黒鷲の旅団
18日目（16）重きはどこに

「い、いやー……なははは」

　なはは、じゃねーよ。

　イェルマインがロベルティナ嬢を見つけた。
　そこは少し裏手の娼館だった。
　来て早々、どこに入り込んでいるんだ。
　お手柄なんだが素直に褒め難いな。

　しかし、直接攫って来て働かせようとは。
　とんでもない娼館があったものだ。

　支配人に聞く所、事の発端は客のニーズに応える為。

　贔屓の上客から、たまには処女が良いだなどと言われて奔走。
　その客というのがどうも、ヤンゴトナキ身分のお方らしく。
　下賤の娘では失礼かと、上流から中層階級の娘を探した。
　次の来訪が近く、焦っていて、つい攫わせてしまったのだと。

　つい、で誘拐すんな。
　ここらの連中はモラルがおかしい。
　相手の男はどこの誰なんだか。

「あ、悪い。俺だった」

　エド兄さん……勘弁してくれ。

　とりあえず、お嬢さんが帰ってくれば良しとしようか。
　下手に騒ぎを起こすと、外に出るのも難しくなる。

　逮捕すべきでは、と、護衛の騎士マクシーネ。
　やめとけ。ここらじゃ俺達の方が部外者だ。

「しかし……それで良いのですか」

　良くは無い、けどな。

　誘拐は犯罪だ、不当だ、金を返せ……と交渉するにせよ。
　決着がつくまで、相手方にお嬢さんを預けておくのも怖い。
　まずは金を払ってでも奪還してしまいたい。

　攫われた、被害者だ、取り返す、の心情は分かるが。
　今回は白状してくれたものの、シラを切られた場合。
　あるいは本当に、誘拐されたと知らずに買っていた場合。
　誘拐被害者だから、は、奴隷の所有権に対抗出来るのか。
　対抗出来るだけの法規は、ルールは整備されているのか。

　ルールが気に入らないから破っちまえ、では犯罪者と同じだ。
　腕づくで取り返したら、力こそ正義の世界だな。

　その上で、挑んで負けたらどうする。
　神人だ、転生者だ、唯人よりは特別だ……なんて言った所で。
　相手も神人で、俺よりベテランだったら、負ける公算もある。
　レオン達を退けた用心棒、その実力は不明のままだ。

　リュドミラから、負けたら後になって金で交渉、という提案。
　無いな。それは無い。逆の立場なら俺だって怒るわ。
　先に力こそ正義としておいて、だろう。
　俺が相手なら、負けた挑戦者にトドメ刺して全部貰う。
　戦えば勝てないのは証明したばかりになるんだ。

　交戦に至ってしまった以上、関係は既に拗れている。
　交渉を持ち掛けるなら、心証を落とす前が良い。

　俺の目的はあくまで、お嬢さんの確実な奪還だ。
　誇りに掛けて危ない橋を渡るのは俺の仕事じゃない。
　正義感だの栄光だのより、子供達の安全が第一だ。

　まだ少し物言いたげな騎士マクシーネ、騎士ジャンナ。
　神人勇者の英雄的な行動を期待していたのだろうか。

　他方、フレスさんやアンヌはどこか得意げで。
　子供を優先したのが期待に沿えたのだろう。
　被害がうちの子だったら、こう冷静だったか分からんけど。

　さて、ロベルティナ嬢の身請けだが。
　娼館の支配人曰く、軽挙だった、金は取らないという。
　ただ、エド兄さんには引き続き、贔屓にして貰いたいのだと。
　悪いと思うなら、もうホント止めてくださいよ？

　ともあれ、ロベルティナ嬢を回収。
　他の誘拐被害者共々、ヴィンフリードの屋敷に搬送しよう。
　搬送は、転移魔法……ん？　転移が効かない？
　エドヴァルト曰く、転移出来るスペースは限られる様だ。
　転移に、外部への通信もか。やり取りが制限されている。

　出入りの制限と監視。探知への阻害。
　犯罪を隠蔽する秘密主義社会だな。
　エドの案内で、フレスさんが被害者達を連れて行く。
　俺達も行こう。子供達と通信、状況を確認したい。

　お嬢様救出は、案外あっさり解決してしまった。
　後はどうしようか。まずはグレッグ達と合流しないと。
　オークションも顔を出して、何人か身請け出来ると良いが。

　店を出て……ん？　アンヌが足を止める。
　彼女の視線を追って、俺はギョッとした。

　一瞬だけ視界に入った、隣の路地。
　魔人と思しき、頭に巻き角を生やした女が３人。
　１人は見た顔だ。確か、静謐のベレンジェリエ。

　他の２人は同派閥の仲間か？
　人類根絶派の魔人が何をやっているのか。
　奴らは基本的に、人間とは交渉しないハズだ。
　裏取引に来たとも思えないが……

　ふっと駆け出そうとするアンヌに念話。
　アンヌ、アンヌ無茶するな。

『あっ、え、でも、あんたも見たでしょう？
　根絶派よ。絶対、何か悪い事になるわ。
　一体、何を……止めないと。
　あんた達の為に言ってるんだから』

　そうだよ。俺達の為だ。
　俺達の中にはお前も入っているんだから。

　追うなとは言わないが、動向を探るまでにしろ。
　子供達の任務を解除して、護衛役のジュス姉を連れて来る。
　ヴァランとベルナも来る。先走るな。

『うっ、わ、分かったけど……そっちも気を付けて。
　その気になれば街ごとブッ飛ばせる奴らよ。
　みんなを逃がすんなら、結構しっかり逃がさないと』

　アンヌが追跡にと駆けて行って。
　俺は通信……いや、一旦外に出ようか。
　多方面に連絡するには、会場制限が不便だ。

　一戦交える事になるのかどうか。
　避難する程度で済めば良いんだが。

　避難、誘導……いや待て。誰を。
　魔人の襲撃から裏社会の連中を守る？
　ここの怪しい連中の為に、アンヌを犠牲にしたくはないが。
　手をこまねいて、ホントに街ごとブッ飛ばされてもな……

　今一度、手札を集め直して。
　さて、足りるのかどうか。