黒鷲の旅団 >22日目(10)空振りと確信と


黒鷲の旅団
22日目(10)空振りと確信と

「どうされました?」

 いや、何でもない……多分。

 フィリッパやマリナ達を連れ、首都の西区へ。
 神聖協会支部、門衛に尋ね人の件で来たと告げた。
 少し待たされて、案内役だという女が出て来る。
 出て来るんだが……ちょっと怖い。

 気配が無さ過ぎる。
 足音どころか衣擦れの音すらしない。
 解析。鑑定。ことごとく阻害される。
 素性も名前も分からない。
 顔は美人だが表情らしい表情も無い。

 この謎の美人案内役に連れられて、講堂へ。
 途中、出会った衛兵が深々とお辞儀をする。
 出会った司教が深々とお辞儀をする。
 出会った神殿騎士も深々とお辞儀をする。

 ……だから、どなた様なんだよ。
 解析。鑑定。ことごとく阻害される。

 しかし、初対面でもない様な。
 この人の目、というか、眼光?
 どこかで見た様な気がするんだが。
 いや、眼光しか知らない相手って何だ。

 案内役、こちらの視線に気づいて、ニコリ。
 口元だけ限定的にニコリとした。氷の微笑。
 思わず硬直していると、彼女は踵を返す。

「私、笑うの上手くないでしょう?
 何年も笑っていなくて、顔が固まってしまった」

 最後に笑ったのは……9日前?
 案外最近じゃないか。
 そうですね、と笑う声は確かに笑っていて。
 まあ、そんなに敵意も無いのかな。
 俺は俺で、顔の知れた魔女協会関係者。
 僧職に構えられていても不思議は無いのだが。

 講堂に入ると、信徒が10人ばかり。
 こちらに気付いて腰を上げたのが2人。
 男女。背格好は手配書に似ている。
 フィリッパの両親……か、どうかな。

「よかった、無事だったのね」
「娘がお世話になりました。是非ともお礼を」

 男の方に、金貨の入った袋を渡される。
 生活に困っていたんじゃなかったか。
 謝礼なんて無理に出さなくても。

「あ、いえ、商売が上手く行きまして。
 もう安心です。娘を引き取れます」

「まずは親子で話をさせてくださいな。
 ほら、ママとお話しましょ」

「違う……ママじゃない」

 フィリッパが下がって来て、俺の後ろに隠れる。
 ん? 何、人違いか?

「あっ、いや、ママの知り合いです。
 ほら、ママのトコ連れてってやるから」

 でも男の方は娘って言った様な。
 何か怪しい。様子がおかしい。

「やだ! 行きたくない!」
「いいから、ほら! 来なさい!」

 女がフィリッパを掴もうと伸ばす腕を掴んだ。
 掴んで触れた途端、違和感。

 視界にチラついた解析情報が不穏だ。
 パラメータ。一般人のそれじゃない。
 唯の市民にしてはレベルが高い。

 解析されたのに気付いてか、俺の手を振り払う女。
 逆の手で突き掛って来て、俺はそれを義手で弾く。
 手には黒塗りの刺突短剣。見るからに暗殺者仕様。

「ぐうっ!」

 視界の外で呻き声は、男の方か。
 マリナの前に魔法の発動紋。神経魔法の迎撃。

「ち、違ったらゴメンナサイ!」
「クソ、利き腕が。無詠唱で速射神経魔法だと」
「あーあー、だから油断するなって」
「作戦変更だ。とっとと片付けるぞ」

 講堂内の信者達が次々に、ローブやフードを脱ぐ。
 姿を現したのは暗殺者らしき面々。
 周到に、信者に化けて潜り込んでいた様だ。

「あのガキは殺すなよ?
 リンドグレーンを誘き出すエサだ」

 どうやら連中の狙いはフィリッパの両親か。
 何をやらかしたか、闇の組織に追われている。

 こちらとしては、肝心の人探しが空振り。
 徒労の上にトラップ付きとはガッカリだな。

 ただまあ、来て分かった事もある。
 フィリッパの両親は彼女を捨てたんじゃない。
 きっと守ろうと、匿おうとしたんだ。
 要らない子なんかじゃなかったんだよ。
 敵を睨みながら、フィリッパが強く頷く。

 さて、どう切り抜けるか。
 戸口まで下がって防戦がベストとして。
 前方に十余人。左右斜め後方にも3人。
 講堂に深く入り過ぎた。
 迎撃しつつ後退、反転攻勢。行けるか。

 保有戦力。連れて来た子は人間種ばかり。
 フィリッパ、マリナ、ヘルヴィ、ヘレヴィ。
 神聖教会の亜人差別を考慮した人選だった。

 ヘルヘレが居るから2人は抑えられるとして。
 あと1人突破しつつ、反対の敵をどうする。
 探知反応に解析。レベルは30〜40。数も多い。
 制圧に手こずると挟み撃ちになる。

「後ろ3人、引き受けましょう」

 案内役の女が僧服を翻す。
 途端、煌く光と共に、僧服が鎧に変わった。
 何だ? 解析は……鎧化の奇跡だと。

 そして、この鎧。そうだ、この人だ。
 神殿騎士団長アウローラ。
 フルフェイスの兜で顔を知らんかったわ。



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