黒鷲の旅団
19日目(3)魔王の怨恨
「凄い凄い。どんな手品を使ったんですか?
いやあ、手品で隠れていたのは僕の方ですが。
看破魔法では同レベル以下の隠密しか見破れない。
僕の隠密魔法は熟練レベル900台なんですが」
親しげに寄って来る魔王フランツペーター・バウアー。
親しげなんだが、気配の禍々しさとのギャップが酷い。
外見の角だの黒マントだのは威圧的だが、そこまで恐怖は無い。
現実より背が伸びて、触手が見え隠れするのも驚く程じゃない。
ただ、その、笑顔。昏い瞳の向こうに言い知れない闇を感じる。
ふと、右手に何かが触れた。
ビクッと反応したそれはジュスの手か。
見ると口をキュッと結んで、明らかに緊張している。
魔王様に解析魔法。レベル……211万、飛んで451。7ケタ。
カンストって言葉はどこへ行ったんだかな。
各種パラメータなどは表示がバグっていて、とても読めない。
読めないけれども、これ。内部的には機能しているだろう。
しかし、ビビってても会話にならん。
鈍感魔法で威圧感をスルー。
ジュスにも掛けてやると、どの辺に驚いたのか二度見された。
会話。うん。まずは種明かししようか。
こちらは看破魔法じゃない。
力比べで暴くよりも、別の手を使った。
魔王様を見つけたのは、本当にたまたまなんだが。
探知、空間、空調、測量、解析、演算魔法より。
派生は気象観測魔法ウェザーゲイズ。
探知、空間、音響、解析、追跡、看破魔法より。
派生は音紋解析魔法パルスサーチ。
隠密魔法は姿、音、熱反応も隠すのだが。
そこに何か存在するのを消せるワケじゃない。
不自然に気流が乱れている。
向こうからの音が、そこだけ遮られる。
中身は暴けなくとも、何か隠れているのは分かる。
範囲を絞ったら、あとは解析魔法だ。
探知には引っ掛からなくとも、こいつは欺けないらしい。
かなり範囲を限定しないと使えないけどな。
「良いですねえ。その、足りない物を工夫で補う感じ。
どうです、満喫してますかあ? 異世界ライフ。
この先、楽しみですねえ。どこまで工夫が通用するのか。
そして通じなくなって、何を失って何を奪われるのか。
僕から子供達を逃がして、安心していませんか?
ダメですよ。危険はどこにでもあるんだから」
工夫したぐらいじゃ、どうにもならん事もあるか。
忠告と思って受け取っておこう。
それで、魔王様が直々に、どうした。
わざわざ不安を煽りに来たワケじゃないだろう。
と、薄笑いを受けべていた魔王ぺーター、はたと停止する。
居住まいを正して、そして頭を下げた。
「まずは謝辞を。うちの娘達に目を掛けて頂いた様です。
ここ10年、序列を覆した子は初めてでした。
軍略のデルフィアンヌと、他にも2人。
静謐のベレンジェリエ、魂縛のアルメリスティーヌ」
アルメ……というのはベレンに担がれていた方だろうかな。
魂縛の、という二つ名。恐らくはネクロマンサーの類。
そうか、アンヌと競って生き残ったんだ。
負けたなりに素養を伸ばしていても不思議は無い、か。
「ま、そんなワケです。
どうでしょう、うちの娘を嫁になんてのは。
そこそこ美人揃いに育てたつもりですよ。
息子になってくれれば、色々こき使い易いですし」
また薄ら笑いに戻っている魔王様。
さっきまでよりは幾分和らいだ暗黒スマイルだが。
早々に、こき使う宣言されてもな……
「ははは、まあまあ、こき使うのは冗談として。
来たるべき神との戦に備えて、ですね。
ハインさんと仲良くしておくのも利がありそうだなと」
本当に俺と仲良くしたい、とすれば。
ひとまず軍を引き上げてくれるのが一番良いんだが。
今回の派兵は、魔王の意思ではないらしい。
現在、首都を攻めているのは主軍1個師団。
規模にして1万匹前後の有象無象、怪異の群れ。
大将は焦土の魔人ジェルヴェリット、とは聞いた名だ。
神銀合金槍を奪われ、挽回を、功を焦ったのだろうか。
同派閥4人の妹を従え、此度こそ陥落せしめると宣言した。
止めるだけの名目を持った者は居なかったと見える。
主軍に魔人が5人。充分に脅威だが。
物見遊山や妨害目的も数人、領内に入り込んだらしい。
魔王様としては姉妹喧嘩推奨。
死なない程度に競い合って素養を磨くも良し。
トドメを刺してレベルを上げる……も、良し?
「戦場に不測の事態は付き物ですよ。
多少の損失は割り切らないと。
ただまあ、あまりバタバタ死なれても勿体無い。
適当な所で仲裁に入りましょう。
主軍から3人脱落を目途に……如何でしょう」
適当に経験値を稼いで引き上げる、か。
侵略に躍起になっている印象は無い。
子供達の研鑽を、戦力強化の道を探っている、かな。
しかし一方で、子供達の犠牲も厭わない。
何がお前を、そんな冷淡にしたんだかな。
俺の問いに、魔王ペーターは空を指差して。
昏い笑みを浮かべたまま言った。
「ある日突然、空からキューブが降って来て。
意味が分からないでしょう?
でも本当に、それが無数に降って来て。
僕の最初の妻子は、目の前で潰れて死にました。
奴らが言うには、救済だそうです」
状況も意味が分からんが。
奴ら。魔王の相対した神だか何だか。
言っている事も意味が分からんな。
「曰く、人間は進歩し続けなければ幸せを感じない。
でも永遠に進歩し続けるのには無理がある。
だから適当な所で文明をリセットする。
また復興して、進歩が始まる。幸せになる、だと。
ふざけてるでしょう。そんな理由で虐殺をする」
最後は少し怒りを秘めた言葉で。
魔王ペーターは踵を返した。
「またお会しいましょう。
今度ゆっくり話を聞かせてください。
貴方の工夫は、きっと僕にも必要な物です」
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