黒鷲の旅団
13日目(7)無血戦争〜午後の部・落し所は〜
「ひっ捕」
しゅが、ずごん。
踏み込もうとする異端審問官に牽制射撃。
彼の足元に、クロスボウの太矢が刺さった。
レーネ、クロスボウで早撃ち。拳銃並みだな。
僅かに動作2つで発射してしまった。
いきなり撃つのは気が早いが、威嚇に留めたのは偉い。
ユッタ、ルーシャに通信。
先の指定通り、支柱を狙え。
パカカンと音がして、テントの支柱が2つ折れる。
仕込まれていたロープに引かれ、テントの屋根が後ろに飛ぶ。
医療現場が、俺達の姿が市民の目に触れた。
ここで強硬策を採れば、神聖教会への非難は免れない。
どうする。何か話があるなら伺おう。
それとも何だ。あんたも治療して行くか?
頭が固いのと顔が怖いのは治せないんだが。
「ぶふっ! ふっ、ひひはははは!」
膝を叩いて笑い出したのは、神殿騎士団長アウローラ。
他の神殿騎士も少し笑っている。
当の異端審問官は怖い顔に青筋を立てていた。
しかし神聖教会暗部、荒事担当班。
搦め手は苦手か、次の言葉が出て来ない。
すると大司教アルディス、澄ました顔で言う。
「まずは私の言葉に応えてくれた事、感謝します」
流石は元大魔女と言うべきか。
とんだ腹芸をぶち込んで来た。
魔女の炊き出し、俺達の医療行為。
それを全て神聖教会からの委託という事にする。
市民の為、炊き出し継続は止む無し。
しかし神聖教会の権威は保たれる。
……それでも問題は無い。
本音で言えば、もっと権威とやらを削っても良かったが。
どちらかと言えばついでの話だ。
魔女や亜人種の市民権を確立する。
単に異質な存在ではなく、同じ街の隣人に持ち上げる。
メシを食って怪我を治して、笑顔で帰って行く来客達。
魔女と亜人種への印象操作は、既に成功しつつある。
神聖教会の出遅れについて言及。
まずは我々が初日、そちらは明日以降という話では。
「末端に話が行き渡っておらず、お騒がせしました」
『良かった。同調頂けて何よりです』
「同じく民を救いたい、信徒の情熱を抑えられなかった様です」
大司教、会話に念話魔法を挟んで来た。
魔法の発動紋が見えない。何か器用な事をやっている。
魔女協会並びに、亜人混成傭兵団『黒鷲団』。
神聖教会とは反目が無かったとは言わないが。
しかし市民の生活を守る為、協力も吝かではない。
と、亜人種の部分も強調して市民に宣言する。
あちらにも信徒を抑える方便があるのだろうが。
対等の立場からの依頼、というスタンスは維持したい。
『す、少しお待ちを』
念話で口を挟んで来る大司教。何か問題が?
『今尚、神聖教会内部には、亜人排斥の動きがあります。
対等だと主張したとて、少なからぬ不興を買いましょう。
雌伏に徹し、服従の威を示すのです。
亜人種は排斥の対象ではなく、優れた臣下たり得る、と。
今は機を伺うのが上策、ではないかと』
雌伏、と口にするのは簡単だが。
既に長い長い雌伏の時だ。
いつまで伏していたらいい。
今苦しんでいる子供が居る。
亜人種の拠り所が要る。早急に。
大体……そもそもは、神聖教会の教義だ。
神はまず、自分達に似せて人間を作った。
だから人間は亜人種より偉いのだと。
『それは誤解です。差別が目的ではなかった。
かつて魔族と亜人種による、力の支配があったのです。
神聖教会は亜人種より非力な人間種を守る為に』
だとして、そいつが曲解されている。
亜人種は虐めても良いみたいに言われる。
弱いのは、もっと弱い奴を虐げていい理由になるのか。
現実に、子供達に石が飛んで来る。
いつまで耐えればいい。
『……半分人間で全部子供、でしたね。
まったく、耳の痛い事を仰る。
分かりました。ここは折れましょう。
ただ、本部の石頭共を言い包めないと。
何か知恵を借りるかも知れません』
「ハインたん! 患者!」
シャンタルの声で我に返った。
また患者が担ぎ込まれている。
「お忙しい様ですね。またの機会を設けるとしましょう」
『亜人差別の件、こちらでも手を考えてみます。では』
神殿騎士達を伴って大司教が帰途へ。
武力衝突を避け、魔女と亜人種の地位は向上する。
そんな目的は概ね達した感があるのだが。
しかし患者が途切れんな……魔力や持久力が持つか。
まあ、途中で投げ出すワケにもいかんか。
俺達は再び治療に戻る。
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