黒鷲の旅団
1日目(8)良い旅を
……やれやれ、だ。
現状維持、了承。と、それだけ送信して。
俺は端末のリンクを切った。
通信相手は電脳コピー体。
電脳世界に作られた、もう1人の俺。
異世界に転生しました、とは少し違うか。
人工的な平衡世界に存在する自分。
もう1人の自分、だろうかな。
訓練用の近未来VR世界にいた。
そのハズだったのだが。
その運営会社でゴタゴタがあった様だ。
挙句、何の因果だか。
ファンタジー世界に放り込まれてしまった。
今は家出魔女だとか助けたり。
恵まれない子供達を構ったりしている。
ファンタジー世界をイメージしたゲーム。
名前は『7th Earth』だったかな。
運営チームは、各方面の最先端技術者達。
それが、ガチで世界作ったる!
などと意気込んで作ったらしく。
グラフィックも精緻ならAIも高性能。
独立して動くNPC達は人間と大差無い。
そう、NPCのデキが良過ぎる。
架空だと切り捨てるにはリアル過ぎる。
後腐れなんて作りたくない。
現実の俺に影響が出る。
仮想世界の、恵まれない子供達の現状。
知ってしまったからには、一手打ちたい。
それが自己満足であれ何であれ。
1つ問題があるとすれば。
訓練用に使っていた俺の分身。
それがファンタジー世界に行ってしまった。
電脳コピーをもう1つ作らなきゃならん。
電脳コピーのメリット。
同時に頭を使える。判断できる。
平衡して知識や経験を積める。
それを取捨選択しての共有化だ。
デメリットは脳負荷。
勿論、技術は日々進歩している。
少なくとも今の俺の時代。
命を落とすといった事例は聞かない。
しかし、疲労や倦怠感は甚だしく。
寿命を縮めるなんてウワサもある。
因果関係はまだ実証されていないが。
ま、仕方ない。
俺は道楽用にコピーを作ってなかった。
一般的に、コピーの数は2つか3つ。
俺も2つ目を作って良いだろう。
実用向けに、もう1つコピーを作る。
削除や再コンバートはしない。
……というか、出来ない?
再コンバートの知らせ。
ユーザー情報やらを見て回ったが。
コピー体の転送どころじゃない。
アカウント削除の権限も無い?
どうも普通のゲームと違う。
そして規約を読み返した。
データ集積の為。
運営はユーザーの情報を保管したい。
プレイ履歴、採った戦術云々。
ログイン率、通話内容。
キーの打ち間違いから何もかも。
状況改善、修正に向けた参照。
リアルなNPC作成の為とか何とか。
ユーザーの個人情報は厳重管理する。
流出した場合は相応の補填を行う。
だから削除は勘弁してください。
そんな様な嘆願と。
登録に際して同意したとする。
という記述があった。
どの道、コピー体を消さない方向だ。
俺の対応は変わらんのだけれども。
まさか、実は削除できないんじゃ?
本当にゲームが異世界と繋がったとか。
そんなワケない……とは思うが。
「でも、嬉しいわ。
お兄様と一緒に冒険できるんですもの。
ルーマニアね。こっちも誘導しなくちゃ」
横からブラウザを覗き込んでいた妹が言う。
妹……義妹。軍事企業の令嬢。
昔、父親に虐待されていた。
その父親を暗殺する仕事が俺に来た。
それから諸々あって、一緒に暮らしている。
まぁ、別の物語、という奴だが。
そんな妹も、現実世界にゲンナリして。
仮想世界の自分と度々リンクしている。
向こうの世界で再会して……
一緒に冒険出来るんだろうか。
何も、会いたくないとは言わないが。
彼女が始めたのは何か月前だ。
レベル4ケタとか言ってなかったか。
どう考えても俺のレベルが足りない。
まだ4だぞ、4。
俺、足引っ張らなきゃ良いんだがなぁ……
と、先の事は、ともあれ。
データの削除は無しだ。
他ならぬ俺の頼みだからな。
俺に否やも無いだろう。
削除は無し。良い旅を。
不足はこちらで何とかしてみよう。
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