黒鷲の旅団
13日目(10)バイオテロ未遂事件
「ひっ……ひぐっ……ごめんなさい……ごめんなさい」
蹲っていたのはリータと名乗る少女。
夕食を待っている途中で漏らしてしまった様だ。
ずっと我慢して? 食いっ逸れるのが心配だったろうか。
「何だよ、ウンコぐらいで泣くなよー」
「うんちはみんな出るんだよ。大丈夫だよ」
マルカとマリナがリータの手を引いてトイレへ。
イェンナは着替えを借りに、魔女達の所へ行ってくれた。
「ぎゃはは!」「ウンコ女〜」
「こら、あんた達!」
笑う少年達をトゥーリカが咎める。
この機を逃したら、と考えた場合。
リータに対して浮かぶのは、侮蔑ではなく同情だろう。
やっぱりこの少年ら、あまり切羽詰まってない様な。
身請け元とやらには俺も顔を合わせるよう。
そうだ、リュシー達にも付き添うべきだっただろうか。
「ふあーう!」
「ああっちゃあ〜、こっちもだ!」
リータの連れ、妹?のラケル。失禁。
見た目より言動が幼いのが少し気になる。
診断……幼児退行だと。
虐待を受けていたのかも知れない。
対応役を名乗り出るのはティルアとテルーザ。
すまん。頼めるか。
それとイェンナに通信。着替えの追加を。
俺は洗浄魔法、消臭魔法。後始末に掛かろう。
「やあやあやあ、そちらが出資者さんかな?」
糞便を魔法で処理していた所に、来客。
リュシーとジョゼを連れた男。娼館の主か。
連れて来た魔女達の顔に、警戒と憎悪の色が浮かんでいる。
“元”娼館の主ウォッシュバーン。
戦災で店が潰れ、用心棒や店の女達と放浪中。
一見、優男。長髪の爽やかな青年なのだが。
素性を知っていると、その爽やかさが気持ち悪い。
持参したのは身柄の譲渡証明書。
借金の形に、物品扱いか。
それでも手放してくれるだけマシだろう。
証明書を受け取ろう……とすると。
その気持ち悪い好青年、俺の肩に手を回して言う。
「あと3人、チビと痩せっぽちを買ってくれないかなぁ〜。
お店の再建資金が、ちょ〜っと足りなくてさ。
お気に入りは残してるんだ。絶世の美女が2人。
お店に来たらサービスするから、どうだぁ〜い?」
サービスは別に要らんけれども。
……まあ、1人頭100万で良ければ。
と、そんな展開は予想済みか。
革袋を担いだ屈強な用心棒が3人、姿を現す。
ウォッシュバーンは追加の金を頂いて。
魔女協会のロビーに皮袋を転がして行った。
袋の中身は……譲渡対象とされた女達か。
「あんなのに金渡す事無いのにさ!」
「言ってくれたらブッ殺してやるわよ?」
不満げに言うのはカーチャとヘルヴィ。
俺自身、ぶん殴るぐらいは考えたが。
先に奴隷制を無くさないと、こっちが犯罪者だ。
チビことダヌシェ、痩せっぽちのヘッダとビーチェ。
革袋から出してやるが、体調が悪そうなので、診断……
診断、結果……が、これ、マズイ。
みんな下がって。ドアと窓閉めて。
通信。マルカ、イェンナ、サンドラ、まだ戻るな。
解毒、浄化、抗血清、治癒、浄血、抵抗魔法。
抗生魔法アンチバイオティック……ダメか。
衰弱からの合併症は幾つか抑えれたと思うが、根本。
ウイルス性の症状に抗生物質の類は効かない。
えー、何だ、何が要る。抗体……免疫とか?
防御系から免疫は作れないか。
節制疫病、減退、解毒、中和、防御、抵抗。
免疫魔法イミュニティ。診断は。効果あり。
治療法を魔法化して、患者に投与。
再度診断。どうにか処置済みの表示を得る。
一命は取り留め……しかし、まだ衰弱している。
まだ処置を続けないと。
「ちょ、これっ……天然痘、だった……?」
駆け付けたシャンタルが蒼い顔。
彼女も診断スキル持ち、気付いたか。
天然痘。20世紀に根絶されたとされる感染症。
中世文化レベルの魔法世界では残っているらしい。
飛沫・接触で感染し、致死率は5割程度と高い。
あのイケメン野郎、バイオテロとは良い度胸だ。
知ってか知らずかは微妙な所だが。
このテロは未遂に終わらせよう。
患者を休ませる。
他にも接触した者には免疫の魔法を。
館内や敷地内も浄化した方が良い。
シャンタルにも抗生魔法、免疫魔法を伝授。
まだ理屈は分からん様だが、有効なのは信じてくれた。
浄化・解毒持ちのマリナやペトリナも手を貸して。
リュシーとジョゼに責任は無い。謝らなくて良い。
急ぎサンドラ達を呼び戻す。
入り口に居るならウォッシュバーン達とすれ違ったハズだ。
フィリッパが渋ってる? 誰か迎えをやる。
「あれ、あいつらは?」
「金持って逃げたんだ!」
ツェンタとフレヤが声を上げる。
ドサクサで少年3人が消えた。
ああ、くそ、こんな時に。
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