黒鷲の旅団
21日目(20)薄闇のハンナデルタ
「ほいほいっ、ディフェンスもオフェンスからっ」
「ディフェンスはディフェンスじゃんよ。ほほいのほいっ」
「うむ、まあ、何でも良いのだが……元気だな」
騎士団長クロイツァーに、ヘリヤとシャンタルの支援。
強化、防御、加速、異常耐性。疲労回復。
攻守とも次々に、何重にもバフを掛けている。
視力強化とか運気向上とか、俺の知らない奴もある?
リラックスした様子で敵将到来を待つ騎士団長。
ヘリヤとシャンタルの緊張感の無さに苦笑している。
マイペースなお姉ちゃん達でスイマセン。
他方、フレスさん。大魔女フレスヴェーナは既に攻撃を開始。
「エレクトリープ、サーモバリック・ボルト!」
シュドッ! バゴオオオオオ!
高位攻撃魔法を、電磁加速魔法で加速射出する並列魔法発動。
対艦規模の威力で、高初速の対空レールガンみたいだ。
その高火力を、更に2発3発と続けて行く。
大魔女の努力と才能の帰結、膨大な魔法力は伊達では無い。
おっとりフレスさんが先制攻撃に出たのは少々意外だったが。
考えてみれば、おっとり故に、近付かれると焦ってしまう。
だから、焦らない距離で弱らせておこうという事だ。
この人は自分の事がよく分かっているのだろう。
失敗を積み重ねて、自分の弱点を自覚して。
克服出来ないなりに対策を考えて。
惰性で生きている俺なんかより、ずっと真面目で立派な大人だ。
「着弾確認しました。直撃2。目標健在。ダメージあり」
近衛兵長セレステリアはフォロー役。
探知・解析魔法でターゲットの動きを観測している。
彼女は彼女で、一兵卒からの叩き上げらしく。
指揮も補佐も出来る女。頼もしい。
飛来して来る敵の魔人達。距離300mを切った。
といった所で、シャンタルが阻害魔法を投射。
投射……今のは悪臭魔法じゃないか?
狙いはフレスさんが攻撃していない方。
「くっさああああああああい!!」
悪臭魔法、着弾。対象はグニャグニャと空中を迷走した。
迷走した末に、俺達の頭上を越えて川に墜落。
きっと臭かった。相当臭かったんだろう。
墜落した後、水柱を上げて再浮上。
何か言語崩壊した叫びを撒き散らしている。
何を言っているか分からんが、凄く怒っている様だ。
良い感じに分断されたので、それぞれ迎撃開始。
魔人マリアイータに、騎士団長とシャンヘリコンビ。
魔人ジュリアベータに、フレスさん&セレスさんが当たる。
俺の仕事は、その後ろに控えた3番手。
魔人ハンナデルタの対処だが、さて。
後方に控えていて……何もして来ないな。
本当に何もする気が無いなら、放置でも良い。
しかし、遠方から毒を流して来る様な奴だ。
通信魔法、映像付きで探りを入れる。
ハンナデルタ、ハンナちゃんは戦わないのか?
『あっ、はーい。今ちょっと忙しいのです』
忙しい? よく見れば、彼女の周囲に魔法の発動紋が複数。
何をしているかと解析してみると……探知?
効果範囲を変えた探知魔法を複数。他に解析や遠見。
集めた情報を通信魔法で報告したり。
どうやら空中警戒管制機みたいな事をやっている。
しかし……情報処理を全部1人で?
ちょっと負担が大き過ぎないか。
『ハンナは小さいので、沢山頑張らないとです。
どうです、偉いでしょう。えっへん』
敵ながら、勤勉な姿勢は良いと思います……が。
競争社会で立場の弱い者が良い様に使われている感。
やりたくてやってるなら、まだ良いかも知れないが。
出来るからと、何でもかんでも押し付けられていないか。
『うふふー。心配してくれるんですかあ?
大丈夫ですよ。何とかやれていますし。
この立場に居るから出来る事もあります、からねぇ?』
何か邪気を感じたが、すぐまた無害そうな笑顔。
この子はこの子で、腹に一物抱えているのだろうか。
ふと、ハンナが後方をチラチラと伺って。
あれはイズマイール方向だろうか。
粒子砲?の射手を撃った時点で気付かれていたと思うが。
ハンナの口元がニヤリ……何か罠が。
『あっ、何でも無いですー。ひゃああ?』
ハンナの後方から爆発音が響いた。
『粒子砲の破壊に成功』
『街を預かる将兵も格下ばかり。我々だけでも勝てるぞ』
『はーははは! もっと抵抗しろ、うらああ!』
ヴィル、キャスティーナ、アシュリィ。
潜入作戦は殲滅作戦に切り替えたらしい。
しかし、3人で奪還は出来ても、制圧は維持出来まい。
こちらが落ち着いたら応援に行ってやらないと。
『ヒヒヒ……あっ、あ、大砲さん壊されちゃいましたあ』
ハンナちゃん、黒い笑いから緊急修正が間に合っとらん。
わざと見落としたんじゃ怒られないのか?
『ハンナは見落としたりしないのです。
忠告したのに聞いてくれなかった兄様が悪いんだ。
失脚しちゃえば良いのです』
どうも兄弟姉妹の仲が悪い様だな。
家庭内競争社会。切磋琢磨とか良い事ばかりでもないか。
「あっ、ジェラシーが逃げる!」
「魔人ジェラッテルが!」
「ジェラジェラ言うんじゃねええええ!」
子供達に仇名を付けられている……誰だっけ。
クリム何とかさん、アンヌに対抗し切れず撤退を開始。
「くそっ、次に会った時がおまへぶおおお!?」
「あっ、ごめん。膝入った」
駆けて来たジュス姉さんの膝蹴りが顔面に。
どーんごろごろごろ。跳ね飛ばされて転がって行く。
あの人は今回、ひたすら不幸だな。
他の魔人達も一旦引き下がる様だ。
こちらも一旦、態勢を整えよう。
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