黒鷲の旅団
16日目(15)越境のゴースト
「ごめんねー。寝てたでしょうにー」
現実サイド、夜半過ぎ。本社技術部から呼び出しがあった。
何だか知らんが、俺の見解が聞きたいと言う。
医者にして技術者のウィンディに案内され、ラボに向かう。
しかし、傭兵の俺に何が聞きたいのか。
傭兵。現代兵士。長生きするつもりなら学も要る。
腕っぷしだけ強ければ良いという物ではない。
脳筋なんて銃弾一発で死ぬ世の中だ。
基礎鍛錬は勿論だが、もっと工夫が要る。
敵はどこから来る。地理、用兵学。
狙いは何だ。経済学。流通知識。演算技能。
どう攻め崩す。戦術。戦略。化学。物理学。電子戦知識。
退かせるとしたら。心理学。気象条件。
一瞬の閃きが生死を分かつ戦場。
何が役に立つか分からん。が、だからこそ。
生き残りたい奴は自己研鑽に励む。
それは筋肉・身体鍛錬に限った話ではない。
むしろ、身体能力を義体で補える世の中になったからこそ。
それを活かす知識こそを求める者は、少なくないだろう。
だが、技術屋に求められる知識は毛色が違う。
俺達傭兵は多角的で、時に深さよりも広さを求められる。
対して、連中はもっと先進的で特化的、専門的だ。
彼ら彼女らは特化し過ぎていて。
ともすれば、一般的な感性が欠けている。
開発品について、使用感や不具合など。
使い手側がどう思うか。そんな感想を求められる事はある。
しかし、夜半過ぎ。何か緊急事態か。
他に夜勤で出向いていた奴は居たハズだ。
そこへ来て、俺を指名した理由は何だ。
「まずは来たか」
「よう。こいつを見て欲しいんだ」
ラボには研究者の他、グレッグやサナトスの姿もある。
一般の感性や戦闘知識なら、彼らで事足りそうな物だが。
見てみろ、という事なので、見てみよう。
奥の一室。やや暗い部屋の中、光で照らされた椅子。
椅子に掛けているのは義体。いや、アンドロイドか。
機械で出来た人造人間の類だ。
人間程の精度は無いが、人手不足で手を借りる事もある。
製造途中なのか、機械部分が剥き出しで。
しかし、これは稼働しているのか?
人の目に当たるセンサー部分、光点が激しく動いている。
両肩を抱いて、どこか怯えた様子にも見えるが……
部屋に踏み入って見ると、こちらを認識した様だ。
縋り付いて来るアンドロイド兵士。
「あ、あっ……助けて……」
尋常ではない様子に、俺は思わず後ずさってしまう。
アンドロイドは手を引っ込めた。
どこか悲しそうな仕草にも見える。
どういう状態だ?
これを俺に見せてどうしろと。
様子を見ていると、アンドロイドは蹲る。
涙を流す機能は無いが、泣いているかの様に声を震わせる。
「怖いよ。寒いよ。息が出来ない。
何も感覚が無いんだ。誰か助けて。
助けて、パパ、ママ……ジルケお姉ちゃん」
ジルケ……お姉ちゃん、だと。
じゃあ、お前は。お前、まさかヨルクなのか?
ハッとした様子で顔を上げるアンドロイド。
凄い勢いで詰め寄って来て、押し倒される。
分かった、分かったから落ち着け! 痛い痛い!
お前は今、全身義体……って分からんか。
とにかく凄い力持ちになっているんだ。
「おじさん……お兄さん? おじさん……?」
ああ、そうだよ。黒鷲の、揚げたイモのおじさんだ。
ヨルクだな。大丈夫だ。助けるから落ち着いてな。
サナトス達はどこで気付いた。黒鷲が何とか口走ったか。
移植準備。こいつの電脳を有機義体へ移し替えたい。
魂が乗り移っただ何だは、ちょっと信じられないが。
それでも脳が脳として機能しているのなら。
有機的な義体パーツなら、体温や触覚が機能するハズだ。
とりあえず、人工心肺を接続して貰う。
機械に意味は無いハズだが、それでも吸気をして。
ヨルクは幾分落ち着いた様だった。
ヨルクから状況を聞かれるが、俺にもよく分からん。
しかし、そうだ。ブラウザ上のアンゼさん達。
他にも知っている顔を見れば安心するだろうか。
ヨルクは一旦、俺の部屋で預かる事にする。
技術屋連中も興味を持ったらしく。
必要なパーツの手配は明日にでも。
いや、今から取りに行こうという声も上がる。
遠からず、ヨルクは新しい身体を手に入れるだろう。
ヨルクは必ず助ける……として。
一体、何が起きているんだ?
向こうの世界に人を送りたいんじゃなかったのか。
何で向こうから、それも死んだ人間が出て来ている。
それも、アンドロイドの電脳に。
乗り移れる身体があれば、あちらの世界から出て来られる?
送りたいんじゃなくて、呼び出したい、出て来たいのか。
首謀者は誰で、どちら側の……
まあいい。まずはヨルクだ。ヨルクを助けよう。
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