」
最後に魔王は、森の中に住む、
木こりの老人を訪ねました。
「おや、魔王様。
こんな爺に何のご用ですかな」
「少し話を聞いて欲しい。
私は、本当の正義とは何かと求め、
長らく旅をしてきた」
「ほほう、答えは見つかりましたかな?」
「正義とは、誰の心にもある。
皆が、それぞれの正義を持っている」
「そうですな。人はそれぞれに、
大事にする物がある。
では、それぞれの正義がぶつかる時、
貴方はどうなさる」
「どう、という1つの答えは無い。
どうするのが良いか、正しいか。
その問いの答えは、
その時々によって違うと思う。
だから話し合い、考える。
考えるのを止めない。
正義が正義をくじかぬ様に、
より良い道を探すのだ」
「その判断がもし、
間違っていたとしたら?」
「他者の是非を問うならば、
自分も是非を問われて当然だ。
人間は完璧な生き物ではない。
道を違える事もある。
しかし死力を尽くした決断ならば、
結果に後悔は無い。
その罰は甘んじて受けよう……神よ」
魔王がそう言うや否や。
木こりの老人は、
神様に姿を変えました。
「やれやれ。才覚のある者は恐ろしいねぇ。
私の正体に気付いてしまう。
問いの答え、完璧とは言わないが、
及第点としておこうか。
罪状も少なくない君ではあるが……
君を地獄に送るのは、
もう少し待たせてあげよう」
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