黒鷲の旅団
22日目(12)ままならない
「では、こやつらは預かるが……良いのだな?」
条件さえ満たされるなら問題無いです。
フン、と、異端審問官ベルトラムが鼻を鳴らした。
捕虜に取った暗殺者達が、神殿騎士達に引き摺られて行く。
神聖教会の厳粛なる尋問を受ける事になるだろう。
身元が分かり次第、神殿騎士団が強襲制圧に向かう。
今回の騒動は、教会を隠れ蓑にした、言わば誘拐未遂事件だ。
神聖教会側として、目を瞑るワケには行かないのだと。
今回の襲撃犯の出自はどこか。
まあ、この国で暗躍する暗殺教団ではあるまい。
冒険者ギルドにリンドグレーン夫妻捜索依頼を出してある。
イメルさんを始め、目にしている者は居るハズだ。
リンドグレーン夫妻はフィリッパの両親で。
フィリッパは俺の大事な教え子の1人で。
俺はカリオン一家護衛依頼のクライアント。
イメルさんはアンヌにも会っている。
魔王軍にさえコネがあるのも伝わっているハズだ。
そこへ来て、フィリッパを誘拐。考え難いな。
俺に敵対すると、それなりに面倒臭い事になる。
逃げた男女を捕まえるのに釣り合うかどうか。
まあ、同じ組織内の別派閥かも知れないが。
今回の件、俺がイメルさんに対して気に病む事はあるまい。
こちらの提示した条件は、リンドグレーン夫妻の捜索。
取り調べの中で行方が判明する様なら、知らせて欲しい。
冒険者ギルドにも捜索依頼を出している。
有力情報が出たら懸賞金を出す手筈になっている。
「それはそれとして、どうするよコレ」
若手の神殿騎士デフロット。
指差すのは壁に空いた穴。
暗殺者達の逃走経路か。
それと、壁にめり込ませた跡?
それはアウローラさんがやったんだけれども。
壊した奴らに請求するのが筋、だと思うのだが。
不満げにじーっとこちらを見る、壊したアウローラさん。
ああもう、分かったよ。
加勢してくれて助かったのは否定しない。
あくまで弁償する筋合いは無いが、と前置いた上で。
講堂の復興資金援助として500万置いて行く。
これを貸しだなんて言わないが。
ただ、ちょっとした縁として、1つ世間話だ。
ヒーラー組合幹部、ゴルドーニ氏の収賄疑惑について。
圧力を掛けられて、暗に金をせびられた。
公にしない方が良いなら、暫くは黙っておくが、どうする。
500万相当、金貨50枚と一緒に、ゴルドーニの似姿を渡す。
羊皮紙の上、ニヤついた顔のゴルドーニの似姿。
似姿を難しい顔で眺める異端審問官ベルトラム。
それを囲んで覗き込む神殿騎士達。
すぐに結論が出なければ、後で知らせてくれ。
知らせも無いままだと、俺も口が滑るかも知れない。
さて、神聖協会支部を出て。
次はベラさんの勧誘に向かう。
「旦那さんのお屋敷で?
助かるよ。お仕事が減っててね。
他にも何人か連れてって良いのかい?」
メイドの仕事があるというと、乗ってくれた。
ベラさんの仕事は、ある種、生活必需品じゃない。
物資不足、物価高騰の煽りを食らっている様だ。
仕事仲間にも声を掛けてくれるらしい。
こちらこそお願いします。屋敷の管理に人手が欲しい。
「誰、ああ、娘さんの」
奥の部屋から男の姿。昨晩の客といった所だろうか。
30代ぐらいかな。ベラさんより少し若いだろう。
冒険者ヒューバートだと名乗るのだが。
「仕事なんて。俺が養ってやるってば」
「でもマリナだって働いてくれてるんだし」
「真面目だなあ。そんな所も好きさ」
ヒューバートがベラさんに濃厚キス。
俺は何を見せられてるんだろうな、これ。
「あ、あっ、ごめんよ。この人ったら」
「俺達、愛し合ってるんだ。なあ、式はいつ」
「馬鹿、もう、気が早いよ」
イチャイチャと絡み合う2人。
ベラさんもそう満更でもない様子で。
……………………えーっと。
今日、この後は、俺達も外に出てしまう。
とりあえず、仕事は明日からという事で。
聞こえているかも微妙だが、2人を残して家を出る。
「はぁー……」
家を出て帰り道。マリナと俺の溜息が被った。
マリナも俺も、言えていない事がある。
クラウスさんのアンデッド化をベラさんに言えていない。
クラウスさんにもベラさんの仕事内容を言えていない。
そこへ来て、ベラさんに新しい男が。
ベラさんが来るのは明日。明日までには。
腹を括って、クラウスさんには伝えておきたい。
多かれ少なかれショックを受けるのは想像が付く。
暴走して殴り込みとか言い出さなきゃ良いが。
『おっちゃん、今どこ?』
イェンナから通信が来た。
ベラさん宅、マリナの実家を出た所だが。
何かあった? 相談したい事があると。
ブラックマーケットに来て欲しいという。
またなんでそんな所に。
口ぶりから、そう緊急事態でもなさそうだが。
事件の臭いしか、しない……
……分かった。イェンナ、今行くよ。
今度は何の事件なんだ。
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