〜暴君と侍女の物語I〜


 どうにか侍女がお城に辿り着くと。
 何やら争いが起きていました。

 市民たちは叫びます。

「一刻も早く、
 弟の王子様を王座に!」

 騎士たちは言い返します。

「功績ある兄君を差し置いて。
 弟君を王座に立てるとは何事か!」

「お優しい弟殿下なら!
 俺達の生活も顧みてくれるはずだ!」

「だからと言って!
 騙し討ちの様な真似が許されるのか!」

「俺たちには、
 今すぐ援助が必要なんだ!
 金だ! 食料だ! 早く出せ!」

「保護を受ける側にも、
 採るべき作法なり礼節があろう!」

「貴族のあんた達と違って、
 俺達の暮らしは苦しいんだ!
 早く王子様を王様に!」

「落ち着け! 話を聞け!
 王を変えた所で、
 国庫が急に膨れるものではない!」

「いいや、弟の王子様なら!
 必ず俺たちの生活を良くしてくれる!」

「一体、誰に、そそのかされて……
 えぇい、目を覚まさんか!」

 言い争って、押し合い圧し合い。
 押し寄せる市民たちと、
 盾で押し返す騎士たち。

 ともすれば、次の王様を誰にするか。
 その争いにも見えますが……

 それにしても、市民たち。
 何かに憑り付かれた様な様子です。

 不審に思った侍女。
 市民の1人に声を掛けました。

「一体、何があったのです?
 こんな大勢で、お城に詰め寄って」

 すると、市民たちは不安いっぱいの顔。
 侍女の方にも詰め寄って来ます。

 彼らは口々に言いました。

「聞いておくれよ、お嬢さん。
 郊外では酷い不作らしいじゃないか。
 この辺は、まだ良いんだが……」

「お城の遠くの町々から。
 貧しい人たちが暴徒になって、
 町に押し寄せて来るらしい」

「飢えた子供たちが可哀想だし。
 差し出す物が無けりゃあ、
 俺達だって取って食われるかも」

「残念だが今の王様は、
 迅速な判断をしてくれない。
 老いて力も弱くなって、
 暴徒を止められないだろう」

「だが、次の王様なら!」

「そうだ、次の王様なら!
 すぐに国庫を開放して、
 貧しい人々を救ってくれる!」

「例え暴徒が押し寄せても!
 兵隊を使って、
 俺達を守ってくれるだろう!」

「そうだそうだ!
 大臣さんが言ってたんだ!」

 それを聞いて、侍女は合点がいきました。

 どうやら、あの大臣。
 不作だと内外に言いふらし、
 市民の不安を煽った様子。

 今年は国の一部で不作があり。
 いずれ物資の奪い合いが始まると。

 それを聞かされて、
 平静を失ったのは市民たち。
 対処が遅い王様に引退を迫ります。
 次の王様を立てようとしているのです。


 おそらく大臣、
 先の王様への手紙を見たのでしょう。
 兄王子の帰還を知ったのでしょう。

 騒ぎを起こし、その後押しを利用して。
 早く王様を引退に追い込む。

 全ては、兄王子がお城に戻る前に。
 弟王子を王座に即ける為に……

「みなさん、どうか落ち着いて!
 私は先日まで国中を回っていました!
 不作な土地なんてありません!」

「嘘だ! 暴徒が押し寄せて来るんだ!」
「ああ、俺たちはお終いだ!」
「王子様、助けてください!」

 平静を失った市民たち。
 侍女の説得にも耳を貸さない様子。

 弟王子を
 暗殺している場合ではありません。
 この騒ぎを収めなければ……

 それには大臣を捕え、
 本当の事を白状させなければ。

 侍女は騎士や市民たちを一息に飛び越えて。
 お城の中へ駆け込みました。



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