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黒鷲の旅団
17日目(2)馬商人と恋心

「お馬さんだ!」
「大きいねー」

 馬を見上げるマリナとペトリナ。ユッタにフィリッパ。
 手の空いた子を連れて、馬商人の所に来ていた。
 首都南東部、街外れの広い敷地。柵で囲いが作ってある。
 馬車馬から競走馬と、神人相手に手広くやっているらしい。

 子供向けならとポニーを勧められるが、違うかな。
 子馬では、まず銃声に驚いてしまうだろうし。
 遠射主体に突破力は無くとも、機動力は必要だ。
 大人の軍馬を。訓練された軍馬をお願いします。

「ああー、そうそう、黒鷲団の皆さんでしたな。
 おい、見せてやんな。出し惜しみすんなよ?」

 馬商人ゴドフレードに促されて、お弟子さんか。
 馬飼いの青年フェリクスが、マリナ達の案内をする。

「勝手やんなよ? 危ないからな」
「こら、フェリクス! 相手は上客だぞ」

 フェリクスを咎めるゴドフレードだが、いい。
 最初に危険を教えて貰った方がいい。

 ゴドフレード、俺に向かって手揉み手揉み。
 フェリクスを振り返ってはハラハラヤキモキ。
 大口の客、儲けのチャンス。何よりお金が大事。
 分かり易いオッサンで、いっそ好感が持てる。

 他方、フェリクスは生真面目な青年らしく。
 馬の操り方について、厳しく指導。
 マリナとペトリナは少し怖がっている。

 フィリッパは……ああー、泣いちゃったか。
 パパっと動いた彼女に、近くの馬が動揺。
 嘶く馬に自分も驚いてしまった。

「こぉら、フェリクス!」
「だって親方、こいつが急に」
「だってじゃないし、コイツじゃないだろ!」

 ゴドフレードがフェリクスに拳骨を落とす。
 親方さん、何も殴らんで良いから。
 まずは馬を落ち着かせてくれ。

 馬は賢い生き物だという。
 子供達の怯えを察知して、感染してしまったのだろう。
 フィリッパ、よしよし。怖くない怖くない。

 馬なんて要らない、と言い出すが。
 父さん母さんを探しに行くんだろう。
 お馬さんが居た方が遠くまで探しに行ける。

 フィリッパは躊躇いがちに頷いて。
 歩み出ると、馬の方が擦り寄って来た。
 頭を下げ、どこか低姿勢。
 馬の方も気を使ってくれた様だ。
 一悶着を乗り越えた分、良い相棒になるかも知れん。

「だから貴族の相手は嫌なんだ」

 親方に殴られて不満げ、口を尖らせるフェリクス。
 貴族との因果関係は分からんけれども。
 何か嫌な思い出でもあったのだろう。
 フィリッパも怖がった事を謝るのだが。
 フェリクスは手振りで素っ気無くあしらう。

 ゴドフレード陳謝。打ち首は勘弁してやって欲しいと。
 そういや俺も貴族か。叙勲されたんだった。
 どうも自覚が足りなくていかん。
 首は要らないから、なるべく良い馬を貰おうかな……

 フェリクスは馬の世話に戻る様子。
 飼い葉の桶を手に取って、

「おじさまー!」

 かぽーん。桶が地面に転げ落ちた。
 駆けて来たのはレーネ。
 引っ越しの作業が終わったらしい。

「馬を買うんですよね。私も見たいです」
「あ、あ……はい。こ、こっ、こちらへ、どうぞ」

 美少女感の漂うレーネに、照れた様子のフェリクス青年。
 ギクシャク。ドギマギ。シドロモドロ。
 多分、一目惚れか、それに近い何か。
 分かり易い青年で、いっそ好感が持てるけれども。
 その態度急変に、ユッタ達のほっぺはプックプクだ。

「レーネちゃんは私のだもん……」

 ん? ペトリナちゃん?

「あっ! 今のナシ! 変な意味じゃなくて!」

 変な意味って何だ。友達を取られた嫉妬じゃなくて?
 わざわざ否定されると気持ちがザワザワするんだが。

 同性間の恋心、なんだろうか。
 当人達が互いに同意なら、俺が口を出す事じゃない。
 レーネはカッコいいし、憧れぐらいはあるだろう。

 ただ、そもそも恋愛が恋愛と分かっているか分からん。
 心の貧しい社会、大人になる事を急かされる子供達。

 時間を掛けて、自分の気持ちを整理する。
 その、掛ける時間を提供出来るかは俺の課題だな。
 戦争で、貧困で、差別に追いやられて。
 死んで行った子供達には、その機会すら無かった。

 何やらレーネに熱を上げているフェリクス。
 同じくレーネに熱を上げている?ペトリナ。
 他方、レーネの意志は……どうなんだろう。

 俺を慕っているのに気付かないワケではないが。
 恩義。忠誠心。頼れる大人だから。
 その感情は、善性とはいえ損得の延長線上だ。
 俺に借りがあるだとか、そういうの抜きで。
 子供達には対等な付き合いという物も体験させたい。

 相手の気持ちを慮って。
 でも自分の気持ちも大切にして。
 人生は葛藤と選択の連続だ。

 まあ、急いで無理強いする事でもないだろうか。
 時間はある、というか、俺が作ってやらないと。

 軍馬を40頭購入。800万。
 荷馬4頭と馬車2つ。2400万。
 なるほど値が張る。
 売り手のゴドフレード、ほくほく顔。

 馬を順次、道標へ。
 ポータル機能で自宅の敷地に送る。
 そうだ、厩舎とかも揃えないと。



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