〜暴君と侍女の物語P〜


 冷たくなっていく侍女の身体を抱えて。
 暴君は道を急ぎました。

「誰か、誰か、助けてくれ!
 この女を助けてくれたら、
 望む物を褒美にやるぞ!」

 暴君は町まで辿り着くや。
 人を見掛ける度に声を掛けます。

 しかし、彼の起こした戦争で、
 長く苦しんできた人々です。
 あまり協力的ではありません。

「あんたの褒美なんて要らないよ。
 どうか、そっとしといてくれ」

「褒美は欲しいが、その傷だ。
 助けるのは難しいかね」

「可哀想だが、無理だろう。
 もう息をしていないじゃないか」

 暴君は実感しました。
 女領主の言っていたのは、
 こういう事なのだと。

 助けてやっていたら。
 今、助けてくれたかも知れなかったのに。

 助けてやらなかったばかりに。
 今、助けてくれる者が居ないのだと。

 ですが、今更です。
 過去には戻れません。
 そして、助けが必要なのは今です。

 固くなっていく侍女を抱き締めて。
 暴君は、天に向かって叫びました。


「神よ、神よ、聞いてくれ!
 神でなければ悪魔でもいい!
 どうか、この女を助けてくれ!

 俺はどうなっても構わない!
 全てを失って構わない!
 どうか、この女だけは助けてくれ!」


「あんたの言葉に、嘘は無いかい?」

 ふと気が付くと。
 暴君の前に、
 1人の悪魔が立っていました。

 それは、半分白くなりかけた黒い翼。
 美しい女性の姿をした悪魔でした。

 悪魔は暴君に向かって、
 取引を持ちかけます。


「助けられそうな奴に会わせてやる。
 その代わり、交換条件だ。

 あんたはその女を助ける為に。
 本当に全部、投げ出せるか?」


「構わない!
 この女が助かるならば、
 喜んで差し出そう!」

「じゃ、まずは、領地を貰おう。
 戦争で奪った土地を、
 奪われた人々に返してやるんだ」

「いいだろう!
 容易い事だ!」

「次は、地位と財産だ。
 あんたは今日から、
 何でもない、ただの人間だ」

「ああ、いいだろうさ!
 この女には代えられん!」

「それと……命。
 半分あれば足りると思うがね」

「全部でも構わん!
 早く持って行け!
 早く、この女を助けてくれ!」

 暴君がそう言い放つと、
 悪魔は笑いました。

「ふん、どうやら本気らしい。
 じゃあ、会って交渉してみるかい。
 あんたの知恵なら足りるだろうさ」

 とても悪魔らしくない、優しい笑顔。
 悪魔は魔法の呪文を唱えます。


 暴君は気が付くと、
 どこかの浜辺に立っていました。

「おや、お客さんかい?」

 そして暴君の前に現れたのは。
 大きな鎌を持った死神でした。



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