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18日目(8)偽装暗殺事件

「あ、おっ……へへへ、元通りになった?」
「なったなった。この辺は流石よねぇ」

 まずはイェンナの耳を治療した。
 結構深く抉られてしまっていたのだが。
 形成外科魔法、再生治療。リコンストラクト。
 耳の形を元通りにして、他に不調は無いかな。

 次、アンヌ……ほら、隠さない。
 側頭部。結構な深手で、弾丸も抜けていない。
 強がりはユッタを心配させまいと思ってか。

「平気よ。魔人の骨は鋼より硬いんだから」

 平気っても怖いから。

 弾丸は骨の手前で止まっている様で。
 陶酔魔法を麻酔代わりにする。
 浄化付与。指先で触れて、転移魔法で弾丸を摘出。
 治癒、縫合、造血、抗生魔法……処置済みに。
 何か不調、吐き気とか無い? 大丈夫?

「あのっ、それで、どうしたらいいっ!?」

 ユッタ、愛銃を握り締めて声を震わせる。
 恐怖というより、怒り。責任感。
 イェンナとアンヌを負傷させた敵が許せない。
 どうにも一矢報いてやりたい様子。

 気持ちは分かる。分かってる。
 ただ、焦らず準備をしよう。
 これ以上、相手に手柄をくれてやる理由は無い。

 まず、状況はどうなっているか。
 屋敷の屋根を見上げると、ジュス姉さんの背中が見えた。

「どーだ、卑怯者!
 悔しかったら当ててみろー!」

 屋根の上に陣取ったジュス姉さんが投石で反撃中。
 魔人の怪力は石ころを1km先にも飛ばす。
 魔人の目は1km先のマズルフラッシュを見逃さない。
 来ると分かれば縮地で躱せる。

 敵方も遮蔽を利用して、上手く防いでいる様子。
 戦況としては拮抗している様だ。

 拮抗しているのは良いとして……
 相手の狙いがよく分からんな。
 亜人差別、人命軽視。あるいは俺に対する何か。
 まあ、捕らえてみない事には。

 狙撃手だろうに、反撃を受けて移動しないのも分からん。
 1km先の子供の頭を狙って来る様な腕前で。
 しかし狙撃手のセオリーは無視するのか。
 余程、近接戦闘にも自信があるのだろうか。
 他に何か、動けない、動きたくない理由が?

 ばちゅん。どこん。しゅどっ。
 結構痛そうな音が反響している。
 魔人の投石。対物火器程の破壊力。
 しかし廃教会が壊れる様子は無い。

「多分ありゃあ、ランドマークっすわ」

 イェルマインの言。ランドマーク。
 唯人が作ったシンボル的な建造物の事らしく。
 神の加護が宿った、ある種の非破壊オブジェクト。
 風化はしても破壊は出来ないという。
 ともすれば、敵方の自信の元か。絶対防壁。

 少しバラけて隠れた子供達に通信魔法、マルチコネクト。
 反撃に移るべく、狙撃戦の指南を始めよう。

 狙撃の心得、第1。えー……相手より先に見つける。
 ここがもう失敗しているワケなんだが。
 ここから巻き返しつつ、対策や反省点を挙げていく。

 反省点、まず1つ。俺の警戒が甘かった。
 街に入る前に探知魔法を掛けるべきだった。
 どこに悪党が居るか分かったモンじゃない。
 亜人をハントする悪趣味な差別者にせよ。
 NPC、唯人をハントする悪趣味な神人にせよ、だ。

 さて、標的を見つけたら、頭や急所を狙い撃つ。
 一撃で仕留めて、はい、お終い。
 これが本来の狙撃、一連の流れだ。

 一撃で仕留められないなら、次撃。
 あるいは次が間に合わないと判断して身を隠す。
 仕留められるのに仕留めないなら、油断が過ぎる。
 相手が反撃出来ないのなら、さっさと次を撃つ。
 反撃出来ない『と思っている』なら、その考えは捨てよう。

 今回、相手の配置はこちらよりも高所。
 高所は標的を狙い易く、反撃をガードし易い。
 こちらが撃つ場合も狙い所ではある。

 しかし高台にばかり固執してはならない。
 例えば、敵味方の間にある高所に先に辿り着いた。
 俺だったら、敵の狙撃手が来るのを見越して罠を張る。
 上手に撃つだけが遠距離戦じゃない。

 次。留意点。周辺環境への配慮。
 何も親切で言っているんじゃない。
 公子公女の屋敷へ向けての発砲。
 標的が彼らでないにしても、不評を買うだろう。
 市街地を巻き込んでは迷惑の声も上がる。
 戦いに勝っても負けても、後の生活に支障が出る。

 こいつを踏まえて、もう一押しだ。
 銃で撃ち返すだけが対狙撃戦でもない。
 可能な限り、相手の射程外から。
 まずは情報で狙撃。徐々に追い詰めて行こう。

 最初は魔女と子供達、リュドミラの輪に向けての発砲だった。
 公子公女に協力をお願いします。
 今回の件、公的に『リュドミラ公女暗殺未遂事件』とする。
 実際、一歩動いた所に当たっていたかも知れない。

「異論は無いよ。状況証拠もあるし。
 危ない人には早く捕まって欲しいからね。
 憲兵隊に連絡を。皆も口裏を合わせる様に」

 ヴィンフリードから護衛の騎士達に通達。

 これで敵方は国家の反逆者。
 逆に俺達は治安維持活動の協力だ。
 街中でブッ放しても咎めを受けない。

 さて、次は物理的な攻撃に移ろうか。
 ユッタ、うずうずしているな。
 焦らないで。しっかり準備しよう。
 出番は作ってやる。手酷いのを一発くれてやろう。



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