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黒鷲の旅団
22日目(13)まだ届くけれども

「だって、放って置けなかったんだもん」
「悪いとは言ってないよー」
「あっ、来た! 来たよ!」

 ブラックマーケット入り口付近。
 足を運んでみると、第1銃士隊はユッタ達。
 それと闇商人、バルタザールとダルテリオ。
 ダルテリオの露店、商品の並ぶ絨毯の上に子供が2人。
 拘束は無い。ただ、所在無さげに見える。

 えー……まずは状況を聞こう。
 何か問題なのは、この子達なのか?

 状況。俺を待っていた銃士隊。
 時間潰しも兼ねて、バルタザールの銃の店に向かった。

 途中、奴隷商人がこの子らを引き摺っているのを見掛けた。
 心配して後を付けたら、この子らが殺される所で。
 思わずユッタが、その子下さいと声を上げてしまった。

 うん、まあ……そこまでは無理からぬ事だとして。

 ユッタは正規の料金を支払って、子供奴隷2人を買い取った。
 正規の手順で売買契約。奴隷紋、魔法の紋様も付与されて。
 しかしユッタは2人を身請け、解放したかった。
 奴隷扱いするつもりは無い。

 かと言って、口答えしてまた連れて行かれても困る。
 まごまごしている内に、用の済んだ奴隷商は行ってしまい。
 子供2人の奴隷紋。どう消したらいいか分からない。

 消し方が分からないから、バルタザールに相談。
 ダルテリオなら知ってるだろうと聞いた。
 彼は奴隷商の心得もあるらしい。
 奴隷紋を管理。付けたり消したり。

 で、奴隷紋は無事に消して貰った。
 ここまでは問題無い……無いよな?

 奴隷身分から解放した。
 もう大丈夫だよ、行って良いよ。
 ユッタはそう促したのだが。
 しかしこの2人、帰ろうとしない。

 どこから来たか……分からない。
 帰る道が分からない?
 そもそも言葉も通じない。
 かなり遠方から引っ張って来られたのだろう。
 自力で帰らせるのは難しいかも知れない。

 解析魔法。名前、ヴァーニとハリシャ。
 ヒンディー語圏かな。インド方面。
 魔王バティスタン軍にでも連れて来られたのだろうか。
 勝ったり負けたりの間に、取り残されて捕まって。

 翻訳スキル……は、効いた。
 挨拶の言葉から反応。
 見上げる顔は嬉しそうな、ホッとした顔。
 ようやく言葉が通じる相手を見つけたからだろう。
 お腹減った、帰りたいなどと話す。

 すぐ帰してやれるかは分からないけれども。
 取りあえず、暮らして行ける様にはするから。

「すきる? 神人さんの魔法?」
「でも良かった。やっぱ、おっちゃんだ」

 子供達の懸念事項もまた、この辺だ。
 意思の疎通が出来ない、という事。
 仲間にして連れて行こうにも、意思確認が出来ない。

 奴隷商にしても、言葉が通じなかった。
 それで使い物にならないと判断したんだろうか。

 俺が通訳するにも、俺が居ないと、だ。
 戦場で陣形を組んだりすると、幾らか離れてしまう。
 言葉は少しずつ覚えて貰うとして。
 暫くは自宅に置いて、収穫手伝いを頼もう。

 しかし……考え物だな。

 貧しく困っている子供達に手を貸したい。
 が、そういう子供はどこにでも居る。
 全部俺達で抱え込むのは難しい物がある。

 フィクションだと、もっと簡単なんだけどな。
 1人助けてパートナーにしたりとか。
 数人助けて囲ってハーレム気取ったりとか。
 子供でないにせよ、困窮者は限定的だ。
 その先は自分達の幸せを考えて行けばいい。

 しかし現実、困窮者はどこにでも居て。
 助けたい人数だけ困っている人が出て来る物ではない。

 じゃあ、フィクションの世界は他みんな幸せなのか。
 それとも、必要数集めたら他は黙殺しているのか。
 前者だとすれば、随分なご都合主義ではあるが。
 後者だとすれば、随分と中途半端な善人気取りだな。

 別に俺も善人を気取ろうって訳でもないが。
 それでも、手の届く所は何とかしたい。
 一度ならず情けを掛けてしまっている。
 見捨てたりしたら、先に助けた子が気に病むだろう。

 一度ならず情けを掛けて、他を見捨てられなくなって。
 これは俺の、身から出た錆、なんだろうかな。
 悪事とは言わないが、悪手があったかも知れない。

 まあ、憲兵が当てにならないのも見て来てしまった。
 素直に国に任せるのも、今更の気がする。

 せめて手の届く所まで。
 それじゃあ、俺の手はどこまで届くのか。
 腕の長さを自覚しなきゃならん。
 俺にせよ、ユッタ達にせよ。
 あとは、届かなかった時、どこを頼るのか。

 それはそれとして。ヴァーニとハリシャを連れ帰ろう。
 部屋を与えて、トイレと浴場の場所。
 挨拶とか助けてとか、簡単な言葉を幾つか教えておく。

 子供ケンタウロス達は帰った後。
 あとはリータとラケルと吸血鬼達ぐらい。
 特に何をされる事も無いと思うけれども。

 伯爵達も気には留めてくれる様子。
 クラウディオさんはヒンディー語も少し分かる様だ。
 あまり自信も無いみたいだが、それでも助かる。
 怪我しない様にだけでも気に掛けてくれたら。

 一息ついた所で、俺達も外回りに出る。
 鍛錬や実績作りを続けなければ。
 夕食の時間には戻るからな。
 少し不安げなヴァーニとハリシャを残し、出立。
 ポータルから農村へ。然る後、海へ向かおう。



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