〜暴君と侍女の物語O〜
大切な人、奪うより与えたい相手。
そういう人は居ないのか。
そう聞かれて、暴君の脳裏には。
あの忠実な侍女が思い浮かびました。
彼女の助けになる様に。
彼女の周りの人々を助ける……
しかし、侍女を助ける騎士団長。
お城の騎士や学者、兵隊たち。
彼らは既に、暴君が
死刑にしてしまいました。
もう、暴君の周りには。
彼女の助けを任せられる者が居ません。
「俺は、与えるどころか、
ことごとく奪ってしまったのか。
もう、会わせる顔も無いではないか。
俺には友など居らぬが、
あの侍女には居たかも知れない。
戦争で、余の命令で、
どれほど死なせてしまっただろう。
いかなる秘宝でも、
死んだ者は生き返らせられない。
もう、償う事など出来ない。
俺は何という事をしてしまったのだ」
暴君は悲嘆に暮れたまま、
交渉の場を後にしました。
やがて森を行く道に差し掛かった頃。
暴君は、ふと自分が
1人で居る事に気が付きました。
連れて来た兵隊は見当たりません。
フラフラと出歩いている内に、
置いて来てしまった様です。
そして、森の中から現れる人影。
武器を持った大勢の男たち。
「もう戦争なんて、まっぴらだ!
重い税なんて、まっぴらだ!」
「あんたが居なくなれば、
俺たちの暮らしが楽になる!」
「やっちまえ!
俺たちの国に暴君は要らない!」
彼らは皆、暴君の国の市民。
彼の課した税や戦争に、
長く苦しんできた人々でした。
それぞれ武器を手に、
暴君に襲い掛かって来ます。
「こんな物が俺の最後か。
いいだろう。もう思い残す事も無い」
絶望から覚悟を決める暴君。
しかし、どこからともなく侍女が現れて。
彼を庇い、その身に刃を受けました。
「お前、どうして……」
「お話は後で!」
侍女は傷付きながらも剣を抜きます。
市民達を追い散らしました。
そして暴君の安全を確認すると、
安心して力が抜けたのか。
彼女はその場に倒れてしまいました。
見れば酷い出血です。
視線も定まらない様子で、
暴君を探す侍女。
暴君は彼女の震える手を取って、
助け起こします。
「しっかりするのだ!
どうして、こんな所に居る」
「お側に置いて頂けないので、
陰ながら見守っておりました」
「どうして、そこまでする。
俺は、お前を当てにするばかりだ。
何も助けてやれなかった」
「世界から見捨てられた私のために。
陛下は私に、
食事と温かい寝床をくださいました。
生きる力を育んで頂きました」
「俺は、お前を幸せにしてやりたいのだ。
孤独だった俺に、
お前は生きる意味をくれた。
俺は、お前に、与えてやりたいのだ」
「私の願いが叶うのなら。
どうか、もう一度、お側に」
「ああ、ああ、構わないとも。
お前は今日からまた俺の部下だ。
俺の命令も無いのに、
勝手に死んだら許さんぞ」
「ありがとうございます。
……そして、ごめんなさい。
どうやら、ご命令に背きます。
陛下にお仕え出来て、幸せでした」
そう言うと侍女は、目を閉じます。
動かなくなってしまいました。
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