黒鷲の旅団
20日目(12)水底からの客人
「いや〜、ビール持ってくりゃあ良かったっすな」
ゲソ揚げの切れ端を頬張るイェルマイン。
味付けが完全にツマミになったな。
巨大ゲソを細く切って、油で揚げて。
食感は普通のイカ、ちょっと固めぐらい。
あの巨大イカ、細胞組織は普通のイカと大差無い様だ。
射撃耐性は大きさ・厚さから来ていたと思われる。
海洋性、浮力があるから、それでも生きていられたんだろう。
これが陸の生き物だったら、こうは行くまい。
重力に、自分の重さに耐える為、より屈強さが必要だ。
巨大イノシシとか居たら、筋肉が堅過ぎて食えんかも知れん。
よっぽど煮込んだりしたら分からんけれども。
「積み荷にはエールもあったんですが、残念です」
「いや、ホント美味いっすよ、これ」
「せめて仕返しに、たっぷり食ってやります」
生き残った船長、船員達にもゲソ揚げを振舞った。
彼らは死者こそ出なかった様だが、怪我人が多い。
順次治療。済んだ者から休んで貰っている。
商船。およそガレオン船といった印象のデザイン。
操船や荷運びの為、それぞれ乗員が30人程度。
漁船の方は牽引していただけかな。
2隻分併せ、60人程度を保護する事になった。
彼らも配達の品に手を付けるなどご法度と言うのだが。
しかし、救援が来るまでの食料は必要だろう。
買い取ってくれる分には、提供するのは構わない。
料金は後になっても、この際だ。仕方ない。
「今回はお客さんに恵まれた様だ。
代金は必ず用意する。
他にも出来る事があれば言ってくれ」
船長のボナートとアルバーニは頭を下げる。
曰く、荷の守りも業務の内だった。
屈強な海の男の矜持としては、悔しい所もあるだろうか。
しかし、今回悪いのは巨大イカだからな。
そこに居て言い易いからと、船員を責めた物ではない。
彼らだって同じ被害者だろう。
ともあれ、被害状況を確認したいな。
治療を済ませた俺は港を歩く。
難を逃れ、停泊された船を見て行く。
商船は1隻沈んで、残ったもう一方も半壊状態。
手配した食糧は3割ほど残して海に投げ出された。
漁船は中型1つ、小型3つを残して沈没か。
あのイカを何とかしないと、漁業どころでもない。
最低限、港には大砲を据え付けないと。
魔女協会から買い上げるより、他に手配すべきか。
船長達の商会から手配出来れば良いが。
「やあ、こんにちは」
考え語をしながら歩いていると、不意の呼び掛け。
水着姿の見知らぬ女だが、水棲系の亜人種だろうか。
耳の後ろにエラみたいなのが生えている。
解析……は、効かないな。
勝手に詳細ステータスを覗き見るのはマナー違反というが。
しかし、見る手段があるというのはもう前提だ。
そして拒否する手段、開示拒否設定があるのも前提で。
表面上の情報までは、開示していても良いだろう。
だが、この女はパラメータ、種族、名前さえ隠匿している。
状況が、剣呑である、と言っている様な物だ。
えー……ご用件を窺っても?
「キミの所に子供が大勢居るんだってね?
私に譲ってくれないかな。謝礼は出すよ」
……生憎と、売り物ではないので。
「愛玩用? それとも……趣味が悪いよ。
暫く遊んで困らないだけ、お金をあげるからさ。
せめて買うなら大人の女にしなよ。ね。それが良いよ」
何か酷く誤解していないか。
幾ら積まれたとしても、ダメだ。
素性の知れない奴に、子供達を預けるつもりは無い。
焦れて来たのか、女の方も声を荒げて来る。
威圧スキル……無駄だ。鈍感魔法でやり過ごす。
「ふん、抵抗するじゃないか。
穏便に済ませようってのが分からないかな。
端的に言って、私は奴隷使いが嫌いだ。
特に子供を奴隷にする奴は許せない」
それは俺も同感だが。
んっ?と首を傾げる水棲女。
「えっ、あ……あっれ?」
不意に聞こえた声に、女が振り返る。
視線の先、きゃははと笑う子供達。
こちらに気付いて、楽しそうに手を振って来る。
ああ、違う違う。うちの子供達は奴隷じゃない。
すまん。説明が足りなかったか。
自己紹介が遅れました。
黒鷲団のハインリヒです。
多少は名が知れていると良いんだが。
「……ぶっ! あはははは! ごめんごめん!
人違いだった。いや、早合点と言うべきかな。
キミの噂は聞いていたけど、顔を知らなかった」
女は笑うと、ひょいと海に飛び込んだ。
続いて上がる水柱。姿を現したのは先刻のイカ。
そして、その足の1本に女が乗っていて。
「海洋の魔王にして、水の女神ウルリカです。
少し前、船で逃げてく奴隷兵士を保護したんだ。
もっとちゃんと話を聞いとけば良かったな。
てっきり、キミ達をどこかの奴隷商人かと思って。
邪魔してゴメンね。これ、お詫び」
ぽぽいと金のインゴットを放って寄越す。
沈めた船の代金代わりか。
軽々しく凄い物をくれるな。
女神で魔王ってのはどういう経歴だろうか。
手を振ってイカと共に帰っていくウルリカ。
最後に垣間見せてくれたステータス。
レベル187万4013。ペーター並みの化け物クラス。
敵対せずに済んで良かった。
子供達の呼ぶ声がする。今行くよ。
日が傾く前に村に戻らないと。
しかし、もう少し遊ばせてやっても良いだろう。
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