黒鷲の旅団
21日目(15)一薙ぎ
「って、ビビるわ!」
公主にツッコまれてしまった。
ビジル地区、公主軍。ロンバルディア公国軍駐屯地。
追い付く為に藪と川を突っ切ったのだが。
何の不意打ちかと警戒させてしまった様だ。
輜重隊はもっと後ろか?
参戦登録をしたいんだが。
「あ、ああ……それ助かるぅー」
助かる、というのは神人領主の仕様。
非登録で加勢されると、面倒が多いらしい。
面通しして事後契約とか、領主自筆のサインで書類作成とか。
後付け申請された傭兵団内の戦死者の身元調査だとか。
領主にも官吏役人にも、多かれ少なかれ負荷が掛かる。
まあ、戦費も出所は国庫、中身は市民の血税だ。
記録も残さずに出し入れは出来まいが。
登録してしまえば、後のやり取りはデフォルト。流れ作業。
人数や戦力、経費の計算がし易い、といったメリットもある。
だから領主側は、登録してから参戦して欲しいワケだ。
コミックとかで見るけどな。颯爽と現れるヒーロー気取り。
ああいう乱入者は、例え味方でも、迎える方は戸惑う物だ。
なんか強そうなのが来た、では、戦力的な計算に入れ難い。
見掛け倒しに陣容の一部を任せて、瓦解されても困る。
礼は要らないなどと言われても不安が残る。
気まぐれで助けに来た奴なら、次は気まぐれで襲って来るのか?
一応でも味方だと確認させろ。
忠義はともかく、礼ぐらい受け取ってくれと思わなくもない。
まあ、乱入勇者と兵法家の裏事情は置いといて。
「追加参戦の登録ですね。ハインさん。黒鷲の……
あ、魔物さんもどうぞー?」
募兵官のヘイゼルさん。気を回してくれた。
俺の顔と、花人を連れているのは知れていただろうか。
使い魔の給金は一般兵卒の半額相当だが、それでも出せるとか。
誤射を避ける為にも登録して欲しいと言う。
花人……は、知れていたけれども。
ラミアやアラクネが出て来てギョッとされて。
骸骨騎士団を見た辺りでは頬が引きつっていた。
怖がらせてゴメンな。悪さはしないから。
登録用紙にそれぞれの名前を記入……が、大変だ。大所帯。
しかし、奴隷上がりの子には、まだ字が書けない子も居て。
もっと勉学にも時間を割いてやらないと。
ああ、でも、書けるからって、何にでもサインしては心配だ。
社会の怖さとか、詐欺対策、契約云々についても知識が要る。
どんな順序で教えたモンだか、後でフレスさん達と相談しよう。
この場は字が書けるユッタやマリナも手伝ってくれて。
各自登録……登録と、配置については?
「子守殿。えっと、黒鷲殿?」
騎士ローレンシアが呼びに来た。
子守殿で良いよ。騎士団長達と打ち合わせか。
着いて行こうとして、何かにコートの裾を引っ張られた。
……マルカ、とジェマ?
「お、おやじ、どうしよう……ここ、ヤダ」
「何か、ゾワゾワするにゃ」
ここが嫌? どうした?
「分かんない……けど」
他にもフレヤ、エメリナ、リリヤ、トゥリン。
ティルア、ヘルヴィにヘレヴィ。花人や魔物隊、馬達もか?
野生っ気の強い子、勘の良い子が、特にソワソワしている。
すまん、ローレンシア。ちょっと待って。
勝気なマルカが泣きそうな顔をしている。
漠然とした、しかし強い不安。その不安要素は何だ。
周囲を見回す……が、公主軍としては味方ばかり。
亜人だ、女子供だと、怪しい視線を向ける者も居るが。
花人達が黒鷲の旗を掲げ、周囲を固めている。
そうそう手は出して来られないと思われる。
思われる……が、野生の直観か。
信じよう。しかし、どこなら大丈夫そう?
元来た方に戻りたい、とエメリナ。
川の向こう。丘の方まで。
分かった。すぐに向かって良い。
登録は済ませたし、陣内に長居をする必要は無い。
公主軍には、迂回して側面を突くとか言っておけば良い。
先に行っててくれ。俺も話を済ませたらすぐ行くから。
と、離れようとして。
しかし、マルカ達が放してくれない。
大丈夫だからと言っても、イヤイヤと首を振る。
「ふふ、甘えん坊ですね。可愛らしい。
迂回して側面を突く、で、概ね大丈夫です。
団長には私から言っておきますから」
ローレンシアも気を使ってくれて。
すまん。後で通信でも……
いや、公主は通信傍受を気にしているんだったか。
伝令でも何でも寄越してくれ。
「早く。早く早くっ」
「急ごう。急いでー」
子供達に手招きされ、押され、引っ張られ。
分かった分かった。すぐ出発しよう。
出発し、一度渡った川をまた渡り始めた所。
俺も何か、背筋がゾワッとした。
……何だ。何かがおかしい。
静か過ぎる。晴天に、鳥の一羽も居ない。
飛行魔獣が去ってからは、平穏そうに飛んでいたのだが。
川の上流、風に乗って微かな異臭。オゾンかイオンか。
何かが電気分解されたか、されているみたいな。
そんな折、見知った顔が駆けて来て。
あれはいつぞやの貴族の子女達か。
「教官殿ー!」
「私達もご一緒」
不意に、閃光が走った。
轟音と横薙ぎの衝撃波に見舞われて。
光の後、真っ暗に。何も見えなくなった。
ああ、くそ、障壁を張る暇も無かった。
何も聞こえない。耳をやられたか。
何をされた。子供達は無事か?
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