黒鷲の旅団
19日目(10)魔人の沙汰
『おーよちよち。よちよちよち…………何よ』
すまん。邪魔した様だ。
中級?悪魔達5人を降参させて。
アンヌに連絡を取ってみたら、子守中だった。
ぐずっている赤ん坊を抱き上げて、あやしている。
通信映像、こちらの視線に不満げなアンヌ。
馬鹿にして笑ったんじゃない。気を悪くしないでおくれ。
あまり微笑ましいので顔が緩んでしまったんだ。
大人悪魔5人は捕虜に取った。
先の2人は座り込んでいて、続いた2人が昏倒。
残りの1人は腹を上にして服従のポーズ。犬か。
「わ、わんっ……わんん〜っ」
可愛く言ってもダメです。許しません。
あとは周りに子供悪魔が2人ウロウロしている。
この2人は今の所、掛かって来る様子は無い。
子供達に近付けなければ問題無いだろう。
『ん、よーし、ママ交代。ママ交代よー』
この軍略の魔人さん、何かと察しが良いな。
マイナさんに赤ん坊を預け、こちらに向かう様だ。
俺は余興なりに、一応の刺客を屈服させて。
他の兵士はジュス姉さんが追い散らしている。
アルメリスティーヌの隊も前進を再開した。
子供達も遠射を始め、敵陣に魔法付与の矢弾を降らせている。
戦況はやや優勢に傾き……そろそろ動くのだろう。
遠目に見える、奴隷達に担がれた台座の上。
敵将ジェニフェレーヌが立ち上がった。
部下、供回りに指示。槍か杖状の得物を運ばせている。
1つ気になるのは……その得物、どっかで見た槍だな。
昨日、オークションに流すと言っていた奴じゃなかろうか。
同系列の別物かも分からんが、性能も同クラスだと厄介な。
「あの、直して……」
「プチプチしないよ。虐めないよ」
不意に子供悪魔達が奴隷兵を引き摺って来た。
死体。いや、まだ息があるのか。
本戦前での消耗だが……放っておくのもな。
治癒、浄化、止血、造血、縫合魔法で応急処置。
応急処置をしていると、また次を引き摺って来る。
この子らは、俺の足止めをしたいのだろうか。
それにしては真面目くさった顔をしている。
何を説いたでなく、急に心を入れ替えるとも思えんが。
……そうか。ジュス姉さんが怖いから。
他方面。ジュス姉さんが、真っ赤になって怒っている。
真っ赤に……返り血で。奴隷爆弾を食らったのか。
ダメージは無さそうだが、その所業は気に入るまい。
仕返しとばかりに、下位悪魔を引き千切る。
恐怖を煽るのも良いんだが、冷静でないのが良くないな。
ともあれ、その怒りっぷりにビビった子供悪魔達。
俺ないしジュス姉の機嫌を取りたいのだろう。
怖いから言う事を聞く、か。
善人に導くってのは、そういうこっちゃないと思うが。
悪魔式の教育を受けて来た子供達。
意識を変えるには、時間を掛けないと難しい。
ただまあ、ペットやオモチャ扱いだとして。
ペットなりに情を持ってくれたら、少しは違うかも知れない。
何かそういう方向で誘導出来たら。
「ここは音楽が足りないわ」
唐突に響く声と圧力に総毛立つ。
転移? 敵将ジェニフェレーヌが転移して来た?
ジュスやアルメを無視して、こっちに来たか。
「ああっ、ジェニフェ様!」
「どどどどうか、どうかご慈悲を!」
平伏する捕虜悪魔達、見るからに怯えている。
一見温厚そうだが、奴隷達を差し向けての薄ら笑い。
一癖も二癖もあるのは想像に難くない。
「面を上げなさい。ロストハルト、ルーメンディア。
ドンナーベルト、ヘイルバート、シュトルメータ。
それからミストルフとフラムニーナでしたか。
今までよく働いてくれました。褒美をあげましょう」
名前を呼ばれて、子供悪魔がビクッと震えた。
歯が鳴っている者、地に頭を擦り付ける者。
察するに、これは褒美の授与式じゃない。
与えられるのは刑罰か、あるいは死刑の宣告か。
――――グシャッ。
ジェニフェレーヌが手をかざした途端。
長剣使い、ドンナーベルトの頭が無くなった。
「あら失敗。上げる面が無くなってしまった」
「ごっ、ご、ご慈悲を……ぎゃっ!」
「ぎゃいんっ!」「ひいっ! ひいいい!」
「そうだ。良いぞ。歌え。踊れ。悲鳴を上げろ」
本性を現したか、ジェニフェは狂喜の表情。
無様な配下達に与えられるのは流血と苦痛。
次々に、悪魔達の身体に銃創の様な穴が開いて行く。
穴が開く、のは……何だ。何をされている。
解析。分からん。分からんが、速い?
解析範囲を何かの影が走り抜ける。
解析情報を読む前に消える。
これは、高速で通り過ぎているんだ。
僅かな情報を、洞察・看破・鑑定・推論スキルで補う。
食らっている方の傷の診断まで情報の足しにする。
推論……超高レベルの速射念動魔法。
限定された極小範囲を、念動力で捻じ切っている?
対処法が見えた。
そしてジェニフェの手が子供悪魔に向いた時。
俺は反射魔法で割って入る。
流石に反射し切れないが、軌道が逸れて地面が抉れた。
「ふん? おかしな事をする。
この者達が憎くはないの?
私の音楽会に混ぜてやってもよろしいのよ?」
ジェニフェレーヌ……憎い、か。
そうだ。恨みはある。
だからこそ、易々と殺せないな。
俺はまだ、恨み言を言い足りないんだ。
「ふっ、面白い理由を述べる……よろしい。
姉様が来るまで、お前で遊んであげましょう」
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