黒鷲の旅団 >14日目(17)孤独の蟲毒


黒鷲の旅団
14日目(17)孤独の蟲毒

「やっぱりマリナだ。目元がベラに似ている。
 元気だったか。母さんはどこに」

「あ、ちょ、ちょっと待って。何がどうなって?」

 父親とは言えアンデッドに詰め寄られる。
 マリナ、拒否まで行かずとも困惑気味。
 父クラウスさん、骸骨なりにどこかションボリ。
 あー、うん、逃げたりしないから、落ち着いて。
 順を追って説明してください。

 まず俺がベラさんから聞いた範囲だが。
 商売が上手く行かず冒険者になったんだと。

 で、クラウスさんが言う事には。
 マリナが小さい頃、借金が膨らんで危ぶまれた。
 危険な依頼、ソルヴェーグ討伐に参加。
 見事返り討ちに遭い、パーティ全滅。帰らぬ人に。

 何故、撤退を選ばなかったか。
 死んだ冒険者の遺族には、一定の死亡保険が下りる?
 事情を聴いたソルヴェーグも、説得したのだが。
 自殺同然の特攻の末、止める間も無く死亡。
 妻子の為とはいえ、無茶な事を……

 残された妻子については……まあ、何とか。
 ベラさんとマリナで少しずつ借金を返している。
 友達のカンパもあって、利息の返済期限を凌いでいる。

 マリナは子供冒険者隊、弓兵チームの隊長さん。
 冒険者等級は今、赤銅等級だったか。
 クラウスさんは2つ下の黒鉄等級。
 父さんより立派になってと、感慨深げな声。

「しかし、マリナまで冒険者に。
 父さんが頼りないばかりに……ゴメンな」

「大丈夫だよ。サイクロプスなんか1発だよ。
 みんなも居るし……あっ、紹介させて」

 自慢げに弓兵隊員を紹介するマリナ。
 他の隊の子も自己紹介に出向いて来る。
 暫く賑やかな遣り取りが続きそうだ。

 ソルヴェーグ、意見交換は明日で良いだろうか。
 実演するなら魔力も回復してからの方が良い。
 今は再会した親子の団欒を許してやってくれ。
 寿命も無いので構わない、とソルヴェーグ。
 クラウス氏についても見守る様子。思う所があるらしい。

「あれ、どしたぁー?」
「アンヌちゃん、元気無い?」

 振り返ったのはマルカとフェドラ。
 アンヌは少し離れた所で座っていた。
 どこか寂しそうに見える。

「あっ、だ、大丈夫だから!
 ほら、行った行った!」

 マルカとフェドラをマリナの方に追い返して。
 しかしアンヌ、俺を隣へと手招きする。
 何か物言いたげなので、まあ、聞こうか。

「あんた、蟲毒って聞いた事ある?」

 唐突に物騒な。蟲毒というと、アレか。
 虫や何かを殺し合わせて、強力な毒を作るんだったか。
 そこにアンヌの『A−』が絡んで来るのだと。

 評価値。言い換えると、各パラメータの成長係数。
 レベル1つに対してパラメータがどれだけか、の指標。
 戦闘の他、身体能力、知力、魔力、各種技能。
 これとレベルが合わさって、現在の基礎パラメータが決まる。

 例えばサンドラちゃんはレベル1つに魔力2だったか。
 魔力評価がFぐらい、に当たるのだとアンヌ。
 これは生まれた時から才能として、ほぼ固定らしい。
 それでも伸ばすとしたら、同格以上と競って磨くしかない。
 特に戦闘系は、戦って、殺し合う必要が出て来る。

 大勢の側室、魔族の出産サイクルの早さ。
 子沢山の魔王様だが、出来の悪い子供も少なからず。
 そこから強者を作り出したかったか何だか。
 一計を講じたというのが……蟲毒の儀式?

「もうね、魔王軍式の成人の儀みたいな物だわ。
 ブラン姉みたくSが揃ってないと免除して貰えないの。
 毒の奴と同じよ。閉じ込めて殺し合わせるの」

 曰く、数百人規模で不出来な子供が閉じ込められる。
 ただ1人、生き残った者だけが受け入れられると言われて。
 そして繰り広げられる、魔王の子供達の殺し合い。

 魔物すら居ない無人のダンジョンの中。
 食料も与えられず、兄弟姉妹を殺して食べた。
 気付いたのは、捕食すると相手のスキルを奪える事。
 凌ぎ合いと食らい合いで、素養とスキルが濃縮されて行く。
 生きる為、泣きながら、兄弟姉妹を食らったという。

 酷いな。要らない子供は経験値か。
 よしんばNPCだとしても、そこまで割り切れるのか。

 アンヌは最後、双子の妹デルフィエンヌと残った。
 妹を殺し掛けたが、思い立って命乞いをして。
『まあまあだから許してやる』と言われた。
 しかしエンヌを殺していれば戦闘評価はA+だったろうと。
 だから自分は『まあまあ』止まりなんだという。

「死にたくないって、ユッタ達ぐらいのを何人も殺したわ。
 今日勝てた半分は、その犠牲になった子達のお陰。
 それを思い出して、あの輪に入って行けなくなって。
 そうか、これが『ウシロメタイ』なんだわ。
 ふふ、あんた達と居ると人間研究が捗るわね」

 言い終わらない内にもう、涙声で。
 俺はアンヌを抱き寄せて頭を撫でる。
 お前のせいじゃないよ。お前のせいじゃない。

「うん……うん、ごめんね。
 あの骸骨おじさんだって、子供の為に死んだのに。
 あんたが父上なら良かったのに」



前へトップへ次へ