黒鷲の旅団
20日目(17)赤い帽子と首狩り兎
「はて。首を狙ったんだが……どれ」
レッドキャップの斧が煌いた。
右横薙ぎの振り抜きから、袈裟斬り、逆袈裟、左薙ぎ。
どういう膂力だ。振ってからの戻しが全く見えない。
慣性を無視した様な、高速の連撃を放って来る。
レッドキャップ、ないし、レッドコーム。
悪鬼、邪妖精。アンシーリーコートの殺し屋。
強烈な殺意。遠くからでも瞬く間に襲って来る俊足。
赤い帽子は犠牲者の血で染めているとか何とかかんとか。
学術書でもフィクションでも、ロクな話は聞かない。
こちらは刀を損傷している。武器変更、ルツェルンハンマー。
頑丈な長柄武器かつハーフソードの構えで凌ぐ。
パリィ、パリィ、半ステップ斜め後退回避、パリィ。
頑丈っても、正面から受け止めては折られる。押し負ける。
引きながら受け流す。足も下がりながらパリィング。
と、目前に縮地の様な踏み込みで来る。
武器変更、野太刀。右足を引いて引き胴狙いの牽制。
後退。斬り上げながら左足を引く。
右足を引きながら峰に手を添えてパリィ。
防げているが、刃こぼれが酷い。
あの斧、一見無骨だが、素材はこちらより上だ。
「ほう。避けよる避けよる。
お前さん、本当に魔術師か?」
余裕ありげに髭を撫でつけるレッドキャップ。
さて、俺は魔術師だか、どうだったか。
「何だ、ハッキリせんなあ。
年よりの質問には、素直に受け答えするもんじゃぞ?」
侮っているワケではなくて。
手の内を全部晒して勝てると思えない。
それぐらい、あんたが強敵なのを理解したんだよ。
「おうとも、わしらは手練れのレッドキャップよ。
ゴブリンなんぞと一緒にされては困るぞ?」
……自己紹介、どうも。
正直言って、この相手はヤバイ。
自己診断。衝撃で靭帯損傷。骨にはヒビ。
受け流してさえ、筋肉も一部断裂している。
クラウディオ……後方で別の敵を牽制中。
ちょっと加勢は頼めそうにない。
治癒・縫合・整復・形成外科魔法で修復。
腕を認めて気を良くしたのか、待ってくれているが。
早く態勢を整えないと。
状況は。探知、看破。
侵入しているのは1人だけじゃない。
敵反応は見えてもすぐ消えるが、5……6人か?
骸骨騎士団は苦戦中だろうか。
HPバー消失、復活再生中の者が複数。
吸血鬼達も交戦を始めた様子。
負傷者が複数。減っては戻るHP表示。
あれは吸血鬼の再生能力だろうか。
念話通信、フェドラ、フレスさん。
ちょっとマズい敵が来ている。
みんなを言い包めて、誰も出て来させるな。
アンヌ、上手い事抜けて来られるか?
ジュス姉さんも呼んで……間に合うかどうか。
「ふむ、後ろが気になっとる様だな。
あのブタ馬ども、ロクに偵察も出来ないと見える。
魔術師の優男と女子供を殺す、楽な仕事と聞いていたが。
いざ来てみれば、剣士に骨甲冑に血吸い虫だと。
黒鷲団とやらの裏の顔か。子供は連中のエサかね?」
レッドキャップ曰く、楽な仕事……仕事と。
ご依頼人、ブタ馬ってのは人馬族の方かな?
見逃してやったら刺客を放って来るとは。
探し出して壊滅させた方が良いだろうか。
「気が早いな。勝った後の算段とは……おおう?」
「居たー! パパさん、ごはーん!」
「ギャアア! 待ちなさいトゥリン!」
「しまった、お嬢さん!」
マズった、の連鎖。
手を振りながら駆けて来るのはトゥリンか。
言い包める前に出て来てしまった様だ。
アンヌが慌てて追って来ているが、少し遠い。
同時、クラウディオの討ち漏らし。
負傷して逃げるレッドキャップ。
その進行方向がトゥリンと被っている。
殺されるか捕虜に取られるか。
悪いビジョンが脳裏を過る。
俺は加速魔法を速射。縮地。
トゥリンの正面へ急ぐ。
レッドキャップの方が気付いて斧の横薙ぎ。
相変わらずの首狙いを躱す。
躱したが右頬を掠めた。鮮血が散る。
お構いなしにトゥリンを抱え、跳躍。
追って来る次撃は俺の右肩を裂いた。
アンヌは……くそ、別の奴に阻まれて。
「パパさん!? あ、あっ……ふううううっ!」
俺の負傷に驚いてしまったか。
トゥリン、落ち着いて……トゥリン?
抱える腕の中、トゥリンが不意に消えた。
ほぼ同時、ブシッ、と音がして。
振り返ると、首から血を吹くレッドキャップ。
「フシューッ! フウゥウウ!」
トゥリンは右側面から敵方を睨んでいた。
唸り、足を踏み鳴らして威嚇。
赤く光る眼。長く伸びた爪。
それと、髪に混じって長い耳が見える。
細くて長い。兎の耳か?
「おおう、たまげた……ヴォーパルバニーの亜人だと」
首を抑えて止血するレッドキャップ。
ヴォーパル、ってアレか。
高速で襲って来る兎みたいな奴だったか。
複数亜人種の混血、トゥリン。
血の濃い部分が覚醒して、凄いのが出てしまった。
先のレッドキャップも追って来て。
休戦の申し出。連中も報酬に見合わないと踏んだ様だ。
その申し出、受けよう。
トゥリン、落ち着いて。
もう大丈夫。大丈夫だから。
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