黒鷲の旅団 >22日目(7)外道の父、悪辣の息子


黒鷲の旅団
22日目(7)外道の父、悪辣の息子

「お掛けになってお待ちください。
 旦那様をお呼び致しますので」

 ダニエルの父、ウォルト・ガーランド子爵の館。
 出迎えたメイドは、すんなり中に入れてくれた。

「やっぱ、場違いな感じがするぜ」

 証言者として同行した冒険者達。
 若手のマルコとクラーラ、きょろきょろ。
 中堅らしきローマン、生きた心地がしない様子。

 何に狼狽えているか。室内の調度品の数々だ。
 庶民の目で見ても高そうなのが分かる。

 応接間は貴族の顔だとも聞く。
 来客に向け、交渉の席で舐められない様に、とか何とか。
 随分と金を掛けて集めたのだろう。

「すいません、俺、カッとなって……」

 反省している様子のトール君。
 中身は大人でも、身体の幼さに引っ張られるのかも知れん。
 とりあえず、頭で分かっているなら良しとしよう。

 気に入らない奴を痛めつけた。ざまぁ。
 しかし、人生ざまぁで終わらない。
 殺したって家族だの友達だのが仇討ちに来る。

 恨みを買う。相手に非があっても、逆恨みでも何でも。
 その仕返しの矛先が、自分の大事な物に向かう事もある。
 あちらも子供に投げられたなどとは言い触らし難いだろうが。
 それでも軽挙だった。人間性のザコはスルーで良かったんだ。

「幾らだ」

 唐突に、館の主だろうか。眼光鋭い中年男性が姿を見せた。
 足運びに隙が無く、体躯も鍛えられた軍人然とした男。
 しかし、何だかくたびれた様な顔で……幾らとは?

「幾ら欲しいのかと聞いている。冒険者。
 大方、バカ息子の迷惑料でもせびりに来たのだろう」

 どうやら息子の素行の悪さは知っていて。
 これまで、全て金で解決して来たのか。

 目的は金では無いです。
 時間が無いからと下がろうとするが、引き留める。
 公主お気に入りの黒鷲です。
 返答次第では公主に直訴して、お家を取り潰します。

「黒鷲……だからか、あのメイドは……まったく。
 成り上がりとは言え同格。聞いてやる。申せ」

 尊大な態度で、しかし席に着くガーランド子爵。
 メイド? ああ、メイドか。
 他所のメイドを無償で治療した事がある。
 メイド仲間の間で、俺のお株でも上がっているらしい。

 用件は、本日の冒険者ギルドでの諍いについて。
 まずは説明、弁解する機会を頂きたい。

 そこな少年トール君だが、お宅の息子さんに掴み掛られて。
 咄嗟にその息子さんを投げ飛ばした。

 間違いなく、先に手を出したのは息子さんだ。
 証人としてこちら3名だが、他にも見ていた者は居る。
 しかし、怪我人に対して配慮に欠けていたかも知れない。
 少々過剰防衛であった点については謝罪したい。

 今回は痛み分け、という事で、
 政治的干渉は無しにして頂けるとありがたいのですが。

「それを言いに、わざわざ出向いたのか。迂遠な。
 まあいい。元より、金を出す以上の事をする気は無い。
 厄介事を自分で解決するのが冒険者であろう。
 あのバカ息子が自分で言っていた事だ」

 干渉が少ないのは何よりですが、送金は止まりませんか。

「はあ……私も止めたいのは山々なのだが。
 私の父、あれの祖父が勝手に送ってしまうのだ」

 どうやらダニエルの祖父、大ガーランド伯。
 そちらこそが、ダニエルの本当の支援者らしい。

 どんな人物か。多少の悪事も武勇伝とぬかす。
 男気と破天荒を愛する困ったジジイの様だ。

 小ガーランド子爵の家には、他に男子が居ない。
 跡取りには冒険なんぞ止めて、とっとと帰って欲しい。
 帰って来た所に、領地経営だの教えなきゃならん。
 しかし、困ったジジイがバカ息子を応援する。

 ダニエルが事件を起こしたとして。
 ジジイの権力により、事件自体が揉み消される。
 事件が公になった所で、保釈金が出される。
 それじゃあ、仮にあいつをとっ捕まえるとしたら。
 確たる証拠と伯爵位以上の権力が必要だろうか。

「ふん。意外と法治主義者なのか?
 娘、養女だったか、乱暴されたとも聞いた。
 いっそ一思いに殺してくれれば良い物を」

 親父さん、物騒な事を言い出した。
 俺だって殺した後に追手を掛けられるのはご免なんだが。
 そんなに親子仲は険悪なのか。

「父が存命の内は、廃嫡も叶うまいが。
 他に可愛い娘が1人居る。跡取りなら婿を取っても良い。
 あの愚息めは、日々の浪費、乱暴狼藉に飽き足らず。
 大恩ある侯爵閣下を見殺しにして、悪びれもせぬとは。
 この手で鼻っ柱を圧し折ってくれたわ」

 ダニエルの鼻の包帯は、親父さんが殴った物らしい。

 どうも親父さん、小ガーランド子爵。
 クソガキとクソジジイに挟まれた苦労人と見える。

 ひとまず、今回の件。
 謝罪があったとして、祖父の干渉に釘を刺して貰う。
 送金が止まらない事については、こちらで対策を考える。

 送金でならず者を雇って寄越すとか、ベタだよなあ……
 トール君には暫く、護衛でもつけた方が良いかも知れない。
 パーティを組むとか、とにかく孤立させない様に。

「護衛を雇う金はこちらで出しても良い。
 幾許か愚痴に付き合わせた礼だ。 
 後でメイドにでも運ばせるとしよう。
 今日は話せて良かったかも知れん。
 詰まらぬ権威に負けるなよ、若き冒険者達」

 話は纏まり、小ガーランド子爵は腰を上げる。
 領地の本邸と行き来するので、忙しいは忙しい様だ。
 それじゃ俺達も、そろそろお暇しよう。



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