黒鷲の旅団
18日目(12)憂鬱のダイダロス
「あー、まあ……上がってくれ」
錬金術師協会所属、ダイダロスに面会する。
溶鉱魔法は錬金術師協会の手札の1つ、と聞いていた。
やっぱり魔術師ギルドじゃなくてこっちだったか。
私室に通されるのは、少なからず後ろめたいのか。
あるいは騒がれると不都合でもあるのだろう。
言わば誘拐事件の被害者が会いに来たワケだ。
錬金術師協会、誘拐は非推奨と見える。
こちらの用向きは、知人の娘が攫われた件。
誘拐組織と繋ぎを取ってくれる、という話だったと思う。
それと、暗黒舞踏会なる組織について情報が無いか。
ダイダロス曰く、暗黒舞踏会。
これは組織ではなく社交界といった意味合いらしい。
組織同士の交流の場、であって、組織その物ではない。
ラタトスクは新参で、よく理解していなかったのだろう。
大陸全土に根を張っていて、根絶も難しい。
検挙に当たったとして、支部を移転させるのがせいぜいか。
まあ、やらないよりはマシかも知れない。
続いて、ロベルティナお嬢さんの誘拐について。
身代金の要求などは来ていない。
怪物ひしめく峠を越えて、ストーカーの類が来るとも思えない。
一目惚れで攫った、でもなければ、人身売買目的だろう。
ロベルティナ嬢の特徴について。
頭は赤毛の三つ編みで、背丈は俺の胸ぐらいまで。
可愛げはあるが、外見的には平凡寄りな娘だ。
家柄は商家、中層から上層といった所だろうか。
奴隷を3人連れた家族で、羽振りは良さそうだった。
護衛にレベル50〜60程度の奴隷剣闘士が3人。
こいつらの警護を破って、白昼堂々攫われた。
ダイダロスは話を聞きながら、ストレージから書類を出す。
催しの案内や依頼書を纏めたクリップボード。
内容は暗黒舞踏会の広報みたいな物か。
神人向け仕様で、魔法仕掛け。
中身のウインドウ表示、検索も掛けられるらしい。
「誰でも良かったなら、わざわざ護衛付きを狙わない。
誘拐依頼の要件に合致したか……ああ、幾つかあるな」
誘拐、奴隷調達の依頼。
こなれたのは飽きたから初々しい奴隷が欲しいだとか。
悪魔召喚の生贄用に生娘が欲しいだとか。
程度は違えど、内容がロクでもないのはどれも同じだ。
とは言え確かに、条件に合致しそうなのが何件かある。
お嬢様を納品しようとしている奴が居ても不思議は無い。
あと……この、適当な若い娘を5人、って依頼は何だ。
「そいつは、あれだ。娼館でも建てるのか。
でなきゃ奴隷商のオークション用かな。
目玉商品とは別に、前座でも欲しいんだろう」
オークションに奴隷の出品があるのか。
条件に合わせた誘拐なら、依頼人に引き渡される。
しかし、例えば納品が被って不要になったりとか。
あるいは後になって金が足りなくなっただとか。
依頼が立ち消えになって、しかし誘拐された相手は残る。
そういう余った獲物がまたオークションに流される。
お嬢様はどちらか。両方想定するべきだな。
監禁場所を探す、というのも一手だとして。
あとは受付で引き取りに来る奴を待ち、接触、交渉を図る。
オークションで出品を待つ。可能なら競り落とす。
ダメなら強奪と逃走。魔人姉妹の助けが要るだろうか。
幸い、暗黒舞踏会の入り口は夜間のみ開かれる。
足が付き易いのを理由に出入りを制限しているらしい。
事務方の出動から手続きから、日が落ちてから。
まあ、勤勉にやる様な事業でもないんだろう。
それまで外部に連れ出される可能性は低い。
準備をする時間はある、か。
ちなみに、入り方は……3人分の紹介状が要る。
1枚はダイダロスが用意してくれる様だ。
ありがとう。大いに参考になった。
以前ユッタとマリナを攫おうとした件、簡単には流せないが。
今回の件については有力な情報源だった。
友好とは行かないまでも、休戦を保つ意味はあるだろう。
「そう言ってくれると助かるよ。
俺もそっちの伝手を頼るかも知れない。
ああ、交渉は自分でやる。取り次ぎだけでも、さ」
表社会の伝手を頼る。
というと、ダイダロスは足を洗いたいのか。
曰く、彼は元は剣士だったという。
ゲームとは言え異世界転生。
無双めいた活躍なんかを夢想して。
しかし似た様な転生者、神人がぞろぞろ、だ。
剣の道に行き詰って、追い抜かれ、置いてけぼり。
違う道をと錬金術。これもなかなか実を結ばない。
思う様に名声を得られず、燻って、やさぐれて。
うっかり足を踏み外したのが運の尽き。
犯罪の片棒を担ぐ様になって。
後ろ盾と引き換えに、厳しいノルマ、上納金制度。
ソロでぶらぶらしていた方がマシだったという。
「犯罪行為も、スリルよりもリスクが高くてな。
それに、あんたの影響もあるんだ。意識しちまった。
NPCの悲鳴とか、聞いてて段々辛くなって来て……
よし。さあ、こいつが紹介状だ。
ではまた、いつでも訪ねて来たまえ〜」
そういうキャラ作りなのか、最後は気取った態度。
半ば急かされる形でダイダロスの私室を後にした。
「ど、どうだった?
何か分かったかい?」
錬金術師協会を出た途端。
イグナシオ達が駆け寄って来る。
まあ、およその目星は。
手を尽くしてみる。
どうか先走らないでくれ。
準備の上、今夜。
奪還作戦を……潜入作戦と並行して。
何だか頭が痛い構成だな。
ヴィンフリード達を急がせなきゃならんし。
そもそも紹介状は揃うのだろうか。
あとは、彼らの護衛戦力は残さなきゃならんのだ。
もうちょっと手札が欲しいのだが。
イーディス達は隣国の軍。
手を借りると内政干渉になってしまう。
他に手札……陣営に縛られない人材が欲しい。
数人頭に浮かんだが、さて、どれだけ集められるか。
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