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20日目(24)遠き平和を想い

「ふーん、日本人ね……」

 現実世界に意識を戻し、情報共有。
 義妹フィロメーラ、思ったより興味が無さそうだ。

 俺達の世界で、遥か昔に日本という国は無くなった。
 政治家とか軍人、人間の偉い奴らの都合じゃない。

 ある日、空から星が降って来て。
 その被害としては、直径5千km程度が壊滅した。
 中心は日本・東京から、西は中国・洛陽まで巻き込んで。
 今や海底にクレーターの様な物が残っているだけだ。

 フィロメーラは日本人だ。
 特殊な事情があって、年を取らない身体になった。
 事件当時から生き長らえている。
 出自を考えると、とても無縁ではない。

 こちらが怪訝な顔をしていると、彼女は笑って続けた。

「でもほら、騙りやRPの設定かも知れないし。
 本当に2042年で24歳なら、2027年に9歳でしょう。
 9歳で当時、12歳相手に何か出来たとは思えないわ。
 だから、その……トール?
 私が憎んだりする理由も無いハズよ」

 そうかね。まあ、それならそれで良い……のか。

 彼女が言うには、日本。
 物質的には豊かだが、心の貧しい一面を持った国だったと。
 弱い者虐め、数の暴力、権力者の専横。
 カースト制度は無くとも、カースト根性の潜在する国。

 親にも同級生にも虐められていた、可哀想な少女がいて。
 気まぐれな神様と出会って、少女は願い事をした。
 こんな国、無くなってしまえば良いと。
 結果、願い事は叶えられ、その国は一夜で滅んだ。
 少女は嬉しかったか、それとも後ろめたかったか。

 少女は……『この』少女は。

 まあ、俺が考えても仕方がないさ。
 とっくに凹むだけ凹んだだろう。

 それで、明日のご予定は?

「お父様ったら、まだ外出を許してくれないのよ。
 私、レベル4ケタなんだけど、信じてくれなくて。
 こっそり抜け出して冒険してたの、気付かれてなくてね。
 次の試練は1週間後だー、とかって。
 さっさとやれってのよ。まったくもー」

 まあ、大事にしてくれているんだろうけれども。
 お父様が居るのはゲームの方の話だろう。現実の方は。

「えっ、ああ、こっち?
 同盟企業3社との会談が午前中。
 午後は……何も無ければ、平常業務かしらね」

 何事……あると思うか?

「ちょっと微妙だわ。うちの支配域は平穏だけれども。
 ブレイス社とラドクリフ社が一触即発。
 ネメシスは、交戦に発展する確率、74%。
 うち、援護要請が来る確率は41%ですって」

 戦況予測、およそ半々か。
 戦闘要員は臨戦態勢で待機だな。

 軍事企業間の抗争。支配領域の奪い合い。
 製品デモンストレーションを兼ねた散発的な戦闘。

 戦闘義体の出回っている昨今だ。
 多少怪我をした所で、欠損部を代替出来てしまう。
 だから死ぬまで追い詰める様な事も稀ではあるのだが。
 ともあれ、こちらの世界も戦火が飛び交っている。

 闘争が人間の本能だとすれば。
 世界を平和にするには、人間を絶滅させるか。
 あるいは、誰かが世界征服でもするしか無いな。
 人類全員を正義と友愛に目覚めさせるのは難し過ぎる。
 言っても聞かない奴は、いつも何割か存在する。

 そう言えば、アリの話にこんなのがあってな。
 必ず全体の2割ぐらいはサボっているらしい。
 サボった奴を避けると、残りの2割がサボり始める。
 サボってる奴だけ集めると、2割残して働き始める。

 じゃあ、もし、これが人間だったなら。
 いつも何割かが争っているのは何だ。
 平和な人間だけ集めても、何割かは争い始めるだろうか。

「ふふ。人間にアリの法則は当てはまるのかしら。
 お兄様は、平和になった世界が見てみたい?」

 どうかな。見たい様な、見たくない様な。
 見たら人間なんか絶滅しているかも知れない。
 なるべく、そうならん様に願いたいが。

 ま、今日の雑談はここまでだ。

 今は休息を。然る後、戦いを。
 働きアリは働かないとならない。



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