黒鷲の旅団
15日目(15)ジャムの先の未来で
「待ってくれ! 私は本気だ!
どうか、どうか私の愛を……!」
「残念。また買ってくださいまし……あんっ」
現実サイド。車の外のカシューさん。
身を翻す彼女に、相手の男は追いすがって手を掴んだ。
俺は車のドアを開けて、銃口を男に向けた。
「くっ、護衛風情が! ええい、殺せ!
彼女が私の物にならんのなら、いっそ……!」
あー……落ち着け。
気持ちは分かる。分かるけれども。
金を振り込んだ時点で規約を読んだだろう。
ルールはルールだ。守って欲しい。
あんたの気持ちは、その、痛いほど分かるから。
あんただけじゃないから。ほら、落ち着いてな。
カシューさんを後部座席へ押し込んで。
銃を降ろして宥めると、男は肩を落として溜息1つ。
車を出す頃には、幾分落ち着いたのだろう。
サイドミラーには、寂しげに笑って手を振る姿が映る。
カシューさんは少し愛想を返した様子なのだが。
相手の姿が見えなくなるや、もう着替えに取り掛かる。
娼婦然とした服を脱ぎ棄てて、次はステージ衣装。
どっちが副業だかアイドル兼業高級娼婦。
今度はバーでライブだという。
忙しいだろうが、そっけなくもあり。
男をあしらうなんて、もう慣れた物か?
「まあ、慣れただなんて。
貴方こそ、言い包めるのがお上手ですこと。
彼に同情なさいまして?
ハーちゃんも、わたくしに未練が……なんて」
どうだかな。弾代をケチっただけかも知れん。
「あん、ツレナイんだから。
それとも素直じゃないだけかしら」
ふふふと笑うカシューさん。
余裕たっぷりなのは良いが、手が止まってるぞ。
少し話すだけで、そんな嬉しそうな顔をしないでくれ。
本日の仕事はカシューさんの護衛だ。
そもそもは話を聞きたいと出向いてみたのだが。
ついでだからと、仕事を押し付けられてしまった。
「でも、久しぶりね。あの時みたい。
ハーちゃんに手を引かれて、悪い男から逃げて。
まあ、今度の彼は、そう悪い男ではなかったですけれど」
あの時……あの時、か。
俺とカシューさんが出会ったのは少年少女時代。
今は無きマフィア監修、殺人ムービーの撮影現場だった。
主演はカシューさんと、誰か身なりの悪い男。
それぞれマフィアに借金があって、殺される流れに。
しかし、ただ殺したのでは金の回収が出来ない。
で、裏業界向けにヤバい動画を作って売る、だったか。
カシューさんは何も知らされず連れて来られて。
男の方には、彼女を犯して嬲って殺せとだけ。
俺は事が済んだら男の方を殺す役に雇われた。
俺は俺で、あとで沈められる運命だったか分からない。
ただ、カシューさんが殺される所までは筋書きを聞いて。
親父に虐待されていた姉貴に、その姿が被った物だ。
気に食わないから、ぶち壊してやろうと思った。
撮影の途中に乱入して、男を殺して。
マフィア連中も3人だったか、殺して。
殺してと泣きながら、銃口を口に突っ込む彼女。
詰め寄られるまま引き金を引いて、がちん。
弾詰まりだった。一生分の運を使い果たした気がした。
彼女にとってのそれは、良い思い出だったのだろうか。
途絶えたハズの未来が急に拓けた様な。
対して俺は……どうだろう。分からん。
カシューさんを隣人に据えた暮らし。
どこか楽しくもあり、気苦労も絶えず、だ。
守る物を抱えて殺し屋稼業。難しいのを思い知った。
心配させているという事実が、次第に俺をすり減らす。
俺に対する報復が彼女に向くのも、耐え難く恐ろしかった。
あの時ジャムった弾丸は、俺のメンタルでも撃ち抜いたのか。
それでも数年。10年は行かなかったと思うが。
続いたといえば続いた方で。
俺も幸福感が無きにしも非ず、だったのだろう。
しかし、だからこそ、彼女が男を連れ込んだ時。
他の男が出来たのなら、それも良いだろうと身を引いた。
あと2年早くフィロに出会っていたら。
殺し屋から企業の傭兵に転業していたら。
何かしら違っただろうが……まあ、今更だ。
ゲーム世界について少し。
カシューさんがアンヌの母親なのは間違いないらしい。
いや、そんな気はしていたんだ。
イーディスとアンヌが少し似ているから。
蟲毒の儀に反対して、魔王様と別居中。
イーディスの傍にいる事に、魔王軍の思惑は無い。
ただ、残して来た子供達に対して後ろめたい様だ。
やがてライブ会場、マフィア傘下のバーに到着。
何でもマフィア重役の娘が彼女の大ファンらしい。
彼女の身柄を1時間5千万で買ったとか。
身の破滅を招くレベルの親馬鹿だな。
「ハーちゃんたら、生ストリップでも反応薄いなんて。
ちょっと自信無くしちゃいますわ。はい、これ」
言いながら、車を降りるカシューさん。
さりげなく脱いだパンツを握らせて来るな。
あんたは俺をどうしたいんだ。
脱いだ服はクリーニングに出して、後で自宅に送っておく。
「あっ、カシューさんだ!」
件の娘さんかな。少女が1人駆け寄って来た。
しかし俺の方を見て立ち止まる。
「ほっこりおじさん?」
……んん?
もしや、お嬢さんは動画の人か?
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