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黒鷲の旅団
20日目(8)海へ来たけれども

「わ、わあー、港……だあー?」
「す、す、すげー。何にも無いね?」

 ああ、うん、ユッタにイェンナ。
 無理に喜んで見せようとしなくて良いから。

 港町に到着……港、うん、港だが。
 船らしい船は一隻も無い。

「すまん。見ての通りだ」
「せめて旦那が来るまで待たせられりゃあ……」

 ガイゼル隊一同、ションボリ。
 いや、あんた達のせいでも無いだろう。
 依頼したのは護衛であって、その後の見張りじゃない。
 早々に逃げ出すとは想定外だった。

 港町へ案内された元奴隷兵達であったのだが。
 彼らは船を見るや、さっさと故郷へ繰り出してしまった。

 物資搬送用の商船が2つ。
 漁業に使う為の小舟が4つ。
 町の運営が軌道に乗るまでの食糧備蓄。
 これらが全部持ち去られてしまったという。

 このままでは港町として機能しない。
 参ったな。公主に再手配して貰わないと。
 船の代金の立替えも必要か。幾らするのだろう。

 それと、全員居なくなったのでもない様で。
 残されていたのは、母親3人。赤ん坊4人。
 その内の1人は俺の助けた子で、実子じゃない。
 他に子供が男の子4人、女の子5人。
 足手纏いだから置いて行かれたという。

 置いて行かれたショックで落ち込んでいる様子。
 大丈夫だ。支援する。暮らして行ける様にするから。

 それよりも早く帰りたい、という声も。
 故郷に家族が、夫が待っているハズだと。
 焦って帰っても、魔王領に変わりない。
 準備や根回しが必要だと思うのだが。
 しかし、まずは当人達の気持ちを聞いてみよう。

 母親エイレムとハリカ、帰りを待つ夫の所へ帰りたい。
 赤ん坊は男の子のイスメトと、女の子のセリン。
 食料の支援をするので、ひとまず港町に留まって貰う。
 町が成長すれば、船団の遠征も可能になるだろう。
 帰る方法が開けて来ると思うので、どうか焦らないで。

 同じく母親のメルテムは、少し事情が違う。
 夫が傷つき倒れる所を見てしまった。もうダメだと思う。
 赤ん坊を育てたいので、落ち着いた暮らしがしたい。

 メルテムの赤ん坊は夫の忘れ形見、男の子のファリフ。
 それと俺が助けた赤ん坊孤児。女の子のイゼル。
 引き続き任せてしまっても大丈夫か?
 他人事ではないのでと言ってくれる。
 ただ、生活の面倒を見て欲しい……ごもっとも。

 メルテムは農村に移って貰った方が良いかな。
 振り返ればレイニさんが頷く。
 ブシュラさんも任せろと言ってくれた。

 あとは子供達か……

 男の子。セリム、ルステム。
 女の子。アイシェ、エヴレン。
 帰る故郷があり、港町に残留希望。

 男の子。ジェマル、ハシム。
 女の子。デメット、トゥリン、ヒュリヤ。
 帰る所が無い。農村へ移動……

 ん? 何だか物憂げな顔に見える。
 何か心配事があれば聞くぞ?

「あ、あ、あの。村には、教会がありますか?」

 トゥリンから……教会。神聖教会の?
 村は出来たばかりだから、まだ教会は無いな。
 しかし、遅かれ早かれ支部を持って来る可能性はある。

 そっかぁー、と溜息交じりのトゥリン。
 えーどうしよ、と見合わせるジェマルとヒュリヤ。

 何となく察したが……血縁に亜人種が?
 言われてビクッと震えるデメット。
 酷い事しないから。大丈夫だから言ってみて。

 ハシム曰く、自分達は混ざりものだから、と。

 南アフリカからトルコまで、魔王軍に接収されて幾星霜だ。
 人間も、亜人種の大半も家畜扱いらしい。
 結婚だとか、子供を、家庭を作る相手なんて選べない。

 そんな中で生まれ育った子供達。
 自分が何の種族であるかも、よく分かっていない。

 何の種族か。俺もハシムを解析してみるのだが。
 系譜が複雑過ぎて、今は何の血が濃いのだか分からん。
 種族的な血の力が覚醒すれば、方向性が見えるだろうか。
 その為にはレベル上げてみないと、だな。
 大化けするか、人間種と大差無いのか……どうか。

 で、そこへ来て、先日の出兵に当たり。
 魔人や悪魔達から、神聖教会について教えを受けた。
 連中は純粋な人間種以外は差別している。
 捕まっても酷い目に遭うから、死に物狂いで戦えと。

 早く故郷に帰りたい、の理由の1つがコレか。
 神聖教会の支配圏内に居るのが落ち着かないんだ。
 亜人の血を引いていると知れたら、何をされるか。

 連れてく?とカリマが首を傾げる。
 うーん、と悩むのはレーネ。
 男の子を仲間に入れるのは抵抗がある様子。
 まあ、イェルマグ隊とかに相談しても良いだろう。
 希望者については検討する。

 しかし、それ以前の問題として。
 亜人保護区、みたいなのは作れない物だろうか。
 公主やキャスティーナさんに相談してみよう。



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